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お誘い

(これは…………何だ。)

 金曜日の放課後。エントランスで、佳音は目の前に突きつけられている紅茶の紙袋を凝視してから、ゆっくりと、バツが悪そうに顔を背ける滝に視線を移した。

「………………ん?」

「いや、やるよ。分かるだろ。」

 気恥ずかしさからか、呆けたように自分を見る佳音に滝は口調を強める。

「私、何も渡した覚えないんだが……。」

「別にそういうのじゃねぇよ。さっさと受け取れ。」

「はぁ……。」

 佳音はよく分からないまま、「ありがとうございます」と紙袋を受け取る。

「じゃ、それだけだから。」

 滝は踵を返すと、足早に自宅へと戻って行った。



 帰ってくるなり、滝はリビングに顔も出さず自室にこもった。床に鞄を落とすと、体の力が抜けたように勢いよくベッドに座り込み、うなだれたまま、長く、熱い息を吐き出す。

(……何で物渡す程度で心拍数上がってんだよ!?)

 思考とは裏腹に上昇している心拍数に、滝は落ち着かせるように深呼吸を数回繰り返す。渡す物は渡した。それは良い。だが、今度は中身を見てどのような反応をするのかが気になってきた。

(そういや、あいつって白好きだっけ?それに、やっぱり子供っぽかったかも………………っ済んだ事だ!使うも使わないも、あとはあいつの好きにすれば良い!)

 滝は乱暴に前髪を掻き上げると、ベッドに倒れ込んだ。そのまま暫く、ぼんやりと天井を見つめる。



 佳音はいつも通り、音もなく、体が入るぎりぎりの幅のドアを開けてそこに体を滑り込ませた。口パクで「ただいま」と言ってみる。

 玄関には、秀一郎の革靴しか置いてない。佳音はそれを一瞥すると自分のローファーを音も立てず下駄箱へ入れた。

 リビングでは、秀一郎がソファに凭れて眠りこんでいる。それを見た佳音は何も言わずに通り過ぎようとした。

「帰ったのか。」

 佳音は小さく肩を跳ね上げ、そっと秀一郎を見る。

「はい。」

 無感情に返事だけをし、佳音は秀一郎の次の言動を待つ。だがいくら待っても、あとに続く言葉はない。佳音は再び、部屋へ向かって静かに歩き出した。

「……何なんだ、今日は。」

 机に鞄を下ろした佳音は首をかしげる。そのまま椅子を引き、腰掛け、滝から貰った紙袋の中身を取り出す。入っていたのは、紅茶、クッキー、そして右上にリボンシールが貼られた、チョーカーの入った袋。佳音は中身を取り出し、白い花のぶら下がったチョーカーを自分の目の高さまで持ち上げる。

(…………なんて言うんだっけ、これ。というか、このプレゼントはどういう意味だ?)

 首輪のようであるから、『ふらっと居なくなるな』という意味だろうか。それとも、流行りのアクセサリーだから『もっと見た目に気を遣え』という事だろうか。

 もし前者であるなら、滝は直之さんから頼まれてやっている事だ。連絡をしないこちらにも非はある。もし後者であるなら、2人は基本的に登下校以外会わない。よって制服以外を見ることは滅多にない。彼の性格上『学校に着けていけ』という意味ではないはずだ。そもそも──。

「何でくれたんだろう。」

 チョーカーや紅茶を渡された意味が、佳音は分かっていない。いや、期待と共に浮かび上がってくる考えを受け入れようとしないのだ。

(誕生日プレゼント…………なはず、ないよな。)

 佳音はチョーカーを丁寧に袋に戻す。そして机に置き、袋の上から愛おしそうに指先で撫でた。



 蝉が鳴いている。いや、正午の照りつけるような暑さに嘆いている、という方がしっくりくるかもしれない。

(明後日から夏休みか……。)

 1学期の授業が今日で終わり、明後日からの夏休みを心待ちにするだけのはずなのだが、暑さのせいか、滝はそんな浮いた気分になれない。仰ぎ見ていた空から前方へと顔を戻し、佳音の後ろ姿を捉える。

