62.文化祭前日
ついにやってきた作戦決行日。
私達は制服の下に軍仕様の防弾チョッキを着込み、いつものようにセントラルへ向かった。
マホとサヤ、入澤くんと若月先生はセントラルの正門をくぐってすぐ、事務AIにダミーの情報を流して裏門から出て行く。
朝のHRを務めたのは湊先生だ。
「あれ? 若月先生は?」
「校長先生と文化祭の打ち合わせ中だよ~。何かあったら、今日は私のとこに報告しにきて」
「はーい」
クラスメイト達が疑問を抱いたのはほんの僅かな時間だけ。彼らは湊先生の説明にすんなり納得し、いつも通りの態度に戻る。
HRはつつがなく終わり、一限目が始まった。
文化祭前日ということで、一般授業はなし。生徒はそれぞれの発表班に分かれて、明日の為の最終チェックに入る。私とハルキくんはそのまま教室に残り、かかってくるはずの電話を待った。
この日に向けて何度もシミュレーションを重ねたからか、心は驚くほど凪いでいた。気負いや緊張はどこにもなく、静かな湖面みたいに穏やかな気持ちだ。
ハルキくんと私は何も喋らない。穏やかな沈黙が続くが、それは決して気詰まりなものではなかった。
やがてハルキくんの端末が震える。彼は端末を開いてメッセージを確認すると、こなれた仕草で相手にかけ直した。偽情報をあえて掴んだテロ対委メンバーと通話した後、今度は保健室へと移動する。早退届を出して、セントラルの正門を開けて貰う為だ。
「確かに受け取りました。――良い報告を待ってるね」
こちらをまっすぐ見つめる湊先生に力強く頷き返し、私達はセントラルを後にした。
どれだけも待たないうちにハルキくんの車が正門前に滑り込んでくる。車に乗り込み、目指すのは東京自然災害研究所。
「そろそろだね」
もうすぐ研究所についてしまう。ユウさんは少し前に拉致され、私達と同じく研究所へと向かった車の中にいるはず。
ハルキくんが片耳にはめたイヤホンに軽く触れ、「無事拉致はされたようだ」と教えてくれる。彼の元には何か一つ進行する度、テロ対委からの連絡が入ってくるようになっていた。
とうとう車が止まる。ここからはテレポートで移動しなきゃいけない。外部との連絡もしばらくは遮断されてしまう。
「俺達も行こう」
ハルキくんが掲げた右手の拳に私もコツンと拳をぶつけ、車を降りた。
◇◇◇
研究所の敷地の端にある薄暗い倉庫の中で、私達は実働隊のリーダーと対峙した。
「残念でしたー。ここにお前達の探しものはありませーん」
リーダーの男はニヤニヤ笑いながら、ユウさんの腕を引き寄せる。後ろ手に手錠をかけられたユウさんがよろめきながら私達の前に引き出されてきた。
ユウさんは平然を装っていたが、手錠のせいで手首が痛むのだろう、こめかみに冷や汗をかいている。ハルキくんの纏う雰囲気が一瞬にして変わった。
「父を離せ」
ハルキくんが静かに告げる。彼の声が孕む殺気には気づいているはずなのに、リーダーの男は自分達の優位を毛筋も疑わず、一層笑みを深めた。
予知夢でみたのとまるっきり同じ態度だ。
その下卑た笑いを見て、私も笑いそうになる。
「かっこいいねえ。ああ、いいよ。お前達に用はない。大人しくこっちの言う通りにすりゃ、すぐに解放してやるよ」
「要求はなんだ」
どこまでも冷静なハルキくんに、リーダーの男は低く舌打ちした。
「かわいげのねえガキだな。……まあ、いい。まずはそこの化け物にこいつを打て」
そう言って、彼は手にしていた黒い箱をハルキくんに投げる。高濃度の能力抑制剤入りの注射箱だ。
男は自分が作戦実行の合図を送ったとも知らず、嘲るように私に視線を移した。
私もニヤリ、と口角を引き上げ、リーダーの男を真正面から見つめ返す。
仕掛けたのはそっちだよ。覚悟はできてるよね?
