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再び

「うるさいうるさいうるさいっ!!」

 突然響いた雄太のヒステリックな声に、音をたてないように階段を登っていた滝はびくりと肩を跳ね上げた。

「何だ……?」

「あっちね」

 嫌な予感がして立ち止まる滝の後ろで、夏希はまるで戦闘員のような雰囲気で声が聞こえた左側へ目を向ける。

 先に行こうとする夏希を、滝は手で制した。

 その制止に、夏希は少し苛立った声で「何?」と尋ねる。

「俺が先に行く」

「は?私の事馬鹿にしてんの?」

 怒りを隠さない夏希を、滝は「そうじゃねぇよ」と横目で見る。

「お前は俺より強いだろうが、万が一何かあったらどうするんだ。そもそもこれは、佳音と上原と──俺の問題だ」

「一階にいる彼女は?」

「あいつも巻き込んじまっただけだよ、上原の被害妄想に。それに……」

 滝は言葉を切ると、寂しそうに俯く。

「何?」

 言葉の先を催促する夏希に、滝は穏やかに微笑む。

「……それにきっと、お前といた方が佳音も安心するだろ」

 『滝に頼らないようにさせた』のは、紛れもなく滝自身だ。

 滝がそばにいても「大丈夫だ」と無理をするだろう。

「うっわ、その笑い方。辛い事我慢してる時の佳音そっくり」

 夏希は、『ドン引き』とでも言いたげに表情を歪ませる。



 滝が部屋を覗き込むと、片手をついてしゃがみこんでいる佳音の向かい側で雄太が斧を手にしていた。

 その光景に、高校2年生の時のゲームセンターの記憶がフラッシュバックする。

 シューティングゲームで、佳音が斧で攻撃を受けてライフが無くなる瞬間だ。

 あの時も、同じ角度で佳音を見ていた。

 振り上げられる斧と、呆気にとられる佳音が当時と重なる。

(まずい……)

 気づいたら滝は走り出していて、佳音を突き飛ばすような形で二人の間に割って入った。

「あ……」

 突き飛ばした瞬間、佳音が絶望したような表情で滝を見た。

 滝の背中の右側に、鋭い痛みが走る。

 斧で切られた滝は、佳音に覆い被さる形で歯を食いしばって手をついている。

 二撃目を覚悟していたが、次の痛みはやってこない。

 横目で雄太を視界に入れると、薄暗くてはっきりとは見えないが、雄太は震える手で立ち尽くしていた。

「……な……何で……」

 雄太は後ずさりながら、斧を落とす。

 そして佳音に目を向けると「桧山さん……知ってたんだろ?」と震える声で尋ねた。

「『九条君が助けに入る』って、知ってたんだろ?だから避けなかったんだ。自分を守る為に、他人を盾にするなんて──」

「何言ってんの、あんた」

 冷めきった声の直後、雄太のみぞおちへ夏希の容赦ない中段蹴りが入る。

 高校生の時腹部に受けた、佳音の拳とは比べ物にならない威力だ。

 雄太は気を失ったのか、声も出さずにその場に倒れる。

(内臓破裂してねぇよな……?)

