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28.落ちこぼれを返上

 次に目が覚めた時、私は見知らぬ部屋にいた。

 覚醒しきらない重い頭を動かして、周りを確認する。

 真っ白なカーテン、何の変哲もない扉。洗面台。部屋の端にある四角い小部屋は、トイレかな。

 ……ここ、病室だ。

 TVでしか見たことないけど、多分そう。


 起き上がろうとして、肘をつく。両方のこめかみにピリリとした痛みを感じた。

 丸い検査パッチがくっついてたみたい。

 無理やり引っ張ったせいで、産毛が抜けてしまった。ひりつく肌を揉みながら、今度こそ上半身を起こす。

 検査パッチは、こめかみだけじゃなくて、肌蹴られた胸にもつけられてた。

 これはダメだ。ささやかな胸が見えそうで恥ずかしい。

 

 今度は丁寧にパッチをはずし、検査服の前をかきあわせた。

 ブラもしてないし、下着にペラっとした薄手の検査服一枚なの、無性に心細い。私の服、どこに行ったんだろう。ベッド周りを確認したけど、私物らしきものは見当たらなかった。

 うーん。ここからどうしよう。

 そろそろとパイプベッドから降り、裸足で立ち上がったその時、扉の外から人の走ってくる音が聞こえた。

 

 あ、なんかやばい?

 

 予感は的中し、ノックと同時に扉が開け放たれる。

 現れたのは、白い看護服を着た2人組だった。若い男の人と、それより年上に見える女の人。

 2人とも、リーズンズだ。

 申し訳ないとは思ったけど、表層意識に軽く探りを入れてみた。


 『なんてタイミングの悪い』『良かった、間に合って』『元気そうだ』『部屋に異常もない』


 そんな言葉が読み取れる。彼らはどうやら本当に看護師さんみたい。

 モニターの異変を察知し、駆けつけてきたらしい。

 ようやく目覚めた純血パワードがどこかへ行くんじゃないかって、かなり焦ったことも伝わってくる。

 検査パッチを勝手に外したの、良くなかったんだ。

 ナースコールって名前は知ってるけど、どこにあるか分からなかったんだよ。押さなくてごめんね。

 私はしょんぼりしつつ、素直にベッドに戻った。


「誰もいないし、びっくりされたでしょうね。ちょうど付き添いの方が、席を外されたところだったんですよ。すぐに戻ってくると思うので、待ってて下さいね」

「付添いって、とう……神野ヒビキですか?」

「ええ。神野ヒビキさんと婚約者の方が、交代で付き添われてます。今は、どっちだったかな」


 婚約者!? 

 盛大に驚きかけ、あ、そういえば柊くんがそうだった、と思い直す。


 大柄な男の看護師さんが検査パッチ付きの機械を部屋の端に片づけてる間、女の看護師さんは私の体温を測り、カルテに書きつけながら質問に答えてくれた。

 今日の日付を聞いて、私はびっくりした。

 ホテル火災のあった日から3日が経ってる。


「あの、私ずっと意識がなかったんですか? ここはどこですか?」

「ええ、ずっと睡眠状態でした。ここは、国立能力医療センターですよ」


 国立能力医療センターというのは、パワードに関する高度かつ専門的な医療の向上を掲げて設立された政府直轄の病院だ。

 この病院でパワードは出産するし、死後の解剖を受ける。まさにミルクから棺桶まで。

 自分がいる場所がパワード御用達の病院だと分かって、ホッとした。


 看護師さんは、トイレの使い方、冷蔵庫の引き出し方、用があったらナースコールを押して欲しいこと。部屋から出来れば出ないで欲しいことなどを伝え、壁に埋め込まれたTV画面を起動させてから引き上げていった。

 

