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43.若月ソウの過去

 先生のその声に、頬を思い切り引っ叩かれた。


 若月先生のこれまでの行動が次々と浮かび、胸を締め付けてくる。

 直接的な行動だけみたら、先生はずっと私に親切だった。――先生をこれ以上苦しめたくない。無実の人の心を殺したら、私、もう戦えない。

 どうするの、アセビ。

 何の犠牲も出さずに未来を変えることなんて、本当に出来るの!?


 感情が激しく揺さぶられ、ボロボロ涙が零れてくる。

 混乱した私が選んだ方法は、ストレートに願いを口にすることだった。


「敵じゃないって言って……先生、お願い、そう言って!」


 先生は母さんのジャケットの裾をぎゅ、と握りしめ、困ったように首を傾げる。


『せん、せい? それ、僕のこと?』

「そうだよ。あなたは、セントラルの先生になるんだよ。私達に色んなことを教えてくれる、先生になるんだよ」


 流れる涙が邪魔。

 腕でぐい、と頬を拭い、戸惑う先生に畳み掛ける。


「私たちと一緒に戦うって……ううん、戦わなくてもいい。敵に回らないって、テロリストなんかに味方しないって、言って。私の敵じゃないって、言ってっ!!」


 叫んだ瞬間、突然、思念世界が変わった。駅のホームが端から崩れ、代わりに真っ白なスクリーンが私と先生を取り囲むように広がっていく。いつの間にか、母さんの姿は消えていた。


 これってもしかして、先生の心が開きかけてるんじゃ……。

 

 私はイチかバチかの賭けに出ることにした。

 先生より先に心を解放し、自分の記憶の断片を外に出す。先生がこちら側の人間なら、私達が置かれてる状況を理解してくれるはず。RTZ側の人間なら、こちらが一方的に手の内を晒して終わりだ。

 どうか、そうはなりませんように!

 強く願いながら、自分の心にかけた強固な錠前の鍵を外す。


 目の前のスクリーンに映し出されたのは、ホテル火災事件の映像だった。

 凄惨な現場の映像に、先生はひっ、と息を呑む。一歩後ずさった先生は、それでもスクリーンから目を離さなかった。映像が進むにつれて、先生の姿がどんどん成長していく。少しずつ大人になっていく先生を、私は祈るような気持で見つめた。

 

 私が医療センターで目覚めたところで、回想は終わった。

 今度は白いスクリーンが消え始める。新しく現れた思念世界は、セントラルの教室だった。

 教壇に立った先生は、完全に現在の姿に戻っている。


「――泣かせて、ごめん。先生、すぐに分かってやれなくてごめんな」


 若月先生は教壇から降りると、こちらに向かって歩いて来た。

 先生の優しい声と困り顔を見て、賭けに勝ったことを知った。どうしよう、涙が止まらない。


 教室の一番後ろの席まで辿りついた先生が、席に座って泣いている私に手を伸ばす。

 引き寄せられるようにその手を握った。

 先生の手から、過去のより詳しい情報が流れ込む予兆を感じる。


 強制尋問をかける必要はなくなったのだ。

 気づいた私は、急いでマインドスキャンの探索触手を引っ込めた。ざぶん、と波に似た音がする。深く潜っていた水底から、一気に浮上するような感覚に包まれた。

 数回瞬きを繰り返しているうちに、現実世界が戻ってくる。


 目の前で突っ伏していた若月先生は、ゆっくり体を起こし、私を見上げた。


「――ほんとによく頑張った。神野くんの活躍、アザミさんも見たかっただろうな」


 たった今、自分の心を殺そうとしてきた相手わたしに向かって、先生は笑いかけた。罪悪感と安堵がないまぜになって、上手く息が吸えなくなる。


 現実でも熱い涙が次から次に溢れてきた。お人よしは私じゃなくて、先生だ。


 賢いハルキくんは、私達を見て、ある程度の事情を察したみたい。

 顔をくしゃくしゃにして嗚咽を噛み殺す私と、ボロボロな状態なのにどこかスッキリした様子の先生。

 これじゃ、どっちが尋問側かわかりゃしない。

 

