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47.予兆

 夕食を食べ終え、一息入れたところで、私達は御坂くんの話を聞くことにした。


「マホもサヤもまだ寝てるけど、いいの?」

「ええ、問題ありません」


 彼女達2人はもう知ってることだから、と言われ、ソファーの上で姿勢を正す。

 どんな事実を告げられても大丈夫なように、心の中をぎゅ、と固めた。


「私と鈴森さんがセントラルへ入った時、旭シノは教室棟にいました」


 御坂くんが淡々と話し始める。


 旭先生は1ーBの教室で、事情聴取待ちの生徒達に付き添っていた。

 普段通りの穏やかな表情を浮かべ教室の隅に佇んでいた彼女は、御坂くんとサヤを見るなり、顔色を変えた。隠しきれない憎悪の色が先生の顔をよぎるのを、確かに2人は見たという。

 だけどそれはほんの数秒で、先生はすぐにおっとり首を傾げ「あれ? 君達は補修生じゃないよね。どうしたの?」と尋ねてきたそうだ。


「それで、御坂くんはなんて返したの?」

「『捜査の状況を確認しにきたんですよ。今日襲われた生徒は、友人なんです。襲撃者といっても、随分お粗末で間抜けな奴みたいですね。友人が無事でホッとしました』と答えました」


 うわあ。そ、それは……。


 幼い襲撃者を気遣っていた旭先生の表情を思い出す。彼女は心からあの子を心配しているように見えた。御坂くんの挑発を無視するのは、難しかっただろう。

 

「襲撃者と無関係なら、先生は安堵し、神野さんの無事を喜んだでしょう。ですが、彼女はあなたの容態について一切触れなかった。それどころか、真っ赤になって私を睨んできた」


 御坂くんとサヤは、一旦セントラルを出て、旭先生のあとをつけることにしたという。

 二人が例の喫茶店で待機しているところへ、マホからの連絡が入る。


【襲撃者は、サヤそっくりの少女。年は6歳から8歳程度。ボイスチェンジャーじゃなかった。声帯は潰されてた。その子をセントラルに入れたのは、旭シノ。事務AIを騙して入校させたっぽい。アセビとの戦いで重傷を負ってる。『じいじ』って人のところに飛んだみたいだよ。以上】


 淡々と綴られたサイコメトリーの結果に、さすがの御坂くんも驚いたらしい。


「サヤは……?」

「……ひどく動揺していましたよ。『私じゃない!』と叫んで、頭を抱えていました」


 そうだよね。そうなるよね。

 サヤの受けた衝撃を想像し、胸が苦しくなる。


「多比良さんからの情報を精査する間もなく、旭シノの動きを鈴森さんが感知しました。セントラルを出た旭は、電車で移動を開始。一駅乗ったところで、30代男性と接触。相手の男は、ミックスでした」


 先生は、その男のショートテレポートで再び移動を再開。

 男は先生に見張りがつけられていないか、すごく気にしてたみたい。サヤは念の為、すぐには追いかけず、彼らのテレポート先を探索しながら飛んでいった。


「旭シノが向かった先は、文京区でした」

「え、保護区内なの?」


 彼らのアジトは保護区外にあると思っていた。

 保護区内の施設は、ほとんどが国営だ。個人企業が保護区内に建物を建てる場合は、特別な申請が必要だったような……。


「ええ。あちこち遠回りさせられましたけどね。彼女達が入っていったのは、『東京自然災害研究所』という名の研究施設です。調べたところ、3人の主要理事のうち2人が周防の縁戚でした。表向きは地震の研究を進めていることになっていますが、こちらが現在のRTZのアジトになっている可能性があります。こちらはダミーで、本当のアジトは別にあるかもしれませんが」