「は? お前、何わ――」
笑ってるんだ、というセリフが最後まで告げられることはない。なぜなら、彼は翌日まで目を覚まさないから。
私はコンクリートの床を蹴ってふわり身体を浮かべると、両手を掲げて思いっきりリーダーの男の脳天に衝撃波をたたき込んだ。まさか迷わず攻撃してくるとは思わなかったのだろう、彼も周囲の男達もあっけに取られた顔をしていた。
くぐもった声を漏らし、リーダーの男がその場に崩れ落ちる。
「て、てめえ、舐めやがって!」
ユウさんに銃口を向けていた男達がようやく事態を飲み込み、激高しながら撃鉄を起こそうとする。
遅いよ。
私は地面に着地するのと同時に意識を集中し、彼らの銃を一斉に解体した。耳障りな音を立て、強化プラスティックの黒い部品が落下していく。
男達の目が大きく見開かれる。その瞳に映り込むのは、制服姿の女の子。
武装解除も済んだことだし、次は仮想世界で培った接近戦技術を試させてもらおうかな。
パワードの血が滾り、脳内に麻薬じみた快感物質がドッと分泌される。私の本質は、やはりこっちなんだろう。戦いが始まると、途端にものすごく楽しくなってしまう。
「く、そっ! 化け物が! こっちにくるな!!」
軽いパニックに陥った男達が狂ったように叫び、私に殴りかかってくる。
私は彼らの拳をサイコキネシスを纏わせた腕で受け流し、同じだけの力で彼らを殴った。やり過ぎないよう細心の注意を払いながらの戦闘は難しいが、彼らを殺したいわけじゃないから仕方ない。死角からの攻撃も空気を裂く音ですぐに察知できる。体を傾け拳を避けてから、振り向きざまにみぞおちを殴りつけた。
ユウさんは突き飛ばされ、為す術もなく床に倒れ込んだが、間一髪で背後に控えていた作業員の男が抱き留めた。男は深くかぶった帽子を軽くもちあげ、私に片目をつぶってみせる。
余裕たっぷりの入澤くんは、ユウさんを隣の男――若月先生に任せると、これみよがしに指を鳴らした。
そんなことしなくてもテレポートは発動できる癖に、もう。私に集まった敵を散らす為だろうけど、そっちの方がカッコいいからって理由もある気がする。
「てめえら、誰だ!」
ユウさんの手錠が外れたことに気づいた他の男達が、入澤くんと若月先生に襲いかかる。懐からナイフを抜いた男が、入澤くんを刺そうと腕を振りかぶった瞬間。
襲いかかった男は、ぐるりと白目を剥いてその場に昏倒した。
「させないよ」
入澤くんによってテレポートさせられてきたマホが冷ややかに言い放つ。彼女は邪魔とばかりに転がった男の腹を蹴り飛ばし、他の男達にも強烈な精神攻撃を放っていった。
マホと同時に現れたサヤは、遠くから撃たれた銃弾を自分の目前で止める。
「そこね?」
銃弾の飛んできた軌道を逆に探知したのだろう、彼女は短く言うと、あっという間に姿を消した。数秒後、倉庫の二階から断末魔じみた男の悲鳴が聞こえてくる。
マホとサヤは体格的に敵に化けるのは無理だからね。ユウさんを運んできた車に残り、入澤くんのテレポートを待っていたんです。
もっとかかるかと思っていたのに、あっという間に倉庫にいた敵を制圧し終えてしまう。
正直、物足りない。
私達が戦闘している間、ハルキくんは例のリーダーの傍に跪き、男の端末を奪って情報を収集していた。今は彼が持っていた情報と録音した彼の声を本部に送り、合成音が作成されるのを待っているところだ。
周防キリヤへの定期連絡までには充分間に合うだろう。
「ここは俺とケイシで処理する。4人は地下へ行って、クローン培養の証拠を集めてきてくれ」
「了解」
よし、また戦闘だ。
地下の研究所にいる警備員はミックスばかりだから、今より少しはマシな手応えがあるだろう。
首をこきこき慣らして、マホとサヤ、そして若月先生に意識を向ける。全員でテレポートしようと手をあげた私を止めたのは、若月先生だった。
