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高村家

 その頃、佳音は亮介と駅構内のカフェにいた。

「ごめんな、急に誘ったりして。昨日が誕生日だっていうの団子屋で吹雪から聞いて……その、俺も何か、お祝いしたかったんだけど帰らなきゃなんなくって……。」

 頬を赤らめながら段々声が小さくなっていく亮介に、佳音は可笑しそうにくすりと笑う。

「お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。」

「そんなっ……あっここの代金は俺が持つから!」

「いいですよ、お気になさらず。でも……何故私なんかと?」

 佳音は机へ視線を落とし、微笑んだままアイスティーを手にする。

「へ?」

「私みたいな奴より他の人といた方が楽しいんじゃないか、と思いまして。」

「いやーそうでも……。むしろ、お前といた方が楽っていうか……。」

「へぇ……。」

 佳音は瞳に冷淡な光を宿す。

(よく言えるな、そんな事。)

 佳音の脳裏に中学時代の記憶が蘇った。佳音が風邪で3日間休んだ次の日の事だ。

「──滝、プリント落としたよ。」

 佳音は滝が音楽室に忘れて行ったプリントを、教室で亮介と話している滝に渡した。

「あぁ…………。」

 滝は冷たい目でそれを受け取る。佳音は少しだけその態度が気になったが、背を向けて自分の席へ戻っていった。

「滝、幸せな3日間だったな。」

「全くだ。やっぱりあの時死んどけば良かったのに。」

 哀れむような亮介の声と、それに同意するような滝の声。

 聞こえてしまった。佳音は自分の耳を疑ったが、怖くて滝の方向へ視線を向けることが出来ない。

 あの時の2人の声音は、今でもはっきり覚えている。

「──佳音?どうした?」

 テーブルを見つめたまま動かなくなった佳音に、亮介は不思議そうに声をかける。

「…………いや、何でも。」

 佳音はほんの少しだけ侮蔑のこもった笑い方をするが、亮介は気づかない。

「あ、やっと敬語取れた。」

「は?」

「何か同い年なのにずっと敬語使われてて、壁を感じてたっつーか、警戒されてんのかなーって思って、ちょっと悲しくて……。」

「あぁ、あまり親しくない人だと、つい。慣れれば取れますから。」

 佳音は亮介の『悲しい』という言葉に少し胸が痛み「すみません」と軽く謝る。

「……なぁ、変な事聞くけどさ、佳音って彼氏いる?」

 緊張した面持ちで尋ねてくる亮介に、佳音も少し硬直する。最低な事だと分かってはいるが、どうしても嘘をつきたくなった。

「…………います。」

「まじかぁー……。」

 佳音の返答に、亮介は泣きそうな顔でテーブルに突っ伏した。

 佳音は消え入りそうな声で「ごめんなさい」と謝る。亮介はむくりと起き上がり、力なく笑った。

「いや、仕方ねぇよ。……やっぱり、滝?」

「…………いえ。」

「へぇー……えっ?じゃあ吹雪?」

「いえ…………他校、です。年下で……。」

(あれ、誰だっけ、これ?)

 佳音は架空の彼氏を説明しながら、「モデルにしているのは誰だろうか」と頭の中の引き出しを開ける。

「……すみません。用事あるので、これで。」

 佳音は動揺を表に出さないよう、ゆっくりと席を立った。

 


