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究極の孤独者

作者: 振木岳人


 はい、いらっしゃい!


 いらっしゃいませえ!



 老店主が営む手狭な居酒屋は、店主と女将さんの人柄の良さがプラスされ、酒も料理も余計に美味く感じる。


 中央線沿線のとある街、その繁華街から遥かに離れた辺鄙な路地裏にあるこの店は、カウンターに八席、二人対面のテーブルが三つだけの小さな店に関わらず、

連日夕方から仕事帰りのサラリーマンや、酒を片手に生意気な文化論や芸術論をぶつけ合う大学生たちで、席の空くいとまも無いほど大盛況であった。



 昨年妻に先立たれた私は、地球を半周回った場所に住む息子夫婦や孫の帰郷を待ちながら、この居酒屋で一日の終わりを迎える事を楽しみにしている。


 年金暮らしである以上、散財など出来る訳が無く、むしろ酒すらも控えて緊縮の日々を過ごさなくてならないのだが、

夕飯は自宅で済ませつつ多少残った財産を小出しにして、とっくり一本と多少のつまみでカウンターの一角に陣取る私は、その居酒屋こそが社会との接点になっていた。

客と店主の会話や、客同士の他愛の無い会話に耳を傾けつつ、想像の羽根を羽ばたかせる事が楽しみな日課となっていたのだ。



 仕事の愚痴や上司の悪口から、故郷自慢に子供自慢に、学生たちの専門分野の討論など……。

テレビを見るよりも中身の濃い話が絶えず耳に飛び込むこの店で、今日は珍しい会話に耳を傾ける事が出来た。



「酷い話っすねえ」


「だろ?……だろ?」


 砕けた言葉遣いで会話を重ねるのは、どうやら同じ職場の上司と部下。どうやらマスコミについての話題を繰り広げているようだ。



「報道って言えば、一般人より格上なんすかね?その精神が理解出来ないっすよ」


「被災者の車が整然と列を作っているのに、その間に割って入っても許される特権階級……そう言う意識があるんだろうな。これはテレビに限った事じゃないんだ」


 上司らしき男が部下の青年に話しているのはどうやら、熊本地震で被害を受けた人々が車にガソリンを入れようとして、ガソリンスタンドの前に長蛇の列が出来た際、テレビ局の車が当たり前の様に横入りして炎上した騒動の話らしい。



 ……確か新潟県中越地震の際も、関西のテレビ局のスタッフが、取材自粛を求められていたにも関わらず、ボランティアに偽装して取材を続けていて、役所から抗議されるトラブルもあったなあ……



 そんな事を思い出していると、この上司はマナーが無いのはテレビだけじゃないと説明し始めた。


「中越地震の時なんだけど、大手新聞社の記者が、立ち入り禁止区域に入って、自衛隊のヘリに救助されたんだよ」


「はあ?それってスクープ狙いで自爆したって事ですよね」


「ああ、それに被災地域のコンビニで物資を買い漁って、被災者に物資が行き届かなくなったって問題もある」


「もう本当にやりたい放題なんすね……。報道の意義と社会のマナーと、完全にかけ離れてるじゃないっすか。失笑ものっすよそれ」



 ……この上司も、中越地震の時のマスコミ問題を覚えていたのか……



 日本人は忘れっぽい民族だとは良く言われる。

雲仙普賢岳の大火砕流被害でも、立ち入り禁止地区にマスコミが忍び込んだり、地域住民の自宅に勝手に上がり込んで盗電したりとやりたい放題で、結果地元消防団が「不審者」パトロールをしていた際に火砕流が発生して大惨事になった過去もある。


 もともとそう言う大災害は、マスメディアにとっては【美味しいネタ】以外の何ものでもないのであろう。事実、テレビも新聞も自社ヘリをガンガンと被災地上空で飛ばして、救助中の自衛隊ヘリを邪魔したり、消えかかる命のともし火すらヘリの爆音でかき消してしまう問題は、今に始まった事ではない。

 だが、それでもこの問題が一向に消えないところを見れば、他人に迷惑をかける事よりも、マスメディアの正義の方が彼らにとっては重要であり、浮かび上がった問題を毎度毎度忘れてしまい風化させてしまう日本人にこそ責任があるとも言える。



 続けてその上司は良い事を言った。何故そう感じたかと言えば、そのありように全てが集約されていると、私も常々思っていたからだ。



「いっか?マスコミが不祥事を起こすだろ?トラブルだけじゃなくて暴行や性犯罪も含めてなんだが、必ずこんな感じのコメントを発表するんだ【再発防止に務めます】ってな。昭和の時代からこれを繰り返し言ってる連中のえげつなさが分かるか?」


「同じ過ちを何度も繰り返すって事は、もはや救いようの無い状況なんでしょうねえ」



 仕事がら、早々とインターネットに手をつけていた私なので、彼の言うマスメディアのトラブルは古くから見聞きしている。

そう、それは正義でも何でも無く、自らをジャーナリストと名乗り、自分の正統性に酔いしれた結果の「傲慢」としか言いようが無い。



 ……ジャーナリストとは、ジャーナルつまり「日報」を扱う者の事である……



 日々起きた事象を日報にまとめて人々に伝えるのがジャーナリストの使命であり、ジャーナリストを気取る者たちに限って、【ジャーナリストの使命とは権力チェックだ】とうそぶく。