 うわあああ。ちょっと、待って。一旦待って。

 両手を挙げて、御坂くんの説明を止める。


「ごめん、知らない用語が多くて、うまく消化できない。テレパスに切り替えてもらっていいかな?」


 グループテレパスは映像メインの説明になるから、分かりやすいんだよね。視覚情報があれば、私も話についていける気がする。

 ところが、御坂くんは静かに首を振った。


「すみません。私の力は、もうほとんどありません」

「へっ!?」


 どんな事実がきても驚かないと決めていたのに、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 力がないって、――それって。


「研究所で大量の記録能力レコードを使いました。研究所に出入りした人物、そして旭シノと接触した人物については、すべて記録してあります。今晩中にそちらをデータベース化するつもりです。それに、鈴森さんの暴走を止める為にもかなりの力を使ってしまった。……作業まで、もってくれるといいのですが」


 御坂くんは困ったように小首を傾げ、「ですからもう、テレパスに使う余力がないんです」と締めくくった。


 私より先に、ハルキくんが反応する。

 ハルキくんは、真っ青だった。彼は震える唇を開き、何度か迷った後で短い言葉を吐いた。


「……自己防衛も、無理そうか?」

「そうですね。残念ですが、例の処置をして頂くことになるかと」


 二人が何の話をしているのか分からない。

 不安になって、入澤くんの顔を見る。彼は、なんともいえない表情を浮かべていた。安堵のような、悲しみのような。大好きな人の旅立ちを見送る時みたいな。


「認められない」

 

 ハルキくんは即答した。

 御坂くんは、ふっと笑って首を振る。


「ハルキ様。私は知りすぎています。このままここにいれば、これまで打ってきた手が全部無駄になるかもしれない。それはあなたも分かっているはずです」

「認められない!!」


 ハルキくんが声を荒げるところを、私は初めて見た。

 びくりと反応したマホの背中を、入澤くんが優しく叩く。

 ハルキくんは肩で呼吸しながら、何度も首を振った。


「まだだ。まだ待ってくれ。早すぎる……早すぎるだろう」


 泣きそうに瞳を歪めたハルキくんに、入澤くんが声をかける。


「その話は、また後でしよう――って。後でする話が多すぎるね、俺たち」


 入澤くんの顔を凝視したハルキくんは、やがて体の力を抜き、ソファーの背にもたれかかった。


「そう、だな。今はシュウの報告を聞こう」


 私は何も言えなかった。

 最悪の想像が脳裏をよぎって、口を開くことができなかったのだ。言葉にしてしまえば、本当にそうなりそうで怖かった。

 

 どんより落ち込んだ私とハルキくんと違い、入澤くんも御坂くんもどこかスッキリした顔をしていた。

 御坂くんは眼鏡をくい、と持ち上げ、再び説明を始めた。


 メモを取って、後で調べながら理解したかったけど、証拠になるものは何も残したらいけないことになっている。私は、必死で御坂くんの話に聞き入った。


「もう予想はついているでしょうが、襲撃者は鈴森サヤのクローンです。鈴森さんが幼い頃、能力医療センターで治療を受けていたことはご存じですね? ご両親は鈴森さんを延命させる為、冷凍睡眠治療を選んだ。その時、体細胞も摂取させたようです。違法行為であるその処置を、医療センターの医師が行ったとは考えにくい。おそらく、周防キリヤがここに一枚噛んでいるのでしょう。――このことを知った鈴森さんは、深く傷ついた。おそらく、これが暴走の原因です」


 周防キリヤは、サヤのご両親を言葉巧みにそそのかし、サヤのクローンの素を手に入れたのではないか、というのが御坂くんの意見だった。

 深く傷ついたって、そりゃそうだよね。

 両親が自分のスペアを用意してた、ってだけでもショックなのに、それがRTZの親玉の手に渡って、いいように使われただなんて……。

 サヤが起きた時、傍にいたいと言ったマホの真意がようやく私にも分かった。家に帰せないという入澤くんの言葉も。

 

