理由
(今日も雨……)
ファミリーレストランの窓際の席に座り、ほのかはティーカップに口をつける。
1週間近く、ずっと雨だ。
音もなくため息を漏らし、ちらりと向かい側に座る滝を盗み見た。
頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を見ている。
最近、滝の様子がおかしい。
上の空というか、虚しくも気にし続けているような表情だ。
直感的に、誰を気にしているのかが分かってしまう。
(私が……いるのに……)
ほのかは、嫉妬心と自己嫌悪に泣きそうだった。
初美は『恋人を取られたくない気持ちは普通だ』と言ってくれた。
だが、それでもほのかは『友人に嫉妬している自分』を醜く感じている。
「滝君……何かあった……?」
ほのかは、おずおずと尋ねる。
本当は、『誰の事を考えている』のか聞きたい。
もしかしたら、ただの勘違いかもしれないのだ。
だが、どうしても口にする勇気が出なかった。
「いや……別に……」
滝の曖昧な返答に、ほのかは暗い表情で「そっか……」としか言えなかった。
コンビニの喫茶スペースで、雄太は先日の火事のニュースを携帯で読んでいた。
記事になってから、何度も何度も読み返している。
読み終わると携帯を持った手を下ろし、目を瞑って毎回しほへ思いを馳せる。
(宮沼さん……。そっちで、お幸せに……)
雄太はテーブルに置いたリュックサックから封筒を取り出し、半分に折られた手紙を開いた。
しほと最後に会った時、焼き菓子の詰め合わせと共に紙袋に入っていた手紙だ。
『拝啓 上原雄太様
上原君。
私は今夜、黒沢君と一緒になります。
今までありがとう。
宮沼しほ』
雄太は手紙から顔を上げ、しほとの会話を思い出す。
佳音と直弥が同じ家に住んでいて、雄太は佳音を、しほは直弥を狙っていた。
似た匂いがしたせいか、やがてお互いの存在に気づき、何度か会話をするようになった。
いつしか、共同戦線を張るようになるまでになっていた。
しほのアパートからは、直弥の家を双眼鏡で覗く事が出来る。
自然としほの家は、2人の拠点のようになった。
雄太が双眼鏡でアパートを覗き込んでいると、しほがお茶を淹れてくれて、湯飲みを雄太の方に差し出す。
差し出しながら「私ね……」と、ぽつりと呟いた。
「中学3年生までは『長谷川』って苗字だったの……」
しほは突然自分の話をし出したが、雄太は特に興味が無い。
双眼鏡で直弥の家を張り込み、「そうなんだ」としほの話を聞き流していた。
「私のお父さん、ちょっと頼りないけど、真面目で優しい人だったんだよ」
「へぇ」
「でも、リストラされちゃってね……。1年以上仕事が見つからなくて、お酒に溺れて、暴力振るうようになって、お母さんと離婚して」
「へぇ」
「今──刑務所にいるの」
「へぇ──え?」
雄太は、思わずしほの方を振り向く。
しほは正座して、穏やかに微笑みながら話をしていた。
「2年前、お酒を我慢出来なくてスーパーで万引きしたんだって」
「…………そっか……」
「私ね……桧山さん──佳音さんの事は恨んでないの。でも、お父さんをリストラした佳音さんの『お父さん』は恨んでる」
「…………そう……」
しほの父親は、佳音の会社で働いていてリストラされたのだ。
親子共々罪深い、と雄太は悪人を見ている気分になる。
「桧山さん達は全部持ってるのに、私達からは奪った。私から、大好きな人まで奪った」
しほは、膝の上に乗せた両方の拳に力を込める。
「……」
「だからね、天国で黒沢君と幸せになるの。桧山さんなんか連れて行かない」
「……桧山さんも連れていくって言ったら、僕が許さなかった」
雄太は無表情に呟く。
「桧山さんは、僕を裏切った罰として、一生僕と一緒にいるんだ……」
「『一生』……『一緒に』……」
しほは微笑んだままスッと立ち上がり、棚の上の木箱から何かを取り出した。
愛おしそうに持ってきて、雄太の前に片手の平を見せる。
シロツメクサのペアリングだ。
「何、これ」
「結婚指輪。私と黒沢君の……」
「『結婚指輪』……」
「ドレスは、今選んでるの」
「へぇ……」
「来週の土曜日ね……。私、誕生日なんだ……」
「そうなんだ。おめでとう」
雄太は素っ気なく言う。
今の時点で『おめでとう』と言うのもどうかとは思ったが、しほにどう思われようと興味はないのだ。
「ありがとう……」
しほは嬉しそうに、ふわりと笑った。
「良い人だったな……」
雄太はしほの笑顔を思い出し、感傷的に呟く。
火事が起きた土曜日の昼間、雄太はしほに呼び出された。
アパートに行くと、しほは白い総レースのワンピースを着て、シロツメクサの結婚指輪を嵌めていた。
「どう?」
「へぇ……似合うよ」
「ありがとう……。それから、これを渡したくて……」
渡されたのは、有名菓子店の焼き菓子の詰め合わせが入った紙袋だ。
「少しだけど、感謝の気持ち……」
「『感謝』?」
雄太は眉をひそめる。
「──あ、結婚おめでとう。『黒沢しほ』さん」
正直興味が無かったので、無感情に祝いの言葉を述べた。
だが、しほは目を見開くと、花が咲いたように満開の笑顔を見せた。
「ありがとう……!」
あの笑顔が、最後に見たしほの笑顔だった。
「桧山さんは、宮沼さんまで殺したんだ……」
思わず手に力が入り、雄太は手紙を握り潰してしまう。
その目には、友人を殺された憎しみが宿っていた。
シロツメクサの花言葉は『幸福』と『復讐』らしいです。
しほが、桧山親子を恨む『理由』と、火事を起こした『理由』です。




