確認
雨が降りそうだ。
ファミリーレストランで滝とお茶をしていたほのかは、ティーカップを両手でいじりながら、寂しそうに紅茶の水面を見つめていた。
ちらりと、向かい側に座る滝を見る。
滝は頬杖をついてぼんやりと外の景色を眺めており、その姿が、いつかの佳音と重なる。
「佳音ちゃん……学校来ないね……。」
ほのかは、寂しそうに滝にこぼす。
「そうだな。」
滝は外を見たまま、素っ気なく返す。
「修学旅行には、行くよね?」
「さぁな。」
不安そうに尋ねるほのかに、滝は尚も素っ気ない。
「……ねぇ、滝君……。」
「何だ?」
滝は頬杖から顔を上げ、ほのかを見た。
ほのかは滝に、佳音の下駄箱に入っている手紙の事を話そうとして、口を開きかける。
『どんな些細な事でも、あいつは巻き込まない。そう決めたんだ。』
佳音の言葉が蘇り、ほのかは躊躇した。やがて、ゆっくりと首を横に振った。
「…………ううん、何でもない。」
ほのかは無理矢理笑ってみせたが、佳音のように上手く笑えるはずもなく、滝に真剣な表情で「どうした」と聞かれた。
「本当に、何でもないよ。」
滝は少し悲しげな目でほのかを見た。
「嘘つく奴嫌いなんだけど。」
恐らく、佳音が散々理由を言わなかったりはぐらかしたりした故だろう。
その台詞にほのかは「えっ」と小さく声を上げる。
「えっと……──っ!」
俯いて目を泳がせていたほのかは、窓の外を思わず2度見した。
雄太が、向かい側の通りを歩いていた。
何食わぬ顔で歩いている雄太に、ほのかは沸々と怒りが湧いてくる。
(どうして……。)
佳音が不登校になった原因とも言える雄太を、厳しい目で追う。
「……佳音ちゃんが。」
「あ?」
「佳音ちゃんが、人を殴るはず無いよね?」
「さぁな。」
「え?」
賛同してくれると思っていたほのかは、予想外の滝の返答にショックを受ける。
「『怒り任せ』は無いだろうが、『咄嗟に』って事はあるかも知れねぇな。」
「『咄嗟』?」
「条件反射。」
「それくらいは──……どういう状況?」
「さぁ?」
ほのかは、考えたくない思考に辿り着いた。
(『佳音ちゃんが上原君を好きだった』なんて事はあり得ない。だって……。)
「おい?」
厳しい表情で黙り込んだほのかを、滝は心配そうに見つめる。
翌日。
昇降口のドアのそばで、滝は携帯をいじって雄太を待っていた。
「上原。」
滝はいつも通りのトーンで、歩いてきた雄太に声をかける。雄太はゆっくりと顔を上げると、少し驚いたように「……何ですか?」と滝を見た。
佳音が学校に来なくなってからも平然としているように見えたが、改めて真正面から見ると、少し憔悴しているようだ。
「話がある。」
「…………すみません。あとにしてもらえますか?」
「佳音の下駄箱に手紙入れてたの、お前だろ。」
雄太は数歩進めた足を止める。
「………何の話ですか。」
言いがかりはやめてください、と雄太はじろりと滝を睨み、再びふらふらと歩き出す。
「何回か見られてるってよ。その手紙見て、佳音がため息ついてる所も。」
「…………ため息?」
雄太はゆっくりと振り返り、滝を見る。
死んだような目の奥に、淀んだ光が宿っていた。
「……ここ、邪魔になりますね。向こう行きましょうか。」
雄太は先ほどよりも歩くスピードを上げる。滝もゆっくりと後を付いていった。
「──『ため息』って、どういう事ですか?」
体育館裏に着くなり、雄太は自分の疑問を口にする。
滝はそれに、どことなく自己中心さを感じたが「さぁ?」と興味なさげに小首をかしげた。
「困ってたんじゃねぇの?」
雄太はむっと口を尖らせる。
「そんなはずないでしょう。毎朝、手紙見てくれてましたし何回か返事も返してくれました。」
(わざわざ手紙読んだかチェックしてたのかよ……。)
雄太の自白に、滝は内心気持ち悪さを感じる。
元々、手紙を入れる瞬間を目撃した人など居らず、かまをかけたのだが、こうもあっさり引っかかるとは思わなかった。
「あー……認めるんだな。手紙入れてた事。」
「っ……。」
雄太は観念したように「はい……」と呟く。
「……本当に、佳音に殴られたのか?」
「殴られました。この場所で。」
雄太は目を伏せ、腹部を押さえる。
「理由は?」
