第10話 特訓の成果
アシアラが剣の特訓を初めて半月ほどたった。まだまだ実践で立ち回れるほどではないものの、その動きは随分とそれらしいものになっていた。
この分であれば、いずれはアシアラ自ら妖魔を討伐できるようになるだろう。それも、そう遠くない先の事だ。妖魔についても、もう少し詳しい話をしてやらなければとアルバは考えていた。
「よし、アシアラ。組手するか」
その一言を待ってましたと言わんばかりに、アシアラの顔に花が咲く。この半月の間、毎日のように剣を合わせ、その全てで完膚なきまでに負けているというのに、まったくやる気が落ちていない。
「今日こそ勝ーつ!」
恐ろしいほどにキラキラした目。その熱を感じると、アルバのやる気も盛り上げられる。
アルバも小柄とはいえ、アシアラとはリーチの差は大きい。間合いを詰め、至近距離で細かく動くことでそのハンデを埋める。そのために足の捌き方は何度も練習してきた。
アシアラは半身の構えから腕を振り上げると同時に、左足で地面を強く蹴る。鋭く踏み込まれた右足が地面をとらえると同時に、右手に持った剣が振り下ろされる。
アルバが構えきる前の、ほとんと奇襲ともいえる一撃だ。今から剣を薙いでも力を込める事は間に合わないだろう。剣で受けたところで、そのまま勢いで押し切れるはずだ。
「とった!」
思わず声がでた。振り下ろされる木剣の先で、アルバがフラリと揺れたような気がする。それも、ニヤリと笑いながら。
「痛っ……」
確かに振り下ろした。それはアルバを捉えているはずだった。しかしその瞬間に、手に激痛が走り、気が付くと木剣は空に高く舞っていた。
「甘いな、奇襲するには大振り過ぎる」
アルバは上体を傾け、アシアラの剣筋に合わせる様に肘を突き出していた。振り下ろした木剣ではなく、それを握る手を捉えていたのだ。
にやけた表情のまま、体制を戻すアルバ。アシアラは頬を膨らませながら、落ちた木剣を拾う。
「絶対決まったと思ったのに……」
「踏み込みは良かった。姿勢も低いし、何より鋭かったからな。まあ、それで奇襲を狙うなら突きで来るべきだな」
「褒めるなら負けてくれてもいいじゃない!」
「馬鹿か。それじゃあお前の練習にならないだろう」
今度はお互いに半身で構え、突き出したつま先が正対する。アルバは剣を持った右手は肘を軽く曲げ、左手は胸のあたりでゆらゆらと揺らしている。本来は左手には逆手でナイフを持っているのだが、木剣での組手では遊ばせているだけとなっている。
そしてアシアラの構えは、アルバのそれとそっくりなものであった。
アルバは自身が持つ知識の中で最もオーソドックスなものを教えていたはずだったのだが、妖魔を狩る姿を目に焼き付ける様に見ていたアシアラは、自然にその構えを模倣していた。
それから二度三度と剣がぶつかり、そのたびにアシアラの剣は飛んだ。剣を習い始めてから既に二百回は組手をしてきたが、一度たりともアルバを捉えるに至っていない。
「惜しかったな」
「ふん! 次は一本取るわよ!」
「まあ、頑張るんだな」
軽口をたたいて薄笑いを浮かべているアルバだが、その瞳からは真剣さが十二分に伝わる。アシアラは大きく深呼吸をして、本日何度目かの無謀へと調整んする。
どうすれば勝てるのか、アシアラは思考をめぐらせる。待っていたところで、アルバのほうが一回り大きく、また素早いのだから、奇襲も含めて積極的に行くべきだろう。
あとは、どうすれば虚をつけるかだ。どれだけ蹴りや突きの中でフェイントをかけたところで、アルバは冷静に対処するだろう。現に、小手先での動きは全ていなされている。こちらのリズムを読むのが抜群にうまいのだ。
もっと大きな動きで、想定の枠の外で行かなければ。
「作戦は決まったか。そろそろ始めるぞ」
「わかったわ!」
アシアラは一つ作戦を思いついていた。これであれば、きっとアルバも想定の外だろう。
先ほどまでと同様に、お互い半身に構える。そしていつものように、アシアラから仕掛ける。
「はっ!」
その大きな掛け声と共に、アシアラは地面を強く蹴る。それに対応しようとアルバが半歩前に出た時、アシアラの異変に気が付いた。
明らかに先ほどまでに比べて、踏み込みが浅い。疲れからか、集中力が切れたのか。いずれにしても、情けないことだ。
あれほどやる気を出していたくせに、僅かだが苛立ちすら感じる。すぐに終わらせてしまおう。そんなことを思いながら木剣を薙いだ瞬間、アシアラの体が遠のいた。
アシアラの唐突なバックステップに、アルバの剣は豪快に空ぶった。薙いだ勢いのまま剣を戻し、アシアラの着地を狩るために追いかける。
このタイミングであれば、アシアラは着地と同時にひざ元を木剣が強かに打つだろう。それを自身の剣で防いだところで、弾かれるだけだ。
完璧な剣筋がアシアラの着地予想地点を襲う。しかし、アルバの思惑通りにはならなかった。アシアラは着地の直前、見えない壁を足場に、まるで曲芸のようにくるりと一回転していた。
そしてアシアラの木剣は、アルバの右肩を捕らえた。
「がっ……」
アシアラの全体重が乗った一撃に、アルバは顔をゆがめた。それは、アシアラがアルバの弟子になってから、初めて奪った一本であった。




