思い込み
雄太はカーテンを閉めきった薄暗い部屋で、先程叩きつけた携帯をぼんやりと見下ろす。
この日をどれだけ楽しみにしていたか、佳音には分からないだろう。
おもむろに動き出すと、床から携帯を拾い上げ、ベッドに腰を下ろした。
メッセージに『どうしたんですか?』と打ち込み、送信する。
本当は言葉の限り罵倒したいが、しほは物静かな性格だったのだ。
きっと、感情まかせに罵るなんてしないだろう。
少し経って、雄太の携帯にメッセージが届いた。
『具合が悪くて』
「具合……?」
雄太は首をかしげる。
昨日は、滝と並んでマンションへと歩いて行っていたではないか。
(もしかして……黒沢君との子を妊娠しているとか?きっとそうだ。桧山さん男好きだから、黒沢君との子供を妊娠してるのに、九条君にも媚びを売ってるんだ……)
直弥が亡くなって、再び滝に手を出したに違いない。
「きっとそうだ……あの売女め……!」
つい、恨み言が口からこぼれた。
(宮沼さんが死んだのだって、桧山さんのせいなのに……!桧山さんが黒沢君を取らなければ……!)
雄太は頭を掻きむしって一通り苛立つ。
何か思いついたようにぴたりと動きを止めると、静かに両手を下ろし、据わった目で携帯をいじり始めた。
「え……?」
ほのかは、突然送られてきたメッセージに戦慄する。
『桧山佳音さんは妊娠しているのに、九条滝君に手を出しています』
佳音が妊娠している事にも驚きだが、ほのかは『滝が佳音の方に靡くのではないか』と、薄れかけていた不安がぶり返す。
メッセージの送り主が分からない事も気持ち悪い。
『どちら様ですか?』と送信するが、返信はなかった。
(『滝君に手を出している』ってどういう事?色仕掛けっていう事?)
佳音の性格上あり得ないだろう。
しかしほのかは、しばらく佳音と会っていない。
今、佳音がどうなっているか知らないのだ。
(もし本当だとすれば──)
「……取られたくないっ……」
ほのかは不安な表情で、心臓のあたりを片手で押さえた。
数日後、滝と本屋に行ったが、様子はいつもと変わらない。
心ここにあらずというわけでもないし、佳音の方に靡いてほのかを邪魔に感じている様子もない。
ただ、少し気落ちしている気がする。
階段の踊り場で、心配になったほのかは滝に声をかけた。
「滝君。……何かあった?」
「ん?」
滝は足を止め、振り返ってほのかを見る。
「何か、元気ない気がして……」
滝は穏やかに微笑むと「別に、何にもねぇよ」と言って歩き出そうとした。
「そっか……。ねぇ滝君……」
滝は再び足を止め、ほのかを見た。
「何だ?」
ほのかは、佳音の事をなかなか切り出せず、俯いたまましばらく黙りこくった。
「私の事、どう思ってる……?」
ほのかは、不安に押し潰されそうになりながら滝に尋ねた。
「『どう』って?」
滝は『いきなりどうした』と言いたげな表情で、ほのかを見た。
「……一緒にいて、落ち着く存在だと思ってる」
「……そう……」
好印象なのはありがたいが、ほのかが聞きたいのはそういう事ではない。
「……私の事……好き……?」
滝は悲しげな表情で目を見開くと、柔らかい笑顔でほのかの頭を撫でた。
「好きだよ」
それでも、不安は拭えない。
「…………佳音ちゃんは……?」
滝は一瞬、表情を強張らせる。
頭を撫でている手からも、ピクリと振動が伝わった。
「…………どうだろうな」
神妙な面持ちでそう言いつつも、声音には愛しさが混じっていた。
それに気づいたほのかは涙を滲ませ、頭を撫でる手を静かに下ろす。
「もういい……」
ほのかは俯いたまま滝に背を向け、力ない足取りで階段を降りていった。
本屋を出て大通りを歩きながら、不意に高校時代の花の言葉を思い出す。
『仕方……ないんじゃないかな。九条君が選んだのはほのかなんだし』
(あの時、滝君は佳音ちゃんではなく私を選んでくれた。でも今は、佳音ちゃんの方に心が傾いてる……)
今度は、佳音が選ばれるのだろうか。
「『仕方ない』……仕方ない……?」
本当に仕方ないのだろうか。
滝は優しいから、『行かないで』と言えばそばにいてくれるだろう。
でも、滝を縛りつけたくはない。
「どうすればいいの……?」
ほのかの目から、涙が溢れ落ちそうになった。
雄太はほのかを気絶させた時、佳音の連絡先を知るついでにほのかの連絡先も調べておきました。




