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覚えてる

「……は?」

 朝起きて携帯を開いた滝は、夏希からのメッセージに思わず顔をしかめた。

『今週末予定ある?佳音に本を頼まれたんだけど、うちら今週末用事あって行けないんだ。代わりに届けてもらえない?』

(確かに予定はねぇけどよ……何か、言い方が図々しいな。しかも、何で丑三つ時に送ってくるんだ)

 遊んでいるのか偶然なのか、夏希は午前2時ぴったりにメッセージを送ってきていた。

 そんな時間にメッセージを送られても返信できるか、と滝は内心苛立ちを覚えながらも『分かった』と返事をする。

 その日の夜、滝は指定されたコンビニの外で夏希を待っていた。

(ここで確か、佳音っぽい奴とすれ違ったんだよな……)

 いつの事だったか、と滝がぼんやりと考えていると、夏希が紙袋を持ってこちらに歩いてきた。

「ごめんねーわざわざ来てもらって」

「別にいいさ。で、佳音に何を届けるんだ?」

「あぁ、これ」

 夏希は紙袋を胸の高さまで持ち上げ、口を開いて中身を見せる。

「届け物って……本か?」

 紙袋を覗きこんだ滝は、一番上のホラー小説の表紙に眉をひそめる。

「──これ、佳音の趣味か?」

「いや?『何でもいい』って言うから、適当に選んだ」

「あいつ、ホラー嫌いだろ……」

「気が向いて読むかもしれないじゃん」

「そうか……」

 分かってやってるな、と、滝は最早反論する気がなくなった。

「じゃ、預かるわ」

「返すのはいつでも良いから」

「俺が借りるみたいだな。分かった、伝えとく」

 そんな軽口を叩きながら、二人は別れた。



 そして週末。

 滝は妙な緊張感を持ちながら、佳音の病室を訪れる。

 ドアをノックをすると、「どうぞ」と佳音の気の緩んだ声が聞こえてきた。

 滝が来ることは、伝えられてないのだろうか。

(『俺が来た』って知ったら、表情変わるんだろうな……)

 滝が申し訳なく思いながら病室に入ると、予想通り佳音は一瞬にして顔を強張らせた。

「……滝……」

「おう……久しぶり」

「……何故……ここに……」

「高村から、『これを佳音に届けてくれ』って」

 佳音は、苦虫を噛み潰したような顔をして滝から目を反らす。

 余計な事を、と顔にありありと書いている。

「……すまない……手間をかけたな……」

「そんな嫌そうな顔しなくても良いだろ」

 思わず本音が漏れた滝に、佳音はもう一度「すまない……」と謝る。

 滝は紙袋から本を出そうと、一番上の本を手に取る。

「……お前、ホラーなんて好きだったか?」

 滝は、数年前に発売されたホラー小説を手にして疑問を投げかける。

 屋敷に迷い込んだ人間が、人を食う化け物から逃げながら脱出する話だ。

(高校生の時、本屋の店先で佳音と吹雪が立ち読みしていた本だな……)

 我ながらよく覚えているな、と内心苦笑する。

 ほのかと漫画の話をしながら、二人を視界に入れて『吹雪といると随分と楽しそうだ』と少し苛立った記憶がある。

 滝がちらりと佳音を見ると、佳音は口を真一文字に結び、青ざめた顔をして目を背けていた。

(やっぱりか……)

 滝は人知れずため息をつく。

「確かに2・3冊本を頼んだが……何故ホラー小説なんだ……?」

「他の本は恋愛とか推理系だから、『適当』っつってたけどバランス考えたんじゃねぇの?」

「ホラー嫌いなんだが……」

「だろうな……読まないなら、これだけ持って帰るか?」

「え?……あぁ、頼む……」

 佳音は、困惑気味に滝を見る。

『君、本当に丸くなったなぁと思って』

 佳音のリアクションを見て、滝は吹雪の言葉を思い出した。

「……ここに置いといて良いか?」

「あぁ……ありがとう……」

 滝は、本を紙袋から全て出して棚の上に積み重ねる。

「座っていいか?」

「……どうぞ……」

「体調、大丈夫か?」

「……ああ……大丈夫だ……」

「そうか」

 やはり吹雪との会話のようにはいかないか、と滝は軽くへこむ。

 しばしの沈黙の後、佳音は「何故……」と呟いた。

「何だ?」

 滝は佳音に、視線だけを送る。

「何故、私を気にかけるんだ……」

「『何故』って……」

 滝は思わず顔を背ける。

 今更ながら『佳音を大事だと思った』なんて都合の良い話、言って良いのだろうか。

「……お前の……望み通りになって良かったじゃないか……」

「は?」

「『あのまま死ねば良かったのに』『いっそ俺の前から消えてもらった方がありがたい』……そう言ったの、覚えてないか?」

 警戒した目で唇を震わせる佳音に、滝は一気に血の気が引く。

(やっぱり……覚えていたか……)

