29.一蓮托生
父さんは私が泣きやむのを待って、柊くん達に私が目覚めたことを連絡すると言い出した。
「じゃじゃーん! あーちゃん、見てみて」
なぜか得意げに、父さんは自分の端末をぐい、と突き出してきた。
「あーちゃんが寝てる間に、連絡グループを作ったんだよ。仕事以外でやるのは初めてだけど、やっぱり便利だね。サ……鈴森さんも仲間になってくれたのなら、安心だし」
父さんが見せてくれた画面には、新たな連絡ツールアプリがインストされていた。
可愛いクローバーのマークをタップすると、会話画面に切り替わる。
画面上部の表示バーには、確かに皆の名前が登録されていた。鈴森サヤの名前があるってことは、彼女も正式に仲間になったのかな。
――って、ちょっと待て。
グループ名が【アセビと王子とその仲間達+親】って、何。
誰がつけたんだ。しかも私だけ実名。後で絶対に訂正させてやる!
それより気になるのは、未成年のパワードは個人端末を持ってないってことだ。
「マホと鈴森さんは、個人端末持ってないじゃん。まさか、学校のタブレットに連絡アプリをインストしたの?」
「まさか。セントラルにもテロ組織の人が潜んでる可能性が高いんでしょ? そんな危ない真似はさせません。っていっても、用意してくれたのは、ハルキ君なんだけどね。――はい、これ。あーちゃんの分」
父さんはベッドの下から籠を引き出し、その中から真新しい箱を取り出した。
あ、この籠に着替えも入ってたのか。
「私の分って? ……え、これ、Sewell社の最新モデル!?」
「そう。基本アプリは、全部ハルキ君が入れてくれたよ。パスワードは、自分で変えてって。ハルキくんが初期登録したパスは、説明書の表にメモしてあるそうだよ」
父さんが渡してくれたのは、個人端末の最新モデルが入った箱だった。
待ちきれない思いで箱の開け口に爪を立てる。
上蓋を開けたところで視界に飛び込んできたピカピカの端末に目を奪われた。
淡いブルー。私の一番好きな色だ!
「個人端末あったら便利だな~って思ってたの。普通には買えないし、柊くんに頼めないかな? って思ってたんだよ。なんで分かったんだろ。エスパーか! あ、エスパーだわ」
嬉し過ぎて、自分でも何を口走ってるのか分からない。
きゃっきゃとはしゃぐ私を眺め、父さんは「あ~あ」とわざとらしく嘆いた。
「あーちゃんは、すっかりハルキ君に夢中だね。父さん、寂しいなぁ」
「なにそれ。親離れを喜んでよ」
「……まあね。僕がいつまでも守ってあげられるわけじゃないから、そこは安心したし、嬉しいんだけどね」
「余命を匂わすのずるい、禁止」
いつもみたいにポンポン言い合ってる間も、私の目は新しい端末から離れなかった。
画面ロックは虹彩認証でもかけられるのか。
でもいざって時にすぐに起動できないのは面倒だから、普通に数字にしとこっと。
「あんまり夜更かししたら駄目だよ。父さん、一旦家に戻るけど大丈夫?」
私の様子を見て、父さんは苦笑しながら立ち上がった。
「へいきー。明日には退院できる?」
「うん、検査予約入れとく。何も異常なかったら、帰れるよ。午後は警察の人がくると思うけど、父さんも立ち会うし、『以上で相違ありません』の下に名前書くだけだからね」
「分かった」
こくりと頷き、「気を付けて帰ってね。今日はぐっすり寝てよ。くま、酷いから」と念を押す。
父さんは嬉しそうに破顔し、「了解です」と敬礼の真似をした。
父さんが帰った後、私はベッドにごろんと転がり、うつ伏せになって端末の説明書を読みふけった。
キッズ向けの分かりやすい図解ページがあるのがSewell社、分かってる! って感じ。
これなら私にも理解出来る。
鼻歌交じりで色んな機能を試しているうちに、あっという間に時間がたった。
ようやく最初の待ち受け画面に戻ってくる。
クローバーのマークのところには、『32』という数字が表示されていた。
ちょんと指先で触って会話画面を起動させる。
『アセビ、おはよーー! おそいよ、ばかー!』
『無事のお目覚めよかった、よかった。神野ちゃんがいない間、オレめっちゃしんどかったよ~』
『は? どさくさに紛れて甘えるな』
『ハルキ様、押さえて』
『鈴森です。よろしくお願いします』
『いいんちょ、硬いって』
『挨拶は大事です』
『あ、はい』
