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50.しばしの休息

 文句なしに素晴らしいベッドで快適な眠りを味わった翌日――。

 朝食を運んできてくれたのは、お手伝いさんだった。

 ハルキくん達はすでに外出した後だという。

 

 時計を見れば、もう9時過ぎだった。こんなに遅くまで寝たの、久しぶりかも。

 あれから私達は、何故か『うちらよりショボい戦いに身を投じてるやつを探そう!』と謎の方向に盛り上がり、片っ端から戦争物の映画を見ていくことにしたのだ。

 マホとサヤが、直前に睡眠を取ったばかりで眠くないと言い張ったせいもあった。私もまだ皆とお喋りしていたかったので、二つ返事で賛成した。


 最近の映画はエンタメ作品ばかりで楽しく見られたんだけど、ゼロ期以前の実話を元にした古い戦争映画はきつかった。


「これ、【RP】だけど、いいの?」


 映画のレーディングを見て、恐る恐る言ったのはサヤだ。

 【Restricted Powered】――パワードは見てはいけないという警告を、無視しようと言ったのはマホ。

 RP指定の映画はパワード用のマンションには配信されないし、映画館でも見られない。チャンスは今晩しかない! とマホが訴え、私とサヤも好奇心を抑えきれなくなった。


 結果、3人とも大変なことになりました。

 途中でマホが吐きそうになったり、サヤが「むりむりむり。こんなの目前で見せられたら狂う!」と騒いだり、私がわんわん泣き出したり。

『うちらがいたら、プロテクトで守れたんじゃない!?』とか『集団プロテクトにも範囲の限度がある。都市まるごとは無理だよ!』とか『爆弾を空中で受け止めて、分解できるスキルってなんだっけ?』とか『そんなのないでしょ!? あったとしても、まずは実地訓練重ねないと!』とか、わけのわからない言い合いにもなった。

 RP作品はパワードの心を病ませるね。やっぱりルールは大事だなとつくづく思った。


 

 そんなこんなで、すっかり精神的に疲れた私達が寝たのは明け方だったのだ。

 顔を洗った後、焼きたてのパン数種類とハムエッグ、具沢山な野菜スープ、骨付きチキンにローストビーフという豪華な朝食をペロリとたいらげる。


 昨日の事件のせいで、残りの補習はすべて中止になったみたい。

 襲撃者を手引きした犯人は判明したので、二学期からの授業は滞りなく行う、という連絡がマホ達のタブレットに入ってきていた。


「犯人のこと、公表することにしたんだね。ニュースでも何か言ってるかな?」


 サヤに言われ、急いでTVをつけてみる。

 朝のニュースは、セントラル襲撃事件の話でもちきりだった。


『――旭容疑者は、受付窓口である事務AIに偽の生徒情報を流し、襲撃犯をセントラル内へ不法侵入させたテロ未遂幇助容疑で現在指名手配されています』


『――襲撃犯の身元については現在捜査中。パワードである可能性が非常に高いということです』


 どのチャンネルでも同じ情報が流されている。

 被害者はゼロ、犯人の動機は不明。

 純血パワードの子ども達が安心して学校に通えるよう早期解決して欲しい。コメンテーターのコメントも似たようなものばかりだ。

 

 これ以上新しい情報はないと判断し、TVを消す。

 マホは黒くなった画面を眺めたまま、途方に暮れたように言った。


「私達、これから具体的にはどう動けばいいんだろ」


 私もすぐには思いつけなくて、うーんと腕を組む。

 旭シノの居所を調べて捕まえるのは警察の仕事だし、襲撃者の足取りは完全に途絶えている。サヤのご両親には父さんとハルキくんが当たってるし、今のところ私達の出番はどこにもない気がする。

 サヤはテーブルの上を片付けながら、はきはきと言った。


「襲撃犯や周防キリヤ周辺の動きはハルキくん達が見張ってるだろうし、情報分析は御坂くんが頑張ってる。大規模テロ対策委員会だって、きっと色んな手を尽くしてる。私達に出来ることは、いつでも全力で動けるよう体調を万全にしとくこと、かな」


 そうか。そうだよね。

 焦って動いてもかえって足を引っ張りそうだし、『待機』も立派な仕事のうちだって父さんから聞いたことあるわ。

 さっすがサヤ!

