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23.怪しい人物

 帰りのバスの中、私は針のむしろという言葉を身を持って味わう羽目になった。


「深い傷じゃなくて良かったな。それにしても、解体終わってから怪我するとか。まあ、そういうこともあるだろうけど」

「はい……すみません」

「骨や神経に障りがなくて良かったわね」

「はい……ありがとうございます」

 

 両隣を保健医の先生、そして若月先生で固められているのには理由がある。


 隣のビルを浮かせてしまったことに驚いた私は、無意識のうちに後ずさった結果、小石を踏んでつるりところんだ。尻もちで終われば良かったんだけど、ころんだ先には釘だらけの廃材が転がっていた。

 はい。見事に刺さりましたよ。ぶっとい五寸釘が。

 お尻にじゃなくて、反射的についた手の平に刺さったのが不幸中の幸いだ。

 悲鳴は押し殺したものの、派手に転んでしまったので皆に注目され、こっそりヒーリングで治すことは出来なくなった。今のところ、唯一まともに発動できる能力なのに。


「ええ~。ちょっと、大丈夫?」


 近くで作業していた女生徒が、心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 あ、さっき馬鹿にしてきた子じゃん。警戒を高め、唇を引き結ぶ。

 ところが彼女は私の左手を見て、思いっきり顔を顰めた。


「うわ、痛そ……誰か、先生呼んできて!」


 彼女は大声をあげ、助けを求めてくれた。

 みっともなく転んだ挙句、怪我をした私に同情してしまったんだろう。

 こういう単純なところが憎めないんだよね。どんな感情も長続きしないのは、パワードの美点であり欠点だ。


 すぐに保健医の先生が飛んできて、私の治療に当たってくれた。

 砂や小石を取り除きながら消毒した部分に、後から駆けつけた若月先生がヒーリングをかけてくれる。血は止まったし表面的には元通りになったものの、中はまだズキズキ痛んだ。

 若月先生がわざと手を抜いたわけじゃない。Aランクのヒーリングとしては一般的な治療結果だ。

 痛みまで完全に取り除く治療は、Sランク以上の能力者じゃないと無理なんだよね。


 実習で出た怪我人は、私と私の羽パワーで目をやられた子の2人だけだった。

 つまり、実質私だけ。深く落ち込みながら、さっきから何度も目薬をさしている2つ隣の女の子に心の中で手を合わせた。


 バスを降りるとすぐに、柊くんが駆け寄ってくる。

 脇目もふらず一直線に向かってくる彼を見て、保健医の先生が小さく笑った。


「彼、実習の間も神野さんのことばっかり見てたわよ。心配でたまらないって顔で」

「あ、あはは」

「いいわね~。ラブラブだ」


 ラブラブというより、パワーの暴走を心配してたんだと思う。


「もううっかりで怪我しないようにね? どんな時も落ち着いて行動するのが大事だよ」


 保健医の先生は、悪戯っぽく言い残して立ち去っていった。

 若月先生はといえば、いつのまにか鈴森サヤと肩を並べ、何か話しながら教室に向かっている。


 柊くんは私の前に立つと、はぁ、と安堵の息をついた。

 先生が言った通り、随分やきもきさせてしまったようだ。


「お疲れ。よく頑張ったな」


 少し屈んで目を合わせ、柊くんは優しく言った。

 労りと愛情がたっぷり籠った優しい眼差しに、喉元が苦しくなる。先生の言った通り、ラブラブなのかも。

 この人が何か言う度に、嬉しくなったり切なくなったりする。生まれて初めての不思議な感情に、ぐるぐる振り回されてしまう。


「……失敗しちゃったよ」

「そんなことない、上出来だ」


 コンクリは灰になったし、鉄筋は流星化したし、ビルはちょっと浮いたけど、柊くんは本気でそう思ってるみたい。

 彼は私が失敗しても、出来たことだけを過剰に評価してくれる。


 柊くんのワンコっぷりが私にも移ってきたのかな。

 誰にも取られたくない。子供じみた独占欲が一気に脹れあがり、今すぐマーキングしとかなきゃ! という変な気持ちになった。


「どうしよう。抱きつきたいんだけど」


 スキンシップは私が彼を本当に好きになってから。柊くんはそう言った。

 この感情じゃまだ足りない? 本当に好きになるって、具体的にはどうなればいいの?


 柊くんは照れくさそうに頬を緩めると両手を広げ、私を抱き締めた。

 私も広い背中に手を回し、抱擁に応える。

 セントラルでは珍しくもない婚約者同士のラブシーン。生徒も先生も平然と通り過ぎていく。


 ――か、かわいい。なんだこれ、かわいいにも程がある。


 ぴったり密着した胸のあたりから、柊くんの抑えきれない思念が伝わってきた。

 可愛げには自信がなかったけど、柊くんは可愛いって思ってくれるんだ。

 嬉しくてその場でぴょんぴょん飛び跳ねたくなった。柊くんの心もぴょんぴょん弾んでる。

 自分では隠せてるつもりなのか、柊くんは余裕ぶった表情を浮かべていた。可愛いのはそっちです。


 長身の彼の腕の中は暖かく、確かに守られていると実感できた。

 でも……。


「なんか違う」


 散々抱きしめて貰っといて言う台詞じゃないけど、固い胸板に手を突いて距離を取り、首を捻った。

 なんだろう、不安に似たこの感じ。

 柊くんも怪訝そうに小首を傾げてる。従順な大型犬を思わせる仕草だった。


「ちょっとじっとしててね」


 念を押し、今度は私が柊くんを抱きしめてみた。

 腕が封じられてないし、信頼できる頼もしい生き物の体温がすぐ傍にある。

 抱き締められていた時の心細さは消え、安心感だけが胸を満たした。私が絶対に守るんだ、という熱い気持ちが湧きあがる。これこれ。これだよ。


「何だろう、全然羨ましくない」


 遠巻きにこちらを見ていた入澤くんがぼやく。

 柊くんは困りきった顔で、それでも私の気が済むまで付き合ってくれた。


 

