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56.柊ユウの後悔

 私が予知夢を見た翌日の夜。

 若月先生は大きなボストンバッグをさげて柊邸の離れへと移ってきた。


 私やマホ、そしてサヤも当分はここに住むことになり、プチ引っ越しを終えたところだ。

 母さんの予知を重く見たテロ対委は、私達がなるべく一人にならない方がいいという判断を下した。

 

 ハルキくんが時間遡行してきたことで、RTZは結成前に消滅しようとしている。それでも、テロ事件は起きると予知夢は知らせてきた。


 私達がどうあがいても『RTZ絡みのテロ事件自体は起こる』のだとしたら?

 分岐点を潰そうが何度やり直そうが、その形や規模を変えるだけで、結局無差別テロ事件は起きてしまうのだとしたら?

 

 テロ対委の中からあがったそんな疑問に、本部長の里内さんは『だからこそ我々はどんな手を使っても、神野アザミが予言した【未来を変える六人】を守り切らなければならない』と答えたそうだ。


『RTZ関係者による無差別テロが起きる流れこそが、この世界の本流だとしても』


 里内さんは強い覚悟と意思を宿した眼差しで、メンバー全員を見渡したという。


『理論上ありえない同一体による同一世界の時間遡行、そして過去改変のカードが切られた時点で、私達の望む未来への道は開いたと考えます。すでに犠牲を払っている以上、失敗は許されない。全力で彼らをサポートし、未来を変えましょう』


 犠牲、という言葉に胸がズキンと痛む。

 きっとそれは、この時間軸にいたもう一人のハルキくんや、駒にされてしまったサヤのクローンのことだ。私が知らないだけで、もっと他にもいるのかもしれない。


 ハルキくんが会議でのやり取りを報告し終えたところで、離れのインターホンが鳴る。

 やって来たのは柊ユウ――ハルキくんのお父さんだった。


「何かあったのですか?」


 ハルキくんが目を丸くして立ち上がる。

 ユウさんは何とも複雑そうな表情を浮かべていた。何度か口を開きかけては閉じ、結局は首を振ってしまう。


「――いや。考えてみれば、大切な客人になんの挨拶もしていなかったと思ってね」


 ユウさんはそう言って、若月先生と私達に視線を移した。


「この度は息子へのご協力、本当にありがとうございます。不便なことがあれば、遠慮無く教えて下さい」


 深々と腰を折って頭を下げるユウさんを、私は信じられない思いで見つめた。

 え、今、息子って――。

 

 ハルキくんは呆然としているし、マホやサヤも困惑したように瞳を瞬かせている。

 柊親子の事情は、もう皆も知っていた。流石の入澤くんも、どう答えていいか分からないみたい。

 固まった場の空気をほぐしたのは、若月先生だ。


「こちらこそ、セーフティハウスを用意して下さったことに感謝しなくては。ここなら安心です。周防キリヤも柊財閥の本邸には迂闊に手を出せないでしょう」

「セントラルに襲撃をかける男ですからね。一概に安全だとは言えませんが、未来で私を拉致したのが外だということを考えれば、まず大丈夫かと」


 ユウさんはにこやかに答え、最後に私に向かって微笑みかける。


「アセビさん。少しだけ、二人でお話してもよろしいですか?」

「え? あ、はい!」


 一体なんだろうと疑問に思いながらも、すぐに返事をする。

 ユウさんは立ち尽くしているハルキくんをちら、と見て、目尻に皺を刻んだ。


「心配しなくても大丈夫だ。どこにも彼女を連れて行ったりしないから。心配なら、モニターで見てるといい」

「いえ、それは――……」

 

 ハルキくんはぎゅ、と唇を噛み、私達が部屋を出るのを見送る。

 

 廊下に出るとすぐ、ユウさんは本題を切り出した。


「予知夢についての詳細なレポートを読みました。あなたが傍にいたにも関わらず、あの子は私を守ろうとした、と」


 彼の知りたいことが分かり、私はああ、と納得する。

 ユウさんは不思議なんだろう。

 私を救う為に全てを捨ててきたハルキくんが、土壇場で私ではなく彼を選んだことが。

 

 同時に、ユウさんの抱えている複雑な葛藤にも気づいてしまう。

 彼はハルキくんを名前では呼ばなかった。かといって、『彼』とも呼ばず『あの子』と言っている。みんなの前では『息子』と呼んだのに。

 ユウさんはハルキくんをどう扱うべきか、今でも決められないのかもしれない。


 彼が本当に知りたいことの答えは、私が持っている気がした。

 