 この権力チェックの発言自体が、社会部や他の部門の記者たちに対するれっきとした差別発言である事に気付く者は、この国にどれだけいようか。

そして、どれだけ自分自身を高く評価しているのかは知らないが、そう言う連中に限って自らの思想が過分に時事報道に反映される。


 ジャーナリストが伝えるジャーナルとは、淡々として簡潔な記事でなくてはならず、もしそこに問題提起が含まれていたとしても、それに対して結論を出したり議論するのは、あくまでも購読者や視聴者でなくてはならない。

伝えたい内容に個人の思想や感情を過分に入れたものはもはやジャーナルとは言わず、一種の思想団体の機関誌でしか無いのだ。


 つまりは、ジャーナリストの名前を本当に名乗るのであるなら、社会から一歩身を引いた第三者の瞳で是々非々を報じる、誰にもどんな思想にも迎合しない、究極の孤独者でなければならないのだ。


 しかし、この国でおおよそジャーナリストを自称する者たちに、そこまで自分を厳しく律する者は少ない。

大抵が「ジャーナリストかぶれ」と評するか、ジャーナリストを隠れ蓑にした思想闘争家と評しても過言ではなかろう。


 大して気合いを入れなくても、各新聞社や各テレビ局などはウィキペディアでも見ればその悪行はゴロゴロと出て来るし、ネットやSNSに目を通せば、いかにマスメディアが幼稚で暴力的存在なのかは一目瞭然である。


 そう、若者たちが良く口にする「マスゴミ」と言う言葉が全てを語っている。ペンは剣より強しと古くから言われているが、そのペンが酷く汚いのである。



 既に結論が提示され、購読者や視聴者には考える隙さえ与えぬ、この国の報道。

問題提起を飛び越えて、まるで安保闘争の頃の安い学生アジテーターの原稿の様な論説・社説に、購読者が考えるだけの価値があるのか。

 専門家でも何でも無い、口と顔芸の達者な芸能人がもっともらしく語るニュースにどれだけの価値があるのか。

 愛人に子供を産ませて知らん顔する様な人間が、他人や社会の不正を糾弾する喜劇や、プロレスアナウンサーがニュースに自分の私信をくっつけて報じる姿の、どこが報道なのか?どこがジャーナルなのか。



 この平成の時代になっても、海外の内戦や紛争を取材している邦人ジャーナリストの何名かが、凶弾に倒れたと言う報道を覚えているだろうか?その際のテレビや新聞の報道を覚えているだろうか?


 ジャーナリスト賛歌でも歌うかの様に、故人を利用して自分たちの有り様をこれでもかと美化し、報道人としての生き様やジャーナリストとしての矜持を、クリスマスツリーの様にゴテゴテに飾り付けていたあの報道だが、良く考えて欲しい。

凶弾に倒れた人たちは、そのほとんどが過酷な環境で働いて生計を得る【下請けさん】であり、そもそもジャーナリストごっこをしている大手マスコミ企業は、あぶないので紛争地帯などへ社員を行かせない。

労働格差を社会に訴えるマスコミ側にも、しっかりとした貴族と奴隷の関係は存在するのだ。


なんたる矛盾、なんたる喜劇


「その程度」が、この国のマスメディアの本当の姿なのだ。

だから眉をひそめながら、酒の席での会話を盛り上げる程度にしかならない。後に続く議論など生まれない。


まんま、その程度なのだ。



 うすら寒い話ではあるが、この上司と部下の会話を耳にしながら、私も「ああ言う人種」のメンタリティに、ついつい思いを馳せてしまった。

そして、私が常々不満を感じていた事を彼らが代弁してくれる形となり、不満を抱いていたのは私だけではなかったのだと、溜飲を下げる出来事でもあった。



 ……酒のアテとしては、決して上手いものではなかったが。



「先輩、それで俺……今日は相談があって」



 もはや前座の話も飽きたのか、それともこちらが本日の酒席の本題なのか。部下らしき若者がおどけた声をガラリと変えて、真剣な声で上司に語り出した。

どうやら、今の仕事について親が反対しているのか、最近頻繁に田舎に帰って来いと連絡があり、本人も真剣に悩み始めたのだそうだ。



「そうか、親父さんがなあ……。でも今度の案件はやりがいがあるぞ。今度のターゲットは芸能人じゃなくて政治家だ。政治家の不倫を暴けば、そりゃあもう正義の報道だ」


「政治家ですか、もう不倫ネタでドヤ顔するの嫌なんですよ。よそ様の秘め事暴いて善人面してるのかお前はって、親父もひどく恥じてて……」



 アゴが外れそうになった。

この二人もマスコミ関係者であったとは思いもよらなかった。



 ……なるほど。捏造ややらせ、報道しない自由、印象操作の他にも、マスコミの正義としては不倫暴きもあったよな……



 二人の正体が分かった時点で同族嫌悪かと酷く彼らを軽蔑してしまったのだが、そのうち呆れを通り越して、非常に愉快な気分になってしまった。

まるで他人の孫が出演する児童演劇でも見ているかの様な、微笑ましさと痛々しさを感じてしまったのだ……。



 --さて、今日は家で飲み直そうか。



 酒のアテはテレビでも新聞でもなく、何か小説でも読みながらだな。それならまだ、酒は美味しいはずだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点]  分かりやすくはっきりとしたテーマ。  読みやすく整った文章で、一気に最後まで読者を引っ張る熱量が素晴らしいと思いました。 [一言]  振木様の別作品を少しづつ拝読させて頂いておりますが…
[良い点] 何と言いますか……「あぁ、こういう作品も書かれる方なのか」と少々驚きました(笑)。 現代における報道姿勢のアレコレをプロテストしている感じなので「ふむふむ」と拝読していたのですが、オチも…
2017/12/21 18:55 退会済み
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