 その日の残りの授業は、急遽、実習の反省会に当てられることになった。


「先生は本当に残念です。実習中にふざけてはいけないと、ジュニア時代に学ばなかったか? 悪気があるなしの問題じゃない。気の緩みは大事故に繋がるんだぞ。犯人捜しというと聞こえが悪いが、このまま帰すわけにはいかない。見学組はバングルを先生に見せてから帰るように。柊くん達も、今日はもう帰りなさい」


 反省会が開かれることになった原因は、私の制御ミス。

 それを分かっているのは私達5人だけで、他の生徒達は皆口々に「私じゃない」「俺もやってねえし」と騒ぎ出す。

 

 ――『名乗り出ようなんて思わないで下さいね』


 頭の中に、御坂くんのテレパスが飛び込んできた。

 罪悪感で居た堪れなかったけど、ここで自分の能力を公言したらどうなるかくらいは流石に分かる。


 ――『うん。じっとしてる。何もしゃべらない』


 こうなったら沈黙作戦で魔女狩りを乗り切るしかない。

 固く決意したところで、若月先生の視線が私を捉えた。

 

「ああ、神野くんも帰っていいよ」

「ええっ!?」


 予想外の許可に、声が裏返る。

 驚き過ぎて何故か立ち上がってしまった私に向かって、若月先生は苦笑しながら手を振った。


「君は今日能力を使ってないよね。悪戯の犯人じゃないのは分かってる。柊くんと一緒に帰りなさい」


 実習に参加した生徒で、反省会への出席を免除されたのは私だけ。それなのに皆は憤りもせず「それもそうだな」とすぐに納得した様子だった。

 何とも言えない気分で、帰り支度を済ませる。

 荷物を取って立ち上がった柊くんは、御坂くんと入澤くんにすばやく目配せした。今の、何だろう。

 廊下でマホが出てくるのを待っている間、3人は一言も喋らなかった。あの入澤くんまで黙っているので、何かあったんだなと勘づいたけど、私の推理力はそこが限界だった。


 教室から出てきたマホに入澤くんが近づく。

 警戒心の強いマホが無防備な状態で接近を許すのを見て、私はものすごく驚いた。しかも入澤くんが指でちょいちょい、と招いたら、マホはすんなり耳を貸したんだよ! なにあれ、熟年夫婦か!

 入澤くんに何事かを耳打ちされたマホが頷く。

 直後、御坂くんのテレパスが発動し、グループチャットルームが展開された。

 セントラル内での過度の能力行使はNGだ。マホはサポート役に回ったんだろう。


 ――「気づいたか?」

 

 柊くんの問いかけに、「ええ」「あれはやらかしたね」と2人が同意した。

 

 ――「なに? どうなってるの?」

 

 マホの苛立った思念を、「若月せんせだよ。失言しちゃったねって話」と入澤くんが宥める。

 失言の内容は、柊くんが説明してくれた。

 

 ――「今日の実習に参加した全員のバングル波動を見張り続けるのは、不可能だ。だが若月は断言した。アセビは能力を行使していない、と。あそこまで確信を持って言えるのは、アセビのバングル波動をずっと観察していたからだ。だが、なぜ? 鈴森ならまだ分かるが、学園的にはノーマークの生徒の能力行使を見張っていた理由は?」


 言われてようやく、3人の懸念が分かった。

 マホも同じみたいで、顔をサッと強張らせる。


 ――「無言で下校していたら悪目立ちしますね。何か話しましょう」


 御坂くんの提案に、柊くんが「早めに終わったな。どこかに寄って行くか」と口火を切る。

 チャットルームを維持するのも限界だったみたいで、ぷつり、と糸が切れるように皆の思念が途絶えた。


「いいね、いいね! たまには街でお茶したい!」

「この制服でですか? どこに行っても注目されてしまいますよ」

「あ~、それはやだな……。また柊んちのコーヒーかぁ」

「嫌なら飲むな」


 3人がいつものように話す中、私とマホは上手く気持ちを切り替えられず、なかなか喋ることが出来なかった。


 ――若月先生が、敵? じゃあ、未来で私を狙ったのは、父さんを殺したのは、若月先生?

 

 不快な重い塊が胸を塞ぐ。答えがすぐに出ない問題は、苦手中の苦手だ。

 6人目の仲間を見つける前に、実行犯を見つけてしまうなんて、正直まったく想定していなかった。

 間違った道に進んでいるような気がして、胸がざわつく。


 ふと隣を見ると、マホはじっと何かを考え込んでいた。


「マホ」

「なに」

「尋問かけて聞き出せばいいのにとか、物騒なこと考えてないよね?」

「……考えてないよ」


 嫌な間を空けて、マホはぼそりと答えた。




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