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遺書  作者: 神園修也
2/2

1枚目

お恥ずかしい話なのですが、私は幼い頃から所謂、文学というものに触れ合う機会がなかったもので、近年初めて、ふと、大した理由もなく、強いて言うなら国語が人よりも少し得意だったから、という理由で何となく小説というものに手を付け始めたのでした。何から読もう。昔の偉人、取り敢えずは学校などでよく見る名前、そうだ、太宰治なんてどうだろうか。自身の狭い考察や視野では考えもつかない様な新たな発想や思想を知ることができるかもしれぬ。……

いや、本心はもっと稚拙で、このご時世に文学作品を読むなんて私は何て知的な人間なんだろう!とヒロイズムに酔っていたことは認めざるを得ないです。

その中でも最も有名な著作 「 人間失格 」

を手に取り、読み始めました。

最初は晦渋な文章に四苦八苦しながらも( 無論、まともな教養を受けた人間であれば読解は容易な筈で、凡人より少しは優れていると、何故か信じて止まなかった私は少なからずショックを受けました。今まで開きもしなかった広辞苑が、森羅万象全てを書き記した聖書に見えたものです。

ともあれ、そんな浅学非才な私が言葉を綴るなど甚だ烏滸がましいのですが、そこがいわば、私のこの語りにおいての唯一のユーモアであると考えて頂けると幸いです )

何とか読み終えた時には

成る程、確かにこれは凄い。文学に精通していない私でもおもしろいと感じる。一見、自伝の様に見えて、読み進めてみれば、心の一番深い部分に共感を求める様な、そんな感想を抱きました。

まるで自分の言いたい事を代弁して書いてくれたのかとさえ思いました。

時代を超えて親近感を覚える様な、そんな気持ちでした。


しかし、実際太宰治と私は根底から全く違っていました。

無論、人として生まれた以上根底が同じなどという事はあり得ないことなのですが。

私は人間を愛していました。

所謂、世間と呼ばれるものに畏怖の念を抱いたこともありませんし、胸中を隠さず明かせる親しき友人も、有難いことにございました。

私は孤独を好むという訳では無かったのです。誰かと話したいと思うし、誰かに愛されたいと思う。所謂私はどうしようもない程普通の人間なのです。

その滑稽さが、その感覚と意識のズレ、とでもいうのでしょうか、それが私を苦しめる理由となっていることは先ず間違いありません。


‪ただ、恐ろしく人間が分からないのです。‬

それはもう恐ろしいほどに。

どれだけ嘆いてもどれだけ叫んでも人の心は誰にも覗くことはできないのです。だとしたら真の意味で理解し合うことなんて不可能じゃないですか。

前言を撤回します。人間が恐ろしいほど分からないのではなく、ただ恐ろしいのです。

恐怖、嫌悪、いや、人間は好きだ。

では、何故好きなのか。

全ての人間が様々な考えを持っているから。私の考えも及ばない様な思想を持っている人間も、沢山いる。これ以上興味深くておもしろいものがあるだろうか。

でも、それが何よりも怖いのでしょう。


自分とは到底及ばない考えを持つ人間同士が語り合い、共感しあう。

こんなに面妖な事を私たちは平然と行なっているのです。

おもしろいが、それ故に恐ろしい。

嫌悪感はその自己矛盾から感じていたものだったのだと、今になってそう思います。

ずっと心の底に閉まっていたものが熱を帯びて溶け出した様でした。

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