 

 マホと2人で感心していたところに、ハルキくん達からの連絡が入る。

 私達は一斉に端末を立ち上げ、グループメッセージを開いた。


『おはよう。疲れはとれたか?』


 ハルキくんのアイコンが、朝の挨拶を送ってくる。

 私達はそれぞれ泊めて貰った礼を述べ、彼らと旭先生のニュースについて軽く話した。

 今回の襲撃事件を公表すると決めたのは、テロ対委らしい。パワードの存在を目障りに思っている反社会的勢力がいる、ということもすでに警察全体が知ってるんだって。


 その後、ハルキくんが『鈴森のご両親についてなんだが――』と切り出した。


『彼らは職場からの帰宅途中、何者かに襲われかけた。見張りに付けておいた数名のパワードが助けに入り、ご両親は無事だ。狙ってきた奴らは捕縛して尋問中。身元はまだ分かっていないが、おそらく周防キリヤの手のものだろう』


 サヤがひゅ、と息を呑む。

 私とマホは急いでサヤの傍に寄り添った。彼女を真ん中に挟んだ形でソファーに座り直す。

 

 ご両親がなぜ襲われたのかは分からないけど、無事なんだよね。

 彼らがひどい目に遭わずに済んでよかった。

 これだって、起こるはずだった事件を未然に防げたことになるんじゃない? ハルキくんがちゃんと見張りをつけておいてくれたお陰だ。


『襲われたって、どうして? 仲間割れ?』


 サヤが震える手でメッセージを打ち込むと、ハルキくんのアイコンがすぐに返信モードに変わる。

 私達は息を詰めて、彼からのメッセージを待った。

 

『彼らは、何も知らなかった。鈴森の体細胞を摂取したのは、当時の医療センターに務めていた男だろう。シュウのレコードで照会したところ、RTZの構成員名簿に載ってた男が一名、当時の職員と一致した。現在の所在は不明だ』


 隣に座ったサヤの表情が目に見えて明るくなる。

 私とマホは歓声をあげ、両側からサヤに抱きついた。


「違った! よかった!」

「ホントよかった! ご両親は無関係だ!」


 こくこく頷くサヤの瞳が、みるみるうちに潤んでいく。


「うん、ありがとう。私の解釈ミスだったんだね……。勝手に採取された方でよかった」


 サヤはそう言うと、きつく目をつぶり本音を吐き出した。


「そりゃ余命は少ないけど、私、まだ生きてるのに、あの頃だって頑張って生きようとしてたのに。両親はとっくに私のこと諦めてて、こっそりスペアを用意したんだって、昨日はすごく辛かった。……でも違った。父さん達は私のこと裏切ってなかった」


 強く伝わってくるサヤの苦悩と安堵に、マホと私まで泣きそうになる。

 3人でごしごし目元を擦りながら、「よかった」と繰り返した。

 あんまり嬉しかったせいで、すっかりメッセージアプリで話していたことを忘れてしまう。


『鈴森ちゃん、大丈夫?』


 入澤くんから泣き顔スタンプ付きのメッセージが送られてきたのを見て、ハッと我に返った。

 私達は慌てて、さっき口にしたばかりのコメントを打ち込む。

 今度は御坂くんが返信してきた。


『すみません。私のミスです。あの時他の可能性も考え、鈴森さんのショックを和らげるべきでした。申し訳ありません』


『御坂くんは悪くない! 研究員を昏倒させて過去視を使ったのは私だよ? 【他は全滅だが、鈴森に貰った細胞はうまく機能しそうだ】って、確かに白衣の男達は言ってた。それだけ聞いたら、うちの両親が関係してるって思うのが普通だよ』


 サヤがものすごいスピードでメッセージを打ち込む。


 ……あのー。こんな時になんですが、サヤも随分な荒技使ってない?


