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30.神野アセビ、検査室を燃やす

 その日は朝からめちゃくちゃ忙しかった。

 朝食を食べた後、この大きな病院の端から端まで連れ回される。

 退院許可を貰う為の検査という名目だったけど、どうみても医療関係者じゃないよね? なスーツの人達も途中から合流してきた。

 胸にIDカードを提げた外部からの見学者って感じの人達。

 年は50過ぎから70くらいまでの男女が、私の能力発動をガラス越しにじっと観察していた。

 手元のバインダーに何か書きこんでる人もいて、なんだかすごく不愉快だった。

 

 私は見世物じゃないんですけど!?


 苛々が度を越すと、私の脳波を測定している機械が異常な数値を示す仕組みらしく、すぐに看護師さんと付添いの父さんが飛んできた。


「神野さん、大丈夫ですか? リラックスして下さいね、深呼吸できますか?」


 看護師さんに言われるがままに深呼吸をしながら、見物人たちの方をちらりと見遣る。

 父さんはその視線だけで、私の苛立ちの原因が分かったみたいだった。そっと私の腕に触れ、テレパスを飛ばしてくる。


「今だけの我慢だからね。あれ、大規模テロ対策本部の人達だよ。今回の事件を受けて発足したばかりなんだって。各官庁から集められたリーズンズの偉い人達が、あーちゃんを見に来てる。君の自由を確約してもらう代わりに、定期検査の見学を許可したんだ。きちんと伝える暇がなくて驚かせてしまったの、ほんとごめんね」

「ううん、そういう話なら大丈夫。我慢できるよ。……ってことは、私、頑張った方がいいのかな?」

「いや、お医者さんとか検査師さんの言う通りのことしてたら大丈夫」


 私が急に大人しくなったのを見て、お医者さん達はホッとしたようだった。

 サイコキネシス、テレポート、念写、パイロキネシス、透視。

 セントラルの実習の簡易版のようなことを次々にやらされる。

 ちゃんと出来るか不安だったけど、指示されたのは発動範囲が狭くて単純な作業のものばかりだったので、拍子抜けした。

 

 サイコキネシスとテレポートは実際に能力を使ったことがあるからなのか、すごく簡単に感じてしまう。

 念写は最初やり方が分からず、立会人の純血パワードにやり方を教えて貰った。優しそうな30過ぎの女性のレクチャーは分かりやすくて、私もすぐに出来るようになった。

 透視は授業でもやったことがあるし、楽々クリア。

 あんなに苦戦してたのが嘘みたいに全部のカードの模様がありありと見えて、内心ガッツポースを決めた。128種類あったけど、全部即答できたのすごくない?

 

 パイロキネシスは、加減が分からなくてちょっとやり過ぎてしまった。

 【防火仕様の箱に入った雑誌を燃やす】という指示だったのに、初めに思い浮かんだ火がライターの火だったのだ。

 ささやかな火が雑誌の端を焦がしていくのを見て、検査師さんが一人小さく笑った。ちょっと嫌な笑い方だった。

 頬がかあっと熱くなる。

 馬鹿にされたような気がして、慌てて火を大きくしようとイメージを切り替えた。

 ところが次に思い浮かべた火が、例のホテルの壁を這っていた蛇の舌みたいな火だったものだから、背後の壁一面があっという間に火に包まれてしまった。勢いよく燃え盛る火が一瞬にして現れ、火の粉を散らす。

 

 ――ああ。やっぱ実際に見たことある火だと、威力が違うわ。

 

 やってしまった! と頭を抱える私と、冷静に分析する私がいる。

 これ、どうしよう。どうやって火を消せばいいんだろう。

 考えている間に、看護師さん達が前に出た。

 わーわー叫びながら出口に殺到しようと駆け出すお医者さん達を、婦長さんらしき人が一喝する。


「大丈夫です、落ち着いて下さい!」


 万が一の為に、と消火器を持って構えていた彼らは、落ち着いた手つきで一斉に消火器を噴射させた。

 うわぁ、カッコいい! 腹の据わり方がハンパないな、この人達。

 やっぱり現場で働いてる人達の方が、純血パワードの能力発動事故に馴れているのかもしれない。

 

 もうもうと白く煙っていく部屋を見ながら、ほっと息を吐く。

 すぐに鎮火されて良かったけど、これ、壁のクロスは全部張り替えないとダメだろうな。

 