 ハルキくんが遠慮がちな例の手つきで、背中を擦ってくれる。その温もりに、ホッと心が緩んでいくのが分かった。

 先生は姿勢を正し、「はあ。参った。まさかこんなすごいことになってるなんて、思わなかった」とこぼした。それから私とハルキくんに向かって、両手を差し出す。


「時間がないんだろう? 俺とアザミさんとのこと全部見せるから、手を」


躊躇うハルキくんに短いテレパスを送る。


『大丈夫。先生はほんとに母さんの知り合いだった』


 私の返事を聞くなり、ハルキくんはすぐに先生の左手を握った。

 どんな時も私の言葉をまっすぐ信じてくれるハルキくんに、胸が熱くなる。

 ああ、もうほんと、大・大・大好き! 胸の中で愛を叫びながら、私も先生の右手を取る。



 先生が明かしてくれた過去は、かなり特殊だった。

 リーズンズの父と純血パワードの母の間に生まれた先生の能力開花は遅く、生まれてから6つになるまでは、リーズンズだと思われていた。


先生の父親は、母親が亡くなると同時に先生を孤児院に入れた。

『ミックスが生まれると思ったから化け物と結婚してやったのに、なんだよ』――孤児院前での父親の捨て台詞は、なんとも酷いものだった。


 マホの従兄弟と同じだ。

 違うのは、先生の能力が後から開花したこと。

 

 先生の覚醒を知ったお父さんは慌てて連絡を取ってきたけど、孤児院側はガンとして会わせなかった。

「法的にも縁を切っただろう! 二度とこの子に近づくな、警察を呼ぶぞ!」

 怒鳴る職員の姿に、胸がスッとする。


 パワードが毎年受け取る莫大な能力手当目当てに、純血パワードと結婚するリーズンズは結構いる。

 ミックスが生まれる確率はすごく低いのに、バカとしか言いようがない。

 バカで最低な父親のせいで、若月先生の学生時代はひどく惨めなものになった。


 人目を盗んでは金をせびりにくる父親から逃げる為、先生はあちこちのジュニア校を転々とした。だけどパワードは東京にしか住めない。先生の居場所は、すぐに突き止められた。

 父親の嫌がらせは巧妙で、言われた通りにお金を渡さないと、保護者まで嫌な目に合わせられる。


『こんな子を引き取ったから』

 家で聞こえる声に、胸を裂かれ。


『お前、親なしなんだってな』『出来なくても仕方ないよ。この子、生まれた時はリーズンズだったって』『ええー! なにそれ、きもちわる〜』『それで捨てられたの? お前の親、すげークズだな!』

 学校でぶつけられる悪意に、心を踏みにじられ。


 先生が潰れなかったのは、何かと気にかけてくれる人――神野アザミがいたからだ。


 母さんは暇を見つけては、先生に会いに来た。その交流は、母さんが死ぬまで続いた。

 母さんが私を産むまでは、一緒にご飯を食べたり、遊園地に行ったりもしてた。年の離れた弟を可愛がるように、母さんは先生を可愛がっていた。

 先生のお父さんを追い詰めて生涯出られない施設へ放り込んだのも母さんだし、先生が15歳で一人暮らしすると決めた時、住む場所の保証人になったのも母さんだ。


 どうしてこんなによくしてくれるの?

 先生の質問に、母さんはうーんと考え込む。


「困ってる同胞が目の前にいたら、ほっとけないでしょ。他に理由があるとすれば、私にも子どもが出来たからかも。アセビがソウと同じ目にあったらと思うと、胸が潰れそうになるんだよ。子どもはみんな、幸せに笑ってなきゃ」


 アザミさんの子どもって、どんな子?

 僕も会いたいな。


 無邪気に尋ねる先生の前で、母さんの顔が曇る。


「うん……今は誰かに会わせられる状態じゃないけど、もっと落ち着いたら。そしたら、会わせるね。すっごく可愛いよ。仲良くしてくれたら嬉しい」


 後半の台詞を、母さんはとても愛しげに口にした。

 先生は大きくなるにつれ、母さんには何か事情があると薄々察するようになった。



 母さんと最後に会ったのは、先生は18歳の時。

 ちょうどセントラルへの就職が決まったところで、先生は意気揚々としながら、待ち合せ場所へと向かった。

 先生の就職内定を自分のことのように喜んだ後、母さんは寂しげな口調で別れを告げた。


「ごめんね。これが最後かも」


 どういうこと? 何があったの?


 動揺する先生に向かって、母さんは首を振る。


「ごめん。今は何も言えない。でも、これだけは覚えてて欲しい。私は、自分の意志でやったんだ、って。私が守りたかった世界に、ソウもいるんだって」

 