「……。」
雄太は突然黙り込む。
滝は『いつ口を開くのか』と暫く待っていたが、やがて呆れたようにため息をついた。
「『お前に恋人がいるって勘違いした』から殴られたんじゃなかったのか?」
雄太は『味方が出来た』と言わんばかりに目が輝く。
「っそうです!そう──。」
「逆じゃねぇの?」
雄太の目から、一気に光が失われる。
「あいつ、『彼氏と別れた』って小さい声で言ってただろ。それ聞こえてたか?」
佳音がいつ『長門』と別れたのか、何が理由だったのかは一切分からない。
もしかしたら、佳音が雄太に好意を抱き、別れを告げたのかもしれない。
しかし、『それはない』と直感している。
「そもそもあの日……お前、何であそこに来た?」
滝が佳音に説教した日。何故か雄太は、佳音が来た直後に姿を表した。
「確か、『映画の日にちはいつにするか』とか、あのタイミングではどうでも良い事言ってた気がするんだけど。」
『どうでも良い』という単語が気に障ったのか、雄太は滝を睨みつける。
「……だって……。」
「あ?」
怒りの滲み出た口調に、滝は『やっと本当の事を話すか』と口を閉じる。
「だって……僕がいるのに1人であんな所行くなんておかしいじゃないですかっ!そしたら九条君と会ってて!しかも付き合ってる人がいたなんて!」
「だから『別れた』って言ってただろうが。何一つ話聞いてねぇんだな。」
滝は盛大なため息をつく。
「『九条君は彼氏じゃない』って言ってたけど、それも本当なんだか!あんな男好きだとは思いませんでしたよ!」
雄太は半ば狂ったように笑いながら、佳音を貶す。そんな雄太を、滝は呆れ果てた表情で見ていた。
「彼氏じゃねぇよ。あんな奴こっちから願い下げだ。」
(あの根暗には、馬鹿とヤバイ奴しか寄って来ねぇのか。)
そう思うと、佳音が少し不憫になる。
あの時佳音が『こいつは、彼氏でも何でもないから!』と必死に弁明した理由が分かった気がして、滝は『なるほどな』と内心呟いた。
(危害が加わらないようにしたのか。もしかして、吹雪と距離を置いたのも……。)
そう考えた瞬間、雄太よりも佳音に対して、怒りが込み上げてきた。
「一匹狼みたいなフリして、実は色んな男にすり寄って──。」
「それはねぇから安心しろ。」
雄太の妄想にも辟易してきて、滝は苛立ち混じりにそう言った。
「あいつはそんな器用な奴じゃねぇよ。」
(だったら、もっと知り合いいるだろ。)
「…………話戻すけど。」
滝はため息交じりに呟いた。
「何で、佳音に殴られた?」
「っ……。」
雄太は滝を睨んだまま、再び黙り込む。
滝は睨まれている事などお構いなく、面倒臭そうに「別に」と言葉を続ける。
「俺個人としては『佳音に何で殴られたか』なんてどうでも良いんだよ。ただ、お前の言い分に納得してない奴がいるし、幼馴染みとして、あいつは怒り任せに人を殴る奴じゃないと思ってる。」
「でも、殴られたのは事実です。僕は被害者です。」
尚も言い張る雄太に、滝は苛立ち「だから」と少し声を荒げた。
「…………もういいや。帰ろうぜ。」
何もかも面倒臭くなった。
突然の滝の発言に、雄太は「は?」と拍子抜けする。
「時間とらせて悪かったな。」
そう言うと、滝はさっさと帰ってしまう。
「ぇ……何だったんだ……?」
もっと荒っぽい事をされるかと思っていた雄太は、訳が分からず1人立ち尽くしていた。
「──あ、矢倉。」
体育館の角を曲がってすぐの所に、ほのかが心配そうに立って、滝を待っていた。
「滝君……あの…………ごめんなさい。代わりに聞いてもらって……。」
「別に。お前だと襲われてたかも知れねぇしな。それに、結局俺も理由聞き出せなかった。悪ぃ。」
謝る滝に、ほのかはぶんぶんと顔を横に振る。
「ううんっいいの!ありがとう……。」
「……行くか。」
歩き出す滝の横に並び、ほのかも一緒に校門へと向かう。
滝は、気落ちした表情で歩くほのかをちらりと見た。
雄太に理由を聞こうが聞くまいが、佳音はもう来ない。
滝はそう直感していた。
どこか虚しさを感じながら、滝は視線を前方に戻す。
翌日から、何故か雄太も学校に来なくなった。
これでも、1番悩みました……。
正直な人が少ないですね。