「ごめん、ちょっと待って。一旦整理させて」


 ええと。ひとまずサヤのことは置いといて。

 話についていく為には、まずはクローンがどんなものか思いださなきゃ。


 ゼロ期以前は、母胎を使って生み出していたクローンだけど、今の研究はもっと進んでる。母胎の代わりに、高純度培養液を使うやり方が発見されたのだ。

 メリットは、成長スピード。一週間あれば、オリジナルの大きさまで育つ。

 デメリットは、クローン体のDNAが傷つくこと。高純度培養液産のクローンの寿命は、オリジナルの半分以下だという。見た目も、体細胞を採取した時までの年までしか成長しない。


 私が見たのは、牛を使ったクローン実験のドキュメンタリーだけど、多分、人間も同じ感じなんだと思う。

 サヤが死んだ時のことを考え、鈴森のご両親はサヤのクローンを作る為の細胞を用意した。その時、周防キリヤの手を借りたんじゃないか、ってことだよね。

 10年以上前に作られた細胞を、現在は周防キリヤが持っていて、それで襲撃者を作ったんじゃないか、というのが御坂くんの考え。


 よし、分かった! 両耳から煙が出そうだけど、神野アセビはやればできる子!


「いいよ、続けて」


 理解できた喜びを隠し、冷静な顔で御坂くんを促す。

 彼は一つ頷き、話を再開した。


「周防キリヤは、私達のいた未来では鈴森サヤのクローンを使わなかった。ハルキ様が覚醒するまで、パワードのクローン作成には踏み切らなかった。なぜなら、パワードのクローンは短命過ぎて使えないことが分かったからです。せっかく生み出しても、生きて1年という使用期限の短さがネックになった」


 ああ。そうだったのか。

 頭の中が、一瞬にして真っ白になる。


 御坂くんがわざと使った【使用期限】という言葉が、耳の奥でリピートされる。

 

 あの子は、もともと生きられなかったんだ。

 だから、旭先生は泣いてたの?

 襲撃に成功しても失敗しても、じきに別れなければならなかったから?


「ところが、今回は鈴森さんのクローンを作った。周防キリヤに、何かがあったんです。未来との相違が、前回のホテル火災、そして今回の襲撃事件を引き起こしたのでしょう」


 未来との、違いって……。

 そんなの、沢山ある。

 ハルキくんと知り合ったこと。サヤと仲良くなったこと。若月先生の過去を知ったこと。

 

 あ、でもホテル火災より前に、RTZは動いてる。とすれば、違いは一つだけか。

 ハルキくん達がセントラルに転校してきたことだ。


 私がそう言うと、黙って聞いていたハルキくんが疲れたように首を振った。


「いや、他にもあるよ。……ケイシが言ってたことが正解かもしれない」

「入澤くんが?」

「ああ、カフェで言ってただろう。【起こるはずのことが起こらなかったせいで、未来が変わることもある】って」


 そういえば、そんなようなこと言ってたような。

 ぼんやりし過ぎてて、意味が分からなかったんだよね。実際、今も分かっていない。

 私は諦め、まだ理解できそうな事から聞いてみることにした。


「他にもあるって、何のこと?」

「アセビに婚約者ができたこと、だよ」


 ハルキくんの答えに、目が丸くなった。

 確かにそうだけど、RTZとの戦いには無関係な気がする。私が誰と婚約しようが、あんまり変わらなくない? 

 頭の使いすぎでズキズキと痛み出したこめかみを押しながら、問い返す。


「でもそれって、周防キリヤって人に関係ある?」


 御坂くんもハルキくんも、入澤くんまでもがこくり、と頷いた。


「周防キリヤの元々の動機が私怨だとすれば、大いにありえますね。ここからは完全に想像になりますが、未来でのあなたは、セントラル時代、周防キリヤと接触を持っていたのかもしれない」


 ふぁああああ!!!!

 ボンッ!! と音を立て、頭が爆発した気がした。


 

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