 父さんは必死に真面目な顔を取り繕っていたけど、肩が小刻みに震えてた。

 『笑わないでよ』

 唇だけを動かして合議すると、父さんは私を拝む仕草をして『ごめん』と返してくる。

 『あーちゃんを馬鹿にするからだよ。いい気味だ』

 続けて形作られた言葉に、私まで笑いそうになった。


 もうこの部屋は使えないらしい。壁が焦げてるだけなのに、とちょっと思う。

 別の検査室に移動する間、一番近い場所にいた若い男性医師に謝った。


「失敗しちゃって、すみませんでした」

「いやいや、大丈夫だよ」


 大丈夫、と口では言ってるけど、動揺と恐怖がだだ漏れだ。

 リーズンズの無防備な思念をうっかり読み取らないよう、私はテレパスを固く閉じて備えた。

 『化け物』なんてキツイ言葉はやっぱり聞きたくない。

 それまでずっと私を取り囲むように立っていたお医者さんチームは、次の検査室では数メートル離れたところに立った。


 全ての検査において、私のバングルが全く役に立っていないことを確認した彼らは、ものすごく驚いていた。


「今日はここまでですね。ご協力、ありがとうございました。体調はどうですか?」


 最後にチームリーダーっぽい壮年男性のお医者さんに聞かれ、私は首を傾げた。

 軽くお腹が空いた気はするけど、まだまだ体力・気力ともに漲っている。


「何ともありません、大丈夫です」


 素直に申告すると、部屋の上部にあるガラス窓越しに見える委員会のメンバーが驚いたように周りの人達と何か話し始める。

 向こうの声は聞こえないのに、検査室(こっち)の会話は外に筒抜けなの、本当にずるい。

 精神感知能力も高かったら良かった。

 そしたら、防パワー仕様のガラスなんて無効化して、あの人たちの頭の中も覗いてやったのに。


 ようやく部屋に戻れた時は、長い溜息をついてしまった。

 体は疲れてないけど、大勢の人にじろじろ見られるの嫌だった。


「神野さん、お疲れ様でした。昼食後は、好きな時に退院して下さって結構です。ナースセンターに寄って声だけ掛けて下さいね」


 昨日も今朝も体温を測りにきた看護師さんに言われて、胸を撫で下ろす。

 同時に運ばれてきた豪華な昼食を見て、私の機嫌はあっさり直った。

 ほどよい焼き加減で肉汁がしたたっている厚切りステーキに、熱々のグラタン。具だくさんのミネストローネに、揚げナスとトマトの冷製パスタ。

 大好きメニューばかりが並んでる。しかも量も多い!


「わぁい! めっちゃおいしそう! 朝ご飯も美味しかったし、実は期待してたんだ。父さんも一緒に食べる?」

「いいよ、あーちゃん全部食べて。父さん、下の売店で何か買ってくるから」

「せっかくだし、父さんも食べなよ。足りない分は、栄養バーで補給すればいいよ。ほら、あったかいうちに!」

「……いいの?」

「いいよ」

「分けっこしないあーちゃんが、珍しいな~」


 父さんは心底嬉しそうにニコニコしながら、丸椅子をテーブルに寄せてきた。

 私はベッドに腰掛け、簡易テーブルの上に並んだご馳走に手を合わせる。

 向い合せに座った父さんも、「いただきます」と両手を合わせた。


 私は箸を、父さんはフォークを使って、きっちり半分にわけた料理を次々に平らげていった。


「うわ、ほんとに美味しい」

「でしょ!? 朝のクロワッサンもすごく美味しかったんだよ~。ベーコンエッグもサラダも最高だった」

「すぐに治る痛くない病気で、父さんも入院したい」

「分かる」

「実際はヒーリングかけられて終わりだろうけどさ」

「も~、そうだろうけど夢がない!」


 他愛もない話で笑い合いながら、食事を済ませる。

 父さんとこんなに屈託なく話せたの、久しぶりな気がする。

 

 劣等感とか、見えない将来への不安とか、そういうのが無くなったせいかもしれない。

 私だって人の役に立てるって分かったし、何と言っても今の私には婚約者がいるからね。

 子供の成人式に立ち会う夢も、このままいけば叶いそうですごく嬉しい。


 昼食を済ませた後は、昨日父さんが言ってた刑事さんとの面談があった。

 人命救助についての一部始終をことこまかに書いたレポートを、ベテランっぽい壮年男性刑事さんが読み上げていく。私はそれを聞いて、示された場所に確認のサインをしていくだけだったけど、かなり時間がかかったし、やっぱり緊張した。

 ところどころ、ん? そうだったっけ? と思う部分もあったけど、この調書を作るのに刑事さんが聞き取りした相手は柊くんだという。

 それなら話を合わせた方がいいと思って、全部に頷いた。


「はい、お疲れ様でした。まあ、形式的なもんだって分かってますけどね。真相はどうあれ、うちらはこれ以上は介入不可らしい」


 刑事さんが含みのある言い方をしながら、席を立つ。

 それまで黙って控えていた父さんも立ち上がり、刑事さんから私を隠すように間に立った。


「そうですよね。形式は大事です。ありがとうございました」

「――神野アセビさん。犯人がリーズンズだったかパワードだったか、本当にあなた分からなかったの?」

「娘は調書にサインしました。それが答えです。お引き取り下さい」


 2人の間に見えない火花が散る。

 こういう時、私はまだ未成年なんだなとつくづく思う。

 どう振る舞うのが正解なのかさっぱり分からない。

 

 ……これでいいんだよね? 嘘ついちゃったけど、仕方ないことだったんだよね?


 言い知れない不安が湧き起り、父さんのシャツをぎゅ、っと掴む。

 父さんは刑事さんの方を向いたまま背中に右手を回し、私の手を宥めるように包み込んだ。



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