第3話 アルバの能力と妖魔の正体
「嘘でしょう、一人で戦う気ですか? 死にますよ」
「その子が気を失っていて助かった。あの死体を見ずに済む」
「こんな時に何を……」
「お前はここで待ってろ」
そういうと、アルバは静かに深呼吸をし始めた。二度、三度、少しずつ大きく深くなる。そして四度目にのけぞるごとく空気を肺に入れると、口を真一文字に結ぶ。
息を止めたアルバの姿が徐々に淡くなる。数秒の後にはすっかり影形が消え去ってしまった。
草の揺れだけがアルバの居場所を告げている。ゆっくりとゆっくりと気取られないように慎重に村の中へと向かう。
「無謀ですよアルバさん。君の剣じゃ……」
アルバの能力を知っているトゥールであった。それが今までどれ程の妖魔を狩ってきたかもわかっていた。その上で、ただの自殺行為にしか思えなかった。
ただでさえ、妖魔の五感は鋭敏だ。トゥールと少女がいる岩陰ですらギリギリだと判断した上で隠れたのである。
姿が消えているとしても、音や臭いで気づかれるのは時間の問題だ。それまでにどれだけ近づけるか、致命的な一撃を入れられるかが勝負だろう。
しかし、小柄なアルバである。息を止めたままの力なのない一撃が、まともに突き刺さるとも思えなかった。
地面に伏した死骸に気を取られている妖魔。わずかに上がる土煙が徐々に近づいている。もう数歩で、アルバの剣が届くという距離までうまく寄ることが出来たようだ。
気配か音かわからないが、妖魔もアルバに気が付いたように振り返る。その瞬間、アルバは大きく息を吐いて一気に地面を蹴った。
一種の賭けか、全力を剣に乗せるための咆哮。急に現れたアルバに対して驚いたのか、妖魔は一歩後ずさる。
一瞬の動揺。それを見逃すアルバではない。その後退に合わせて懐に潜り込むと、手にした細身の剣を妖魔の右足に突き刺した。全体重を乗せたそれは深く突き刺さる。
大きな雄叫びを挙げて、妖魔は膝から崩れ落ちた。その体を覆うもやが風に溶けるように消えていく。
アルバは剣を刺した勢いのまま上体を器用に回転させ、いつの間にか抜いていたナイフでその首元を薙ぐ。その切り口から鮮血が噴き出きだし、辺りに赤い雨が降り注いだ。
首から血を流したままドサリと倒れた妖魔からは黒いもやがすっかり消え、血の勢いが止まるころには、妖魔がいたはずの場所にはぼろを着たみすぼらしい男が事切れていただけであった。
「トゥール! 出てきていいぞ!」
普通はたった一人で倒すことのありえない人型の妖魔を倒したとは思えない程平然と、アルバは剣についた血を拭っている。
「……何がなんだかわかりませんよ。妖魔から出てきたこのおっさんは何なんです」
「お前の目も随分と節穴になったもんだな」
頭を抱えながら岩陰から姿を出したトゥール。妖魔から出てきた男を顎で指しながらアルバは少し呆れたように言う。
「さっきのは妖魔なんかじゃない。人間が化けていただけだ」
「人間が化けていた?」
「そうだ。ほら、これを見ろ」
指さしていた先は、男の手。その手には質素な飾り物が握られていた。トゥールには意味が理解できなかったが、アルバがもう一つ指さした先を見て納得した。
先ほど妖魔が漁っていた死体。その近くには家族であろう者も共に死んでいる。その家族らしき死体は、妖魔が握っていた飾り物を身に着けていた。
「ショボい飾りだって多少の金にはなるだろうさ。だが、妖魔が金なんか持って何になる。わざわざ漁る必要もないさ」
「なるほど、それで……」
常時慌てる事しかできなかった自分に比べて、どれ程に冷静なのだとトゥールは感心していた。二人は去年知り合ってから何度か仕事を共にしているが、小柄な体で躍動するアルバに何度も驚かされてきた。
「お二人様、助けに来てくださったのですかな……」
不意に背後から声をかけられアルバは思わず剣を抜いた。その切っ先は老人の喉をすんでのところで突き刺さずに止まった。腰を抜かして倒れそうになる老人を、トゥールが素早く支える。
「アルバ、依頼人に何てことするんです」
「依頼人? ではこのご老人が村長ということか」
老人はトゥールに支えられながらよろよろと立ち上がると、力なく頷いた。老人を支える杖も細いために、どうにも弱弱しく映る。
「お二人とも、なんとお礼を申し上げてよいか……来ていただけなければ村は壊滅して負った。まさに救世主ですじゃ。村の代表として心からお礼申し上げますわい」
そう言って、老人は深く頭を下げた。それにしても、村が助かった割にはどうにも元気がない。確かに数人死んでいるために手放しに喜べはしないだろう。だが、それぞれの家から伝わる強い警戒心が弱まる気配がない。
「それにしても、他の住人は酷い人見知りだな」
アルバが皮肉気に笑う。閉鎖的な村である。自らの故郷に似た空気感に、妙な居心地の悪さがあった。