「……覚えてる……悪かった……」

 中学生の時、落としたプリントを佳音が届けてくれた事があった。

 その時、素直に礼を言えなかったばかりか『佳音が休んだ期間を幸せだった』と言った亮介に『あのまま死ねば良かったのに』と返したのだ。

 言った直後に佳音をちらりと見ると、微かに手が震えていたが気付かぬふりをした。

(けど、本気で言ったわけじゃない……)

 友人との、会話のノリだった。

 存在を否定しておいて、そんな事で済むはずがない。

 しかし、佳音は穏やかに微笑むと何かを待ちわびているかのように空を見た。

「大丈夫。来年にはいないから」

「……え?」

 佳音は、滝の方を向いて何食わぬ顔でもう一度言う。

「だから、来年にはいないから」

『もう少し待ってて?』

 滝は、以前夢の中で佳音が言った言葉を思い出す。

 あの夢でも、佳音は斧を抱きしめて穏やかに微笑んでいた。

(死ぬんだ……こいつ……)

 滝は、佳音を失う恐怖心があるのに、佳音の『死』を漠然と受け入れていた。

 震える両手で佳音の右手を握りしめる。

「……何をしている」

「傷つけて、本当に悪かった……死なないでくれ、頼む……」

 失う恐怖に震えながら握りしめた手に額を寄せると、佳音は「……いいや」と呟いた。

「やっと終われる」

 滝はその言葉に目を見開いて、涙が滲む。

「滝、頼みがあるんだ」

「……何だ?」

「矢倉さんを守ってくれ」

「は……?」

 滝は思わず佳音を見る。

「矢倉さんも、変な事に巻き込まれる割に一人で何とかしようとするし、なかなか頑固だから助けを拒むし──お前は、矢倉さんを見捨てられないだろう?」

「っ……」

「頼むぞ、滝」

 佳音は、信頼した目で微笑んで滝を見つめた。

「──あぁ、分かった」



 それから5年後。

 今日は、和樹と由香里の結婚式だ。

 滝が、式場の待合室のソファに座って携帯をいじっていると、夏希が横から声をかけてきた。

「九条君、久しぶりー」

「あぁ、高村か。久しぶりだな」

(そういえば、こいつは新郎新婦の中学時代の知り合いだったな)

 高校生の時、和樹と由香里が『佳音は夏希の空手教室に通っているのか?』『夏希は中学の同級生だ』と言っていた気がする。

「あいつらもついに結婚だな……」

 昨年結婚した滝は、感慨深く呟く。

「そうだねー。12年付き合ったんだっけか?」

「そこまでは知らねぇよ」

「そういえば、奥さんは?」

 話の切り替えの早さに、滝は改めて『佳音、よくついていけたな』と佳音の凄さを思い知る。

「トイレ」

「そう──あ、戻ってきた」

 夏希の言葉を聞いて、滝は携帯から顔を上げて待合室の入り口を見る。

「あ、夏希ちゃん!久しぶり!」

 トイレから戻ってきたほのかが、夏希に笑顔で挨拶をする。

「久しぶりー。あれ?それ、写真入れられるペンダント?」

 夏希がほのかの胸元へ目を遣ると、銀色の楕円形のペンダントが輝いていた。

「そうだよ」

 ほのかはペンダントを外し、中の写真を夏希に見せる。

 少し照れ臭そうに笑う佳音の写真が入っている。

「あ、佳音だー」

「うん……佳音ちゃんも『友達と同級生をお祝いしたいかな』って思って」

 夏希は、「そうだね」と言って優しく笑う。

 4年前、佳音の葬式に和樹と由香里は揃って参列した。

 由香里に至っては、号泣していた。

 ほのかはその時に、夏希から『和樹の恋人も佳音の友達なんだ』と聞いたのだ。

「結婚式へご参列の皆様は、こちらへご移動願います」

 スタッフの声に、滝は携帯をいじる手を止めて立ち上がる。

 ほのかも、ペンダントをつけ直した。

「行くか」

 お読みいただき、ありがとうございました。

 すれ違い続け、最後にハイタッチのように横に並べた滝と佳音の物語、いかがだったでしょうか。

 佳音が好意を抱いていた時、滝は思春期と冷やかし・『守らなければいけない』義務感故に佳音を嫌い、佳音から好意が消えてから、滝は『佳音が好きだった』と気づく。

 最後は、『好意』ではなく『信頼』して託した。

 2016から書き始め、1ヶ月放置し、3ヶ月放置し……気づいたら9年7ヶ月経っていました。

 今年こそ書き終える!と意気込んで何年経ったことか。

 こんな稚拙な小説を読んでくださった方々、評価してくださった方々、感想を書いてくださった方々、本当にありがとうございました!

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