 翌日の夜。

「誕生日おめでとう!!」

 いつも通り稽古を終えた高村家では、2日遅れの佳音の誕生会が催されていた。ナナが大きくしっぽを振り、出たそうにゲージに前足を掛けている。

「あ……ありがとうございます。すみません、他所よその奴なのにわざわざ……。」

「別にケーキ用意しただけだし、夕飯はいつもと変わんないよ?あと、はいこれ。」

 夏希が差し出した手の平サイズの白い袋に、佳音は「ん?」と首をかしげる。

「誕生日プレゼント。」

 袋の中に入っていたのは、白いパワーストーンと水晶で出来たブレスレットだ。

「『ホワイトハウライト』っていう健康運のパワーストーンだって。もうちょっと身体に気を遣いな?無頓着すぎるから。」

「何か嫌味っぽいな。」

 麦茶を飲みながらそれを見ていた長門は、呆れたように呟く。

「本当の事じゃん。」

「心配してんのか貶してんのか分かんねぇよ。すいませんね、こんな姉で。」

「大丈夫です。知ってるんで。」

「は?」

 凄みを効かせる夏希に、長門と手首にブレスレットをつける佳音は「何でもないでーす」と声を揃えた。

「……あ、そうだ。俺も一応。おめでとう。」

 長門が取り出したのは、夏希と同じ店の袋。

「あんたも同じじゃん!」

「違いますー。店は同じだけど。」

 長門は夏希に向かって口を尖らせる。

(さすが姉弟きょうだい。)

 佳音は地味な言い合いを繰り広げる2人に微笑ましさを感じながら袋を受け取り、中身を手の平の上に広げた。出てきたのは、ペンダントトップが葉っぱの輪になっている金色のネックレスだ。下部に赤い石が付いている。

「7月の誕生石、ルビーなんだって。」

「へぇ……。ありがとうございます。」

 佳音は感慨深げに返事をした。と、夏希が何やら携帯をいじっている。

「ルビーは『勝利の石』って言われてるらしい。」

「あと『愛』と『情熱』らしいよ。」

「へぇーそうなんだ。」

 夏希は茶化したつもりなんだろうが、長門は全く動じない。

(さすが弟……。)

「あ、ペンダントトップの葉っぱは『月桂樹』。で、月桂樹は『勝利』とか『栄光』らしいから…………いつか、姉に勝ってください。」

「無理だ。」

「へぇー楽しみ。」

 絶望的な頼みに、真顔で首を横に振る佳音と、にやりと笑い佳音を見る夏希。夕飯をテーブルに並べながらみつきがそれを呆れたように見ていた。

「佳音が夏希に勝つのは、まだまだ先だな。」

 口を挟んだのは、一足先にテーブルについていた夏希達の父・たけるだ。武の断言に、長門は口をとがらせる。

「じゃあ、誰が姉ちゃん倒すんだよ-。」

「人をゲームの敵キャラみたいに言うな。」

「夏希は絶対ラスボス……。」

「ほら夏希、長門、夕飯運ぶの手伝って!」

「はーい。」

「あ、私も……。」

 手伝おうとする佳音を夏希は手で制す。「座ってな」といつも座っている席を指さされ、佳音は申し訳なさげにそれに従った。運ばれてきた料理はミートソーススパゲティ、コーンスープ、シーザーサラダ、武のおつまみのサラミや焼き椎茸、そして、生クリームと苺のホールケーキがテーブルの真ん中に置かれた。どれも佳音の好物だ。

 蝋燭ろうそくをケーキにさす長門を見ながら、好物の話などしただろうか、と記憶を遡る。

「……あれ、いつか──。」

「『好きな物の話なんてしたっけ』って?したんだよ、だいぶ前だけどねー。覚えてないっしょ?」

 佳音の質問を言い当て、夏希はからからと笑う。「違ってたらごめんねー」と笑う夏希を、佳音は呆けた顔で見つめた。

(エスパーか……。)