 背中の痛みに耐えながら、滝は可哀想な目で雄太を見る。

「佳音、救急車呼んで」

「……滝……何で……」

「佳音!!」

「っは、はい!!」

 夏希に怒鳴られ、我に返った佳音は震える手でポケットから携帯を取り出した。

『はい、こちら救急です。どうしましたか?』

「ぁ……あの……知り合いが、斧で切られて──」

 佳音が震える声で説明をする。

 その隣で、夏希は雄太を警戒したまま警察に通報していた。



 救急車で運ばれた滝は、背中を切りつけられたが命に別状は無かった。

 しかし、事情聴取を終えた佳音とほのかは、滝の処置が終わる間、通夜のような表情で待合室のソファーに座ってうなだれていた。

「…………何で……また……」

「ごめんなさい……私が滝君に話したから、こんな事に……本当にごめんなさい……」

 自動販売機でペットボトルのお茶を3本買ってきた夏希は、1本をソファーに置き、残り2本を二人の前に差し出す。

「はい、どうぞ」

「……ありがとう……」

「すまない……お金……」

「別にいいよ」

 お茶を受け取りながら、その台詞に佳音は目を見開く。

「ん?何?」

「いや……高校生の時、滝に同じ台詞を言われたなーと思って」

 佳音はお茶を見つめたまま、懐かしそうに目を細める。

 そんな佳音を、ほのかはじっと見ていた。

「あの時は『いちごミルク』だったな……」

「何?『いちごミルクが良かった』って事?」

 買ってもらっといて文句をつけられたと思ったのか、夏希は言葉に圧をかける。

 佳音は慌てて「いえ、違います……」と敬語になる。

「……佳音、まだここにいるの?」

 佳音は明日から入院なのだ。

 滝を気にしているのも分かるが、事情聴取も終わったから夏希もそろそろ帰りたいのだろう。

「……滝は、私のせいでまた怪我をしたからな……せめて、一言謝ってから帰りたいんだ……」

「『明日から入院なのにいつまでいるんだ』って言われない?」

「え……」

 ほのかは、驚いた表情で夏希を見る。

「だって、滝には入院の事言ってないし」

「あ、ごめん言っちゃった」

 ついうっかり、と夏希は気にした様子もなく言う。

「は?……まぁ良いや。どうせ『入院するから何だ』って顔されるだろう」

 鼻で笑う佳音を、ほのかは『信じられない』と言いたげな表情で見た。

「……どうして……そこまで『滝君が自分に無関心』だと思えるの……?怪我をしてまで上原君から助けてくれたのに……」

 佳音はほのかを一瞥すると、静かにため息をついた。

「……矢倉さんを助けたついでじゃないか?『恋人の居合わせたビルで知り合いが殺されました』なんて、矢倉さんが上原君の共犯だと思われかねないし、さすがに後味悪いだろうしな」

 佳音は、消え入りそうな声で嘲るように笑う。

「あいつ、本当にそんな奴なの?」

「滝君は、高校生の頃とは違う。ずっと佳音ちゃんの事心配してたよ?」

 泣きそうなほのかを、佳音は不愉快そうにじとりと見る。

「……『心配』?今更か……」

 佳音の物言いは冷たい。

 『今更』という言葉が、ほのかの胸に突き刺さる。

「……やっぱり帰るか。滝には本当に申し訳ないが、矢倉さん、私の分まで謝っておいてくれないか?」



 滝の処置が終わり、ほのかはベッド横の椅子に座って滝の寝顔を暗い顔で見つめていた。

 背中を10針縫い、うつ伏せで寝ている滝を見て、ほのかは後悔の念に駆られる。

(私が……一人でやらなきゃいけなかった……)

 ふと滝が目を覚まして、ほのかは前のめりになって滝を覗き込む。

「滝君……!ごめんなさい……私のせいで……!」

「矢倉……怪我ないか……?」

「私は大丈夫!……でも、滝君が……」

「あー……まぁな……佳音は?」

「帰ったよ……『明日から入院だから、本当に申し訳ないけど謝っておいて』って」

「まぁ、こんな時間だしな。まだいたら『いつまでいるんだ』って言ってたかもな」

 滝が苦笑いを浮かべる。

 ほのかは、滝が夏希と同じ台詞を言った事に驚いた。

 滝は真剣な目になり、「上原は?」と尋ねた。

「……逮捕されたよ。連行される時も『僕は悪くない、桧山さんが悪いんだ』って騒いでた」

 それを聞いた滝は「はっ」と鼻で笑う。

「多分、警察でも『佳音が悪い』って言い続けてるんだろうな」

「うん、絶対に言ってると思う」

 雄太がどう言ってるのか想像がつき、ほのかは膝の上で両拳を握りしめる。

「滝っ!」

 直之と貴子が心配そうに処置室に入ってきた。

「あ……」

「えっと……あなたは……?」

 貴子が、困惑したようにほのかに尋ねる。

「あの……私は……」

 距離を置いていたくせに、こんな事に巻き込んで怪我まで負わせておいて『恋人』と名乗って良いのだろうか?

 ほのかが言い淀んでいると、滝がぶっきらぼうに「俺の彼女」と言い切った。

 ほのかは、『彼女』と言い切ってくれた滝を見て涙をこらえると、立ち上がって一礼をする。

「はじめまして。矢倉ほのかです」

「あ……はじめまして。滝の父の直之です。こちらは妻の貴子」

 慌てて自己紹介をする二人に、ほのかは深く頭を下げる。

「この度は息子さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「は?」

「どういう事ですか?」

 わけが分からず聞き返す二人に、ほのかは雄太や佳音の事を知っている限り全て話した。

 これがほのかにできる、滝達への精一杯の誠意だと思った。

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