第4話 コクリ
「あ、そうだ村長さん。僕たち女の子を保護しているんです。この村の子供だと思うんですけど……」
村の悲劇を伝えに来た少女。今も岩陰に眠っているはずだ。彼女が助けに来るのがもう少し遅ければ、後二つくらいは死体が増えていたかもしれない。ある意味では、彼女がこの村の救世主なのかもしれない。
その言葉に、村長は何故かばつの悪そうな顔をした。それに気が付いているのかいないのか、アルバは岩陰の少女の様子を見に行く。
「おい、あいつは何所に……」
そう言いかけたところで、アルバは視界の端に少女の姿を見つけた。来た道とは反対側、村の外れに立っている。いつの間に目を覚ましていたのか、それともトゥールが目を放していたのか。
思い返してみると、村の中央の死体は何体かあったにも拘わらず、あまり血痕は散らばっていなかった。それもそのはずだ。正体が人間なのだから、妖魔の振りをしたところでその力には限界がある。それはアルバの今までの研究から導き出した答えである。
だとすれば、少女が浴びていたおびただしい量の血は何所から来たのか。なぜ少女は村の外れで立っているのか。アルバの中に一つの仮説が浮かぶと共に、走り出していた。
「ア、アルバさん?」
急に走り出したアルバを見て、トゥールは取り合えず追いかけた。この後依頼者の村長と報酬の話などを詰めなければいけないが、アルバに居なくなられても困る。
アルバの背中を見失わないよう追いかけていたトゥールだったが、思ったよりすぐ立ち止まることになった。村の外れに一人で立っている少女の元へ向かっただけだったようだ。
「まったく、急にどうしたんですかアルバさん……うっ」
追いついて、息を整えようと思いっきり吸ったとき、その血の匂いに思わずむせてしまった。先ほどの村の中央とは比べ物にならないほどの濃度。それもそのはずである。少女とアルバの視線の先には、小さな血の池があった。
その血の池に浮かぶのは、二つの死体。片方は腹部に大きな穴が開いた女性。そしてもう一つは恐らく男性の死体。
恐らくというのは、二人が夫婦であろうことと、男物のシャツを着ているという事からの予想であったが、外れてはいないだろう。何しろ、胴体と左腕以外はどこにもないのだから予想の域は超えない。
トゥールは込み上げる気持ち悪さを我慢して、少女の目を両手で覆う。特に抵抗する素振りは見せなかった。
想像していたよりはるかに凄惨な光景であったが、それを黙って見つめていた少女も、それを止めないアルバに対しても気味の悪さを感じていた。
「アルバさん、何をしているんですか」
「いや……大丈夫そうだ。見つけた」
「見つけた、って何をいって」
すたすたと血だまりの中心へ向かって歩いていくアルバだったが、女性の死体の脇で座り込むと、何かをつかみ上げた。
それは真っ黒な石だった。こぶし大の大きさのそれが、真っ二つに割れている。
「それ、魔石ですか」
「そうだな、この大きさなら、本体は熊くらいの妖魔だったろうな」
「熊型の妖魔……」
その石を小さな袋に入れて戻ってきたアルバは、少女の頭をガシガシと撫でた。突然のことにトゥールは目を丸くしていたが、少女は動じない。
すると、アルバは腰をかがめて、少女の耳元でぼそりと呟いた。
「あそこの二人は、お前のご両親だろう」
少女はコクリと小さく頷いた。
「二人とも強ええんだな。俺なんかよりよっぽど救世主だぜ」
少女はまた、コクリと小さく頷いた。
「だから、あんまり我慢するな。ガキは自分勝手くらいがちょうどいいんだ」
少女はもう一度、コクリと小さく頷いた。トゥールの手首から透明の滴が落ちた。それからしばらく、血の匂いと木々のざわめきに紛れる様に、少女の小さな泣き声が聞こえた。
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その後死んだ二人の墓を作ると、村長との報酬の話を済ませた。村長のはからいで帰りのための馬車を準備してもらえることになった。
馬車の準備も終わり、さあ帰ろうという時になってアルバが村長に対しぼそぼそと耳打ちしていた。村長は一瞬驚いた表情をしたが、何度かアルバと言葉を交わすうちにそれを受け入れたようだった。
「本人がよいというなら、わしらは何も言いませなんだ」
「……話が早くて助かるよ、ご老人」
馬車の脇で待つトゥールの耳には、それくらいしか聞こえてこなかった。それからアルバは、近くの小屋に入ったかと思うと少女をつれて出てきた。
血まみれの服を着替えて、湯あみしたようで、随分と小奇麗な格好になっていた。腰まで伸びたさらさらの金髪と宝石のように赤い瞳のコントラストが、田舎の村に似つかわしくない雰囲気を醸し出してた。