なんだこれ。
しょうもないやり取りに、思わずふはっと笑ってしまう。
最後までスクロールすると、アプリに表示されていた数字は消えた。なるほど、読んでない文章があると、数字がつくんだな。
私も会話に参加してみよっと。
『こんばんはー。アセビです』
文字打ち自体はタブレットで慣れてるから、すぐに出来た。
でも画面が小さい分、打ちにくい。
少し待ってると、皆が次々にログインしてくる。
おかえり、待ってたよ、などの挨拶であっという間に画面が流れていった。
これ、前の会話を確認したい時は不便そう……って、会話内検索機能があるのか。
『神野ちゃん、神野ちゃん。名前いちいち入力しなくても、アイコンの下に名前出るからね』
あ、ほんとだ。
今まで会話口調で判別して読んでたけど、よく見たら会話の横に四角いアイコンがある。
ビリヤード台のアイコンの下にシュウって表示されてるってことは、アドバイスくれたのは入澤くんか。
なんでビリヤードなの? あんなに下手だったのに。
くすくす笑いながら、他のメンバーのアイコンを確認してみる。
柊くんは、クローバーアイコンだった。私と同じで、初期設定のままなのが彼らしい。
御坂くんは眼鏡単品の写真だった。
これ、御坂くんの眼鏡なのかな。真面目そうにみえて、意外と茶目っ気あるのかも。
マホは、可愛い猫のイラスト。何となくマホに似てるし、納得のチョイスだ。
鈴森さんは、ラテアートのアイコンだった。狙い過ぎじゃない?
皆のアイコンを見て、私も設定したくなった。
可愛いぬいぐるみがいいな~。家に何かあったかな。
そんなことを考えながら足をパタパタさせてたら、突然会話画面の上部バーにある星マークがピカピカ点滅した。なんだろ、これ。
深く考えず押すと、別画面が開く。
『アセビ、本当に良かった』
そこには、クローバーアイコンだけが表示されていた。柊くんだ。
どうやら個別に会話する別ルームにきたみたい。
『端末、ありがとう。言うの遅くなっちゃってごめん』
文字を入力すると、すぐに返事が戻ってくる。
『気にするな。こうやって連絡取れるようになったの、俺はすごく嬉しいから満足』
リアルタイムで繋がってる感じが、何ともくすぐったい。
通話とはまた違う良さがある気がする。
なんていうのかな。文章を考える時間も、お互いの為の時間、みたいな。
わあ、詩人! 私、詩人じゃない!?
『個人端末あったら便利だな、って思ってたんだよ。お願いする前に手配して貰えたの、本当にびっくりしたし嬉しかった』
『たん、って書いてた』
ん?
短い返信の意味が分からず、じっと画面を見つめる。
私の返事がないことに焦れたのか、続けて柊くんがメッセージを送ってくる。
『アセビの家に行った時、手の甲に【たん】って。未来でも何か欲しいものが出来ると、お前はメモ代わりにそこに書くのが癖で』
『だからすぐに分かったよ。たんまつだな、って。いつもひらがなで、最初の二文字なんだ』
何とも言えない想いがふくらみ、胸を圧迫してくる。
未来の自分は確かに今の私の延長線上に存在したんだなっていう納得。
それと、未来の自分への嫉妬。
文字だけでも痛い程伝わってくる。柊くんが、どれほど神野アセビを好きだったか。
『アセビ?』
『会いたいな』
無性に会いたかった。
今の柊くんは今の私のものだって、未来の私に向かって主張したくなった。
衝動的に打ち込んだ後、我に返る。
もう22時過ぎだ。面会時間だってあるはずだし、柊くんもそろそろ寝る準備してたはず。
『うそ、今のなし!』
慌てて打ち込んだけど、文字の色が既読済みの色に変わっただけで返信はない。
きっと呆れられた。我儘女だって思われた。
ああ、失敗しちゃったな。
あんなこと、入力しなきゃ良かった。
後悔先に立たず、って本当にそうだ。昔のリーズンズは天才揃いか。
枕に突っ伏し、ひとしきり迂闊で考えなしな行動を反省した後、よろよろと起き上がり、顔を洗って歯を磨く。
無心に歯ブラシを動かしている間も、あんなこと言わなきゃ良かった。でも会いたかったのはホント、のエンドレスループだった。
消灯時間はとうに過ぎている。ベッド脇の灯りを頼りにベッドまで戻り、ごそごそとお布団の中にもぐり込む。灯りを消して目を閉じようとした時に、控えめなノック音が聞こえた。
看護師さんの巡回かな?