(髪くらい結べよ……。)

 相変わらず髪を下ろし、やや首筋に張りついている。ふと、佳音が立ち止まり、鞄をごそごそと漁りだした。

 目当ての物が見つからないのか、ずっと鞄の中を探っている佳音に静かに近づき、隣に並ぶ。佳音が左手首に付けている白いパワーストーンのブレスレットをぼんやりと見下ろした。

(最近よく付けてるな、このブレスレット。)

「どうした?」

「いや、この間買ったヘアゴムが……あぁ、あった。」

 佳音が探していたのは、桔梗のような花が大小連なったヘアゴムだ。滝はそれを見て意外そうに目を見開く。

「珍しいな。お前が飾りのついたものつけるなんて。」

 佳音は、学校では実用性重視で飾りつけたものなどほとんど持ち歩かない。ブレスレットを付けているのを初めて見たときは、内心声を上げて驚いた。

 佳音は滝を見て「まぁな」と素っ気なく言うと、髪を1つに結び再び歩き出した。ごく僅かだが、歩くスピードが早くなっている。

(桔梗は、というか紫は、好きな色だからな。)

 世間的には『紫が好きな人はナルシスト』などと言われているが、佳音にはそのイメージがない。佳音にとって紫は、幼少の時から一緒にいて、自分の守り役という面倒事を任されている彼の色なのだ。

 佳音は、ヘアゴムの飾りにそっと触れる。ふと、左側のコンビニに貼られたポスターが目に入り、佳音は足を止める。

「夏祭りか……。」

 佳音の呟きに、滝も足を止め、ポスターに目を向けた。貼られているのは、この地域で最大規模の夏祭りのポスターだ。

 また、この季節がやってきた──。

 2人は同時に思った。

「…………行くのか?」

 滝は静かな声で問いかける。佳音は小さく頭を振ると、震える声で「行かない」と呟いた。

「そうか。」

「あぁ。矢倉さんから『夏祭り行かない?』って誘われてたんだが……な。申し訳ないが……。」

 佳音は自分を落ち着かせるように、だけど滝に気づかれないように深呼吸をした。

「お前は、どうするんだ?」

「んー……どうすっかな。俺も、矢倉から『行かないか』って誘われてはいるんだよな。」

 佳音は滝を見て絶句する。

「人混みは嫌いだけどあれ以来行ってないし、たまには良いかと思ってはいるな。」

「へぇ…………良いじゃないか。」

 佳音はポスターに視線を戻し、滝がほのかを送っていった時のように穏やかに笑う。

 恐らく、ほのかは滝・佳音・吹雪と一緒に夏祭りに行きたいのだろう。だが、佳音からしてみれば、滝とほのかが一緒にいるところなどなるべく見たくない。それが、佳音に『夏祭り』というものを輪を掛けて敬遠させてしまう。

「すまんが、3人で行ってきてくれ。」

「あ、吹雪来れねぇってよ。」

「は?」

 佳音は間の抜けた声で聞き返す。

「じいさんの3回忌らしくて、泊まりがけでそっちに行くんだと。」

「そう…………。」

 佳音は俯き小さく返事をするが、息が詰まって上手く声が出せない。

「じゃあ…………2人で、行くのか?」

 佳音は聞きたくない答えを、自分から尋ねてしまっている。頭ではこの話題を打ち切ろうと色々な考えが巡っているのに、何1つ口から出てこず黙って滝の返答を待っている状態だ。

「──まぁ、そうなるな。」

 滝はにべもなく言う。本人が気付いているか分からないが、ほんの少しだけ声音が弾んでいる。佳音はその声音の変化を捉え、涙を堪えた。

「そうか。行ってこい。」

 佳音は震える声を必死に抑えながら微笑み、気丈に歩き出す。滝は漠然とその後ろ姿を見つめた。何故だか佳音がとても弱々しい存在に思え、後ろから掻き抱きたくなる衝動に駆られる。

(そう簡単に居なくなる存在じゃねぇよ、あいつは。)

 自分の思考と衝動に苛つき、滝は頭を無造作に掻く。そして、いつも通りの距離を置いて歩き出した。



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