「みんな、一旦深呼吸して。――分かってると思うけど、応援を呼ばれたら困る。真っ先に狙うのは警備員だよ。今地下にいる全員を気絶させた後、情報を集める。全て終わったら彼らの記憶と監視カメラのデータを操作して何も起こらなかったことにするから、やり過ぎは駄目だ」
若月先生の落ち着いた声に従い、私達は大きくを息を吸って吐いた。
「先生に釘刺して貰ってよかった。なんか気が昂ぶっちゃってたよ」
「私も。冷静にならなきゃね」
マホとサヤの言葉に、私も頷く。
さすが先生、伊達にセントラルに務めてない。実戦に出た純血パワードがどうなるのか、彼は知っていたんだろう。
若月先生のアドバイスのお陰で、私達は興奮を最小限に抑え、地下研究所での戦闘を終えることが出来た。ミックスの警備員にパワーを使わせる前に、先生の力で増幅して貰ったこちらのパワーで圧倒する。
思わぬ急襲に驚いたらしく、リーズンズの研究員達は皆唖然とした顔のまま気を失った。
予知夢で見た通り、そこにはクローンの培養ポッドが3基並んでいた。
うち2基は空だが、中央の1基には4歳ほどの女の子が身体を丸めて浮かんでいる。
胎児を思わせるポーズで目を閉じているその子は、完全体ではなかった。培養ポッドを出された時点で、生命活動は終わるだろう。
「可哀想に」
サヤが呟き、ポッドのガラスに手を当てる。
明らかに失敗作と分かっているのに生かしているのは、次回へのデータを集める為だ。その子の欠けた小さな身体は、切り刻まれた跡で無残に損なわれていた。
マホが悔しげに唇を噛みしめ、吐き捨てる。
「人の命をおもちゃにしやがって……っ! こいつら全員、この子と同じ目に遭わせてやれたらいいのに!」
「おもちゃにしてる自覚はないと思うよ。彼らにこの子は人間に見えてないだけだ」
若月先生は淡々と言って、端末のカメラに写真をおさめていく。
先生のそんな顔を、私は初めて見た。冷え切った酷薄な表情と声が、彼の抱いている憤りをありありと伝えてくる。
「パワードだってクローンだって、人間だよ」
マホは泣きそうな顔でぽつりと言った。
私達も先生にならって、ハルキくんに教わった通りにデータ収集を始める。
無言で作業すること半時間、証拠としては十分なデータが集まった。実験の許可を求める書類には、承認のサインが書き込まれている。サインをした男の顔を、私はすでに予知夢で見ていた。筆跡鑑定に出せば、そのサインが周防キリヤ本人のものであることが分かるだろう。
実験レポートの中には、サヤのクローン――私が戦ったあの子もいた。真っ先に死亡日時を探してしまう。せわしなくスクロールして見つけたそこは空欄だった。
まだ生きてるってこと? それとも記入漏れ? 胸の奥がざわざわする。
先生はデータを素早くまとめて、かたっぱしから本部へ送っていった。
「よし、送信完了。今、入澤が監視ルームに来てカメラのデータを改ざんしてくれている。多比良、そっちは?」
「あと4人です。5分で終わります」
廊下で警備員の記憶を弄っているマホから、しっかりした返事がくる。
こうして前日のミッションは無事成功に終わった。
ここまでは想定内だ。問題は、文化祭当日の周防サイドの動き。
私達に手足をもがれたも同然の彼が、それに気づかずきちんと仕掛けてくれたらミッションコンプリートだよね。
「じゃあ、俺達はセントラルに戻るね。常に誰かは通信を受けられる状態にしておくから、真夜中だろうがなんだろうが、何かあったらすぐ連絡して」
入澤くんが心配そうに念を押してくる。
ハルキくんは優しく笑って、入澤くんの肩を叩いた。
「大丈夫だ。残るのは俺達だけじゃない。何かあっても、どうにでも対処できる。俺達のことは気にせず、明日に備えてゆっくり休んでくれ」