「はい」
辺りが暗いせいで、自然と声が小さくなる。
ゆっくり開いた扉から顔を覗かせたのは、なんと柊くんだった。
Tシャツにパーカーを羽織り、ゆるめのカーゴパンツを履いたラフな格好の柊くんをまじまじと見てしまう。
……これ、夢?
じゃない! 本物だ!
布団をはねのけ慌てて起き上がった私を見て、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。
そっと後ろ手で扉を閉め部屋へ入ってきたものの、何故かそのまま入り口から動かない。
「面会時間、大丈夫だった?」
もっと可愛いことを言いたいのに、気になることを先に聞かずにはいられないこの性分が憎い。
「いや、アウト。柊の名前を使って、10分だけ見逃してもらった。……アセビはほんの気紛れであんな事言ったんだろうけど、俺はほんとに会いたくて」
「私もだよ!」
そんな自分だけみたいなこと言わないで欲しい。
私なんて、歯がぴっかぴかになったんだよ。柊くんのこと考えすぎて30分は磨いたんだから。
ベッドから飛び降り、裸足で柊くんに駆け寄る。
そのまま私は彼にぎゅっと抱き着いた。
今度はダメなんて言わず、柊くんも私を受け止めて、しっかり抱き返してくれる。
それがすごく嬉しくて、いてもたってもいられなくなった。
柊くんの胸に鼻先をこすりつけ、甘える。
彼は愛しげに私の頭を撫でてくれた。
「アセビ、俺は――」
「待って、ちゃんと言わせて。私も好きだよ。大好き。柊くんが、大好き」
私の為に時を遡ってくれたところも、その癖私に選択肢を与えようと頑張ってたところも。
優しいところも、頑固なところも、何もかも。
どうしようもなく、柊くんが好きだ。
私のたどたどしい愛の告白を、柊くんは黙って聞いていた。
「まだ足りない? 今の私の気持ちじゃ、未来の私にまだ負けてる?」
柊くんは黙って何度も首を振った。
一旦私を自分から引き剥がし、少し距離を取る。それから改めて私の両肩に手を置くと、身を屈めた。
綺麗な漆黒の瞳が、まっすぐ私を覗き込んでいる。
「約束して欲しい。今度は1人で行くな。最後まで一緒だって、約束して」
「……うん」
「絶対だな? 不吉な未来を視ても隠さないな?」
「隠さないよ。ちゃんと言う」
「頼む。……2度目は耐えられない。次にお前が死ぬ時は、俺も道連れにしてくれ」
気丈に見えた強い柊くんは、どこにもいない。
私の前にいるのは、ちょっとおかしくなってしまった男の人だ。
それでもいい。
ううん、それが嬉しいんだから、きっと私もおかしな女なんだ。
「分かった、約束する。そういうの、一蓮托生、って言うんでしょ?」
ドラマで見てカッコいい言葉だなとメモって覚えたものの、今まで使い道がなかった言葉を、ここぞとばかりに披露する。
柊くんは泣き笑いみたいな表情を浮かべ、頷いた。
「ああ、そうだな。善悪に関わらず、運命を共に。確かに一蓮托生だ」
そういう意味だったのか!
ちょっとびっくりしたけど、最初から知ってましたよ、という顔で私も頷く。
柊くんの影が私の影をすっぽり覆う。
やっぱり彼も寝るところだったんだ。
初めてのキスは歯磨き粉の味がした。