 ベッドのすぐ脇の壁にある窪みを手の平全体で押すと、80センチくらいの薄型冷蔵庫がポップアップしてくる。

 よく冷えた庫中からエナジードリンクを取り出して、プルタブを引いた。

 グレープフルーツ味ですっきりしたのど越しがお気に入りの一本だ。250mlで10種類のビタミンと5000カロリーが取れる優れものでもある。

 エナジードリンクを飲んだら、重かった頭がかなりすっきりした。

 重いと言っても、寝すぎた時の感覚に似てるから、そのうち良くなるだろう。


 看護師さんがつけてくれたTVを見るとはなしに眺める。

 ちょうど夕方のニュースが流れ始めたところだった。


 ――『先日のホテル火災は、テロ行為によるものであったことが本日明らかになりました』


 タイムリーな話題に、ハッとする。

 慌ててリモコンを手に取り、音量を上げた。


 犯行声明などは出ていないこと。実行犯のうち4名の顔写真が明らかにされたことなど、ニュースキャスターは手元の原稿を淡々と読み上げていく。

 画面に映し出された指名手配犯の顔には、見覚えがあった。

 オレンジ色の防護服を着てた、あの人達だ。

 彼らの名前や身元はまだ分かっていない。見かけたら接触せずまずは通報を、という呼びかけを聞いて、知らないうちに詰めていた息を吐いた。

 ミックスパワードが犯人ですって感じの報道じゃない。

 詳しい情報は流れないようにしてあるのかも。


 そこまで見たところで、ノックの音がした。


「はーい」


 反射的に返事をすると、扉が勢いよく開けられる。

 自分がノックした癖に、返事があるとは思ってもみなかった。そんな顔で、父さんは立っていた。

 勢いを殺せなかった引き戸が戻ってきたせいで、半分隠れてしまい、父さんは慌ててまた扉に手をかけ、今度こそ中に入ってきた。

 ベッドの隣までよろよろと歩いてきて、彼はぎゅ、と拳を握った。


「あーちゃん」

「うん」

「……心配、したんだよ」

「うん、ごめんなさい」


 父さんはすっかりやつれていた。

 家でだらけてる時はともかく、スーツをきちんと着こんで出掛けて行く時は、それなりにカッコよく見える人なのに。よっぽど心配させてしまったんだと一目で分かり、申し訳なくなった。


「あーちゃんの体は何ともないって。覚醒直後の不安定な時期に、いきなり大きな力を使ったから、その反動が来ただけだって。説明されても、不安で。保護省の偉いさん達にも君が覚醒したこと知られたし、これからちゃんと君を守っていけるのか、怖くて。アザミさんに続いて、あーちゃんまで失ったらって。……ごめん」


 父さんは抱えていた気持ちを吐き出すと、私の目をまっすぐに見て、不器用に笑った。


「本当は一番に、よく頑張ったね、って言わなきゃいけなかったね。……アセビ、ありがとう。君のお蔭で、行方不明だった人たちは全員無事だった。ホテルにいた人達もだ。あれだけの火災だったのに、死傷者ゼロは本当にすごいよ。君は、僕とアザミさんの誇りだ」


 父さんの本音は、『危ない真似はしないで欲しい。僕を残して逝かないで欲しい』だった。

 だけど、今、口に出してくれた言葉も決して嘘じゃない。

 両方の気持ちが父さんの中にはあったのに、私を褒める方を選んでくれた。

 私がずっと聞きたくて堪らなかった方の言葉を、伝えてくれた。


「……へへ、やったぁ。私、もう落ちこぼれじゃないよね? 神野ヒビキと神野アザミの娘だもん。純血パワードの面汚しなんかじゃ――」


 お腹の底からこみ上げてきた熱い塊が喉を塞ぐ。

 泣きたいわけじゃないのに、視界が揺れてぼやけてしまった。

 ぽたぽた、と太腿の上に落ちていく涙をみっともないな、と思ったところで、父さんに強く抱きしめられた。


「たとえ一生覚醒できなくても! 君が僕たちの自慢の娘じゃなかった日は、一日だって、ない!!」


 大声で断言されて、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、私は子供みたいに泣いてしまった。

 うわぁぁ、だって。やばい、ほんとカッコ悪い。

 冷静な自分がツッコミを入れてくるけど、どうにも止められない。

 

 母さんが恋しかったこと。1人が寂しかったこと。

 上手く能力を使えなくて悔しかったこと。

 セントラルでは何一つまともに出来なくて惨めでたまらなかったこと。


 今までの全部が涙と一緒に流れて消えてしまうまで、私は父さんにしがみついて泣いた。

 これ絶対、黒歴史決定なやつだ。

 後から父さんの記憶を消せないかな、ってちょっと思った。


 

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