「そうです。ユウさんには複数の銃口が向けられていました。あなたを殺されたくなかったら、私に抑制剤を飲ませろ、とリーダーの男は言った。私は、動けませんでした。能力を発動することが出来なかった。ユウさんを狙っているのは、見えるところにいる人だけじゃないかもしれないと思ったんです。それでなくても、初めて見る銃を、同時に何丁も分解することは出来なかった」


 超能力は魔法じゃない。

 訓練を重ねればいずれは出来るようになるかもしれないが、ぶっつけ本番ではとてもじゃないが無理だ。

 ユウさんはこくりと頷き、「それは理解してます。誤解しないで下さいね」と優しく言った。


「あなたを責めているわけじゃありません。ただ、未来でもまた違った形で同じことが起るかもしれない。予知夢と同じ結末を迎えるのでは困ります。私と今のあの子の間に、家族の情はない。私と妻は、あの子を拒絶したんですよ。……あの子は私を見捨てるべきだった」


 ユウさんは最後の言葉を苦しげに吐き出した。

 彼がひどく混乱していることが伝わってくる。


「アセビさんは、希有な能力者であり、対RTZの切り札だ。あの子が現在の時間軸に飛んできたのは、あなたを救う為。そんなあなたの能力を封じられることと、私の命を比べれば――」


「ユウさんの命が大事です」


 私は彼の言葉を遮り、きっぱり断言した。


 ハルキくんの性格を、ユウさんは本当は分かってる。

 彼は人の命を何より大切に考える、優しい人だ。

 そんな人間に、ユウさん達が育てた。

 いくら今のハルキくんが彼らの知ってるハルキくんじゃなくても、彼の本質を否定なんかさせない。


「アセビさん……」


 ユウさんが信じられないというように目を見開く。

 私はまっすぐ彼の瞳を見つめ返した。


「もしこの先同じ事が起ったとしても、ハルキくんはあなたを助けようとします。それがあなたの奥さんであっても、同じです。大切なご両親を目の前で見捨てるような、そんな人じゃない。だから、時間だって遡ってきたんです。私が目の前で死んだから」


 この時私は初めて、未来の自分を憎んだ。

 ハルキくんをそこまで追い詰めた『私』に、腹が立って仕方ない。


「私はパワードだから、それがどんなに非効率的なことだか分かります。私なら、見捨てます。父さんのこと大好きだし、死なせたくないけど、でもそうしないと取り返しのつかない不利な状況になると判断したら、そうします。母だって私の傍にいることより、大勢の命を救うことを選んだ。私達はそういう種なんです」


 途中から何が言いたいのか分からなくなってくる。

 だけど私は無我夢中で訴えた。

 他の誰が否定しても、ユウさんだけはハルキくんの選択を尊重して欲しかった。


「でも、リーズンズは違う。そりゃ一部の例外はありますけど、それがどれほど非効率でも理にかなってなくても、リーズンズは親しい人を惜しまずにいられない。ハルキくんは途中で能力に目覚めたけど、中身はあなたが知ってる彼と何も変わってない。あなた達を大切に思う、柊ハルキのままです」


 あっけに取られて聞いていたユウさんの表情が、次第に歪んでいく。

 彼は口をへの字に曲げて、奥歯を噛みしめた。

 必死に泣くまいとしてるけど、涙腺は正直で、透明な涙が眦から溢れてしまう。


「……あの子は……ハルキは、私達のことをなんと言ってましたか」


 ユウさんはすばやく取り出したハンカチで目元を強く押さえ、掠れる声で尋ねてきた。


「『愛されなくても仕方ない』。でも大丈夫だって、言ってました。15歳から25歳までの10年間、ご両親にどれだけ愛されてきたか、自分は覚えてるからって」


 ユウさんはとうとうハンカチを広げ、そこに両目を押し当て嗚咽を漏らし始めた。

 私はそんな彼に伸ばしかけた手を引っ込め、監視カメラに向かって手を振る。

 恐る恐るといった感じで部屋の扉が開き、ハルキくんが一人出てきた。

 よかった、ちゃんと見ていてくれて。


「……これは」


 ハルキくんはユウさんと私を交互に見て、絶句した。


「監視カメラって声は拾わないの?」

「さすがにそれは申し訳ないと思って、音声は切っていた」


 どこまでも律儀な人だな、と感心してしまう。

 自分が何をしゃべったのか、必死過ぎてよく覚えていない。

 私は詳しい説明を諦め、簡潔にまとめることにした。


「私が本当のことを言って、泣かせてしまったんだ。ごめんね、ハルキくん」


 それだけ言ってハルキくんの脇を通り過ぎ、部屋へと戻る。


 扉を閉める瞬間、少しだけ後ろを振り返った。

 ハルキくんに背中を撫でられたユウさんは、ぐ、と変な声を漏らし、ハルキくんをきつく抱き締めた。


 

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