『そう言って頂けてありがたいです。ですが、やはり早合点はいけませんね。今回のことで思い知りました』


 御坂くんはしきりに反省している。

 彼は真面目だからなぁ。自分がもっとしっかりしてれば、マホの暴走を防げたんじゃないかとか思ってそう。そんなわけないのに。御坂くんでダメなら、他の誰でもダメだったに違いない。


『両親に私のクローンの話をしたんだよね? どんな反応だった?』


 サヤの新たな質問に答えたのは、ハルキくんだ。


『呆然としていたよ。それから、激しく憤っていた。これ以上新たな個体が生み出されないよう、必ず体細胞を回収して欲しいと頼まれた』


 表示された返信に、そうだろうな、としみじみ思う。

 鈴森のご両親にとっての娘は、きっとサヤだけ。サヤだけなんだ。

 サヤはそのメッセージを見て、とうとう堪えきれず涙を零した。マホも鼻をぐすぐす言わせながら、サヤの背中を何度も撫でる。


『そっか。ありがとう、確かめてきてくれて』


 泣きながらサヤが打ち込んだメッセージに、ハルキくんからの返事はなかった。

 代わりに、御坂くんからこれからの予定が送られてくる。


『襲撃事件が一段落するまで、各自待機ということでお願いします。日中は、出来るだけ柊邸の離れにいて下さると助かります』


 出来るだけ1人にならないように、ってことだね。マホ達と目配せし、頷き合う。

 私達はそれぞれ了解の返事を打ち込み、話を終えようとした。

 アプリを落とそうとタップしかけて、プライベートトークの欄が光ってることに気づく。


 あれ? ハルキくんからだ。

 何だろうと首を傾げながら、届いたメッセージを開いた。


『明日の午後、本社でRTZへの対策会議が行われる。そこへアセビも参加して欲しいとの要請がきた。何も予定がないなら、俺と一緒に出てくれないか?』


 対策会議!

 偉い人がずらりと並んだ会議場が浮かび、ごくりと喉がなる。

 そんなちゃんとした場所、今まで一回も出たことないんだけど、大丈夫かな……。ちょっと、いやかなり緊張してしまう。

 でも、わざわざ私を呼ぶってことは、聞いとかなきゃいけない大事な話があるってことだよね。


『予定はないです。ハルキくんに恥をかかせないよう頑張ります』

『そんなに構えなくて大丈夫だ。たいした話じゃないはずだから。実際のアセビと直接会ってみたいだけだと思う。気楽に来てくれていいよ』


 明日の段取りを説明した後、ハルキくんは『今晩は戻れないかもしれない。ヒビキさんはマンションに戻る筈だから、そっちにいた方が安全だろう』と付け加え、離脱した。


 そっか。今日は会えないんだ。

 胸の奥がひんやりする。ハルキくんと出会ってからというもの、毎日のように一緒にいるから、それが普通だと勘違いしてたのかも。

 たった一日顔が見られないだけで、もう寂しいとか。なんだ、これ。

 自分の堪え性のなさに呆れながら、ハルキくんのメッセージを何度も読み直す。ボイス付きじゃないのに、脳内ではちゃんとハルキくんの声で再生された。

 

「なに、そのゆるんだ顔~。やらしいなぁ」


 マホがニヤニヤ笑いながら私の肩をぐりぐり押してきた。

 へ、変な勘ぐりしないでよねっ!

 恥ずかしさのあまり、マホ(ツンデレ)化しそうになる。


「やらしくない! 私とハルキくんは、至って健全なお付き合いです!」

「そういう意味じゃないと思うわよ」


 サヤの冷静なツッコミがおかしくて、私とマホは声をあげて笑ってしまった。


 その日は一日、3人で他愛もないお喋りを楽しんだ。

 ようやく戻ってきた平穏な日常は、胸が痛いほど眩しかった。

 


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