「分かってる。でも、物事に絶対はないからさ。マジで油断しないでね?」
入澤くんの慎重な答えに、マホが眉をつり上げて怒り出す。
「不吉なこと言うのやめて、って私、いつも言ってるよね。そういうフラグは要らないんだってば!」
「ごめん、マホちゃん」
「それにアセビ一人を残すならともかく、柊くんが一緒なんだよ? 絶対に大丈夫だよ」
「待ってそれおかしい」
真顔でつっこんだ私を、先生が生温かい目で見つめてくる。
サヤと入澤くんが「それもそうか」な顔になったことにも地味にムカついた。
「んじゃ、明日ねー」
「今日はお疲れ様ー」
さっきまでのシリアスな雰囲気はなんだったの? とツッコみたくなるような間延びした挨拶をして、マホとサヤが離脱していく。若月先生と入澤くんも、彼女達を追うように空に消えた。
残った私は大きなため息をつき、放り込まれる予定だった冷凍スリープポットの上に腰掛ける。
倉庫の奥の一室は今回の計画の為に改築され、プチ研究所と化していた。
この辺一帯に見回りの警備員が配置され、倉庫の扉の前には屈強な見張りがついてるんだけど、それは全員こちらの味方と入れ替わっている。本物の彼らは意識を取り戻し次第、里内さん達の取り調べを受けることになる。
ユウさんも今晩は自宅には戻らず、対テロ委が用意したホテルに泊まる予定だった。警護につくのは父さんだし、そっちは安全なはず。
万が一の保険としてこの場に残したリーダーの男は、ぐったりと伏せったままだ。
「明日の朝までこの人を見張ってるだけっていうのも、なかなか大変だね」
「確かに。……いや、ちょうどいいものがあるじゃないか」
ハルキくんは何かを思いついたように瞳を輝かせ、冷凍スリープポットの操作パネルへと近づいた。彼はあれこれボタンを押し、表示画面を確認し始める。
「――あった、これだ。強制睡眠モード。持続時間は……48時間か。充分だな。途中で中断した場合の副作用は……強烈な酩酊感と吐き気。まあ、それくらいは我慢して貰うか」
「え、まさか、これに入れるつもり?」
私は目を見開き、冷凍スリープポットから飛び降りる。
ハルキくんは何とも悪そうな笑みを浮かべ、あっさり頷いた。
「ああ。このまま周防キリヤが動かなければ、邪魔なだけだ」
それもそうだ。
冷凍ポッドには簡易的な医療システムも内臓されているという。私の放った衝撃波で受けたダメージも起きた頃には治っているかもしれないと思うと、なんだか気が楽になった。
私とハルキくんで男を冷凍ポッドの中に入れ、仰向けに寝かせる。だらんと伸びた逞しい腕はお腹の上で組ませてみた。
ガラスの棺に似たポッドの中に行儀良くおさまった男は、マッチョな白雪姫に見えなくもなかった。
「かなりシュールな光景だけど、これで朝まですることなくなっちゃったね」
「大人しく監禁されておかなきゃいけないのも、立派な任務だろ?」
私のぼやきに、ハルキくんが悪戯っぽく答える。
彼は部屋の隅に置かれた仮眠用ベッドに腰掛けると、ぽんぽん、と隣を叩いた。
「こっち来て。今日は朝から頑張ったからな。休める時にはゆっくり休んだ方がいい」
「うん!」
私はいそいそとベッドへ向かい、ハルキくんの隣に腰を下ろす。それから、ぎゅう、とハルキくんにしがみついた。
「え、っと。……アセビ?」
自分から来いと言った癖に、ハルキくんの耳がみるみるうちに赤くなる。
私は満足するまで彼の匂いをかいでから、制服の上着をさぐって栄養バーを取り出した。
「よし、充電完了。次はこっち」
「もう終わり?」
珍しくハルキくんの方からそんなことを言う。
私は栄養バーを貪りながら、「いいの? これ以上くっついたら、私多分、したくなる気がするんだけど」と確認してみた。
ハルキくんは真っ赤になって首を振る。
冗談だよ。
さすがの私も作戦実行中に膝枕なんて強請らないってば!