 先生は訳が分からず混乱したけど、母さんは無理やり話題を変えてしまう。

 その話の中で母さんは、娘の能力がすさまじいこと。小さいうちに殆どの能力を封印してしまったことを明かした。


「ソウももう、私のことは忘れて。その方が、安全だから。でも、もし良かったら、だけど――」


 母さんはにっこり笑った。

 眩くて綺麗なその笑みは、先生の記憶の中で今でも鮮やかに保存されていた。


「娘がセントラルに入ったら、気にかけてくれる? 手助けしろっていうんじゃないの。あの子が行く道を、ただ見守って欲しいんだ。……私とヒビキの代わりに」


 先生は、訳が分からないままだったけど、その言葉には強く頷いた。


 彼女が無事卒業するまで、ちゃんと見てる。


 先生の答えに、母さんは嬉しそうに笑う。

 先生が神野アザミの殉死を知ったのは、その三日後のことだった。



 テレパシーがプツリと途切れる。先生の手は小刻みに震えていた。過去視に近いテレパス発動のせいで、すっかり消耗している。

 毒物混入。強制尋問。そして、過去を明け渡すテレパス。

 この数十分で、先生の精神と身体は散々に痛めつけられてしまった。


 私は慌てて、先生の身体全体に疲労回復のヒーリングをかけた。

 ついでに、ポケットの中に入れてきた栄養ドリンクの蓋を開けて、押し付ける。先生は私の剣幕に若干引きながらも、大人しく医療センター特製の栄養ドリンクを飲んだ。


「はい、これ、シロ! まっしろだよね!?」


 先生の世話をひとしきり焼いた後で、ハルキくんを振り返る。

 ハルキくんは、心底すまなそうな表情を浮べていた。


「申し訳ない。随分、乱暴な真似をした。強制尋問に関しては、言葉だけの謝罪ではすまないことも分かっている。改めて、謝罪の場を設けるつもりだ」


 そう言ってハルキくんは立ち上がり、「本当にすまない」と深く頭を下げる。

 先生は、いやいや、と手を振った。


「完全にじゃないけど、そっちの事情も分かるし、謝らなくていい。……それより。さっきから気になって仕方ないんだけど、柊くん、君、ほんとうに15?」

()()、そうだ。――失礼」


 まあ、嘘ではないよね。

 ハルキくんは端末を操作し、どこかに数件メールを送ってから、先生に視線を戻した。


「こちらの事情についても説明したいのは山々だが、一刻も早く仲間と合流しなければならない。一旦安全な場所で保護させて欲しい。関係者に話は通しておいた。テレポート先の担当者が、俺達の活動について詳しく説明してくれる筈だ」

「もしかして仲間って、多比良くんと鈴森くんのこと? 登校予定はなかったのに、入校通知が来てた。校長先生に聞いても、『君の気にすることじゃない』の一点張りだったけど、そうか。そういうことか」

「ああ、今は個別行動を取っている」

「……ここに残ったって、俺の今の状態じゃ完全に足手まといだしな。お言葉に甘えることにするよ」


 先生は悔しげな色の混じった声でそう言って、立ち上がる。

 ハルキくんは、ホッとしたみたいだった。明るい顔で私を振り返る。


「アセビ。先生を保護省へ転送してくれ。ロビーで、ヒビキさんが待ってる」

「分かった」


 担当者って、父さんのことだったんだ! それなら、安心。父さんなら、ハルキくんから話していいと言われてること以外は、決して口にしないだろう。

 母さんの話を先生から聞いたら、大喜びするだろうな。私みたいに、うっかり職場で号泣しないでね、父さん。


「げっ……」


 何故か急に顔色の悪くなった先生に向かって両手を掲げ、転送の準備を始める。


「あの、……できれば他の担当者に」

「再び先生が狙われた場合、他の担当者では対応しきれない。その点、神野ヒビキなら間違いなく信頼できる。トリプルSクラスの要人しか護衛しないトップパワードだぞ? 何が不満だ」


 ハルキくんのきびきびした返事に、先生は「そういう問題じゃ!」と反論しかけたけど、すぐに思い直したみたいで「お願いします」と項垂れた。


 そうそう、遠慮なんて不要だよ。先生には安全な場所でゆっくり休んで欲しい。


 あらかじめ登録しておいた転送先から保護省の場所を呼び出し、転移先に定める。よし、準備おっけー!

 

「じゃあ、送りますね。先生、色々と本当にごめんなさい。父さんによろしく伝えて下さい!」


 引き攣った笑みを浮かべて手を振った先生が、あっという間に視界から消える。

 とりあえず、若月先生の件はミッションクリアだ。


「お疲れ様。アセビにも休んで貰いたいが、先にシュウ達の安全を確認したい。あれから返信は?」


 私の体調を気遣ってくれるハルキくんに、ポケットから引っ張り出した栄養バー5本を掲げてみせる。

 医療センター製のこれは、私の為に作られた特別品だ。市販品の栄養バーよりカロリーが高くて、携帯しやすいように小さいの。代わりに味はイマイチなんだけどね。

 この際、贅沢は言いませんとも!


「まだないんだよ。急ご! 私は移動しながら、これ食べるから大丈夫」

「助かる。……舌、噛むなよ?」


 若月先生が味方だって分かって、ハルキくんもとても嬉しそう。悪戯っぽく微笑む余裕が戻ってることに気づき、私まで嬉しくなった。


 

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