「エスパーかよ。」

 心の声が現実で聞こえた事に佳音は肩を跳ね上げる。

「それで質問違ってたら、結構恥ずかしくね?」

「だから今『違ってたらごめん』って言ったじゃん。『好物』と『質問』、2つの意味で。」

「分かんねぇよ。」

 夏希と言い合いをして完全に手が止まっている長門に、「さっさとやりなさい!」とみつきの怒号が飛んできた。

「……じゃ、歌おっか。どうぞ、佳音。」

「私が歌うのか?」

「主役に歌わせるとか、そんなのありか。」

 佳音と、電気を消すためドアのそばにいる長門からツッコミが入る。

「普通はないだろうけど、歌好きじゃん。」

「あぁ…………うん、まぁ。」

「はい決定。電気消して-。」

「いいのかそれで。」

「最初の『Happy birthday to you』を言ってくれれば歌える。」

 佳音の的外れな返答に「いいんだ……」と長門は脱力する。

「──happy birthday to you,happy birthday dear……。」

 歌っていた佳音が突然黙る。その時──。

「佳音ー!!」

 夏希、長門、みつきの声が重なる。左隣にいた夏希の声量に、佳音は肩を跳ね上げる。

「happy birthday to you!!」

 ライブのようなノリで締めくくった夏希を、佳音は目を丸くしたまま見つめる。その声量のまま「おめでとう!」と頭の上で拍手した。ナナが同じように甲高く吠えている。パチンという音と共に 室内が明るくなった。

「……ありがとう、ございます。」

 夏希のテンションに気圧されながらも、はにかんだ笑顔でグラスを軽く当てる佳音。続いてみつき、席に戻ってきた長門、武とグラスを当てた。



「──ねぇ、あんた欲しいものとかないの?」

 食後にケーキを食べていた時、不意に夏希が問いかけてきた。

「……欲しいもの…………?」

 滝の顔が一瞬浮かんだが、「うーん」と悩んだ振りをして指を顎に押し付ける。

「無いな。何故だ?」

 佳音はことりと首をかしげ、夏希を見る。

「いや、社長令嬢って、もっとわがままで他人を召使いみたいに扱うものだと思ってたからさ。」

 夏希は頬杖をついて意外そうに佳音を見た。

「そう、なのか?」

「まぁ絶対嫌われるだろうけどね。」

「…………うん。」

 夏希の言った通り、佳音は余程の事ではないかぎり体調にも物にも執着しない。

「じゃあ、やりたい事は?」

「やりたい事…………?」

 佳音は再び考え込む。それから夏希と目を合わせ、長門やみつき、武へと視線を巡らせた。ナナが足元でスンスンと匂いを嗅いでいる。

 何故か、風邪で学校を休んだ日の事が思い出された。

(『ただいま……。』)

 小さな声でも、自分の家に帰ってきたという実感があった。自分の、気兼ねなく帰れる場所が欲しい。

「……1人暮らし、したいな。」

 佳音は俯いてぽつりと呟いた。その呟きに夏希が「おっ」と反応する。

「すれば良いじゃん。もしかしたら、その方がお互い都合が良いかもよ?」

 父親と、と付け足し夏希は笑いながらにべもなく言う。

「そしたら遊びに行くからー。」

「あ、俺も。つーか、うちの近くに来れば?」

 会話に入ってきた長門が、閃いたように少しだけ声音を上げる。

「そしたら、あんたたち2人朝まで家に帰らなそうね。」

「佳音、寝不足になるんじゃないか?」

 みつきと武が呆れたように子供2人に文句をつけている。「そんな事ない」と夏希も長門も反論するが、みつきは「どうだか」とこぼしてコーヒーに口をつけた。

(友達が、家に遊びに来る……?)

 佳音は漠然としすぎていて、すんなりとイメージが湧かない。

「ねぇ、1人暮らしするとしたら、家に何置きたい?」

 質問は再び佳音へ戻る。佳音は一瞬固まったがゆっくりと視線をさまよわせ、首をかしげた。

「…………電子ピアノ。ヘッドフォンつけれるやつ?」

「何で疑問形で返す。多分合ってるよ。あとは?」

 佳音は再び指を顎に押し付け、しばらく悩む。

「んー…………無い、かな……。」

「物欲無いな-。こういう家具欲しいとかないの?」

「…………無い。実用的であれば……。」

 佳音の答えに、夏希は「ふーん」とつまらなそうに相槌を打つ。

(本気にしても、いいのか……?)

 佳音は躊躇いを飲み込むように、ケーキを口へ運んだ。

すみません。最初は1話1万字を目指してたのですが、キツくなってきたのでこれくらいの長さにします。

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