告白2
吹雪に初恋があった。
その事に、滝は内心ひどく驚いた。
(あいつに『初恋』?)
初めて聞かされる親友の話に、滝は興味を抱く。
子供の頃の吹雪は、一言で言えば『子供らしからぬ子供』だった。
今と同じでからからと笑っていたのは変わりないが、それが明らかな愛想笑いで、心からの笑顔など数える程度しか見た事がなかった。遊びの誘いはいつも断り、学校が終わると、吹雪は祖父と共に道場で剣道の稽古ばかりしていた。
当時は「そんなに剣道が好きなのか」と思っただけだったが、今にして思えば『放課後にバイトをみっちり入れられている学生』のようなものだったのだろうと、少し可哀想になる。
「へぇ、お前に初恋なんてあったのか?広く浅く付き合っといて誰にも入れ込まないと思ってた。」
そう毒づいてはいるが、滅多に人の好悪を言わない吹雪の恋愛話だ。ベッドの上で壁に背を預けていた滝は、自然と前のめりになる。
だが、心のどこかで「聞いてはいけない」と警鐘が鳴っている。
『ひどいなぁ。俺だって人間なんだけど?』
電話越しで、吹雪は苦笑する。
「真面目に取りあう事が少ねぇからだろ。それで?」
滝は声音を弾ませて続きを催促する。だが好奇心に満ちた頭の片隅で、吹雪は何故この話をし出したんだろう、という疑問がぼんやりと浮かんだ。
『うん──俺の事、初めて純粋に『すごい』って言ってくれた子でね。……佳音となら、ずっと一緒にいても良いと思った。』
滝は耳を疑った。
「今…………何て言った?」
吹雪の優しい声音とは対照的に、滝の表情は険しいものになる。
『だがら、俺の事初めて──。』
「つーか、何で今そんな話するんだ?」
吹雪の言葉を、ドスの効いた声で遮る。
自分で質問しておいて返答を遮るなどと、普段の滝からはありえない事だ。
だが、吹雪からの返事がない。
「──おい、吹雪?」
滝は携帯の画面を見る。電話が切れていた。
滝は携帯を思いっきり床に投げつけたようと振り上げる。が、どうにか留まり、ゆっくりと腕を下ろした──。
(こいつ、何考えてんだ……。)
滝は、訝しげな目で吹雪を凝視した。目が合った吹雪は、何かを思い出したように「あっ!」と声を上げる。
「ごめん!昨日の電話、途中で電池切れちゃって!」
「そうかよ。」
「本当だって!あの時、携帯の電池が20%しかなくって、充電しなきゃっては思ったんだけど──!」
ぶっきらぼうに返す滝に、吹雪はわざとじゃない事を必死に弁明している。
吹雪の弁明を聞いていた和樹も、滝が『電話が切れた事』に怒っているのだと思ったらしく「許してやれよ」と呆れ気味に吹雪に同調した。
「別に怒ってねぇよ。」
「嘘つけ!!」
本気で言っている吹雪と、からかい気味に言っている和樹の声が重なった。
「うるせぇ、マジで怒るぞ。」
(つーか、てめぇは関係ねぇだろっ!)
滝は、八つ当たり気味に和樹を睨む。
その鋭さに和樹は一瞬怯むが、苦笑いを浮かべながら「……じゃあ」と問いかける。
「何に怒ってんだよ?」
「何って──。」
滝は一気に冷静になる。
(何に、怒ってたんだ?)
昨日の、吹雪との電話が切れた事ではない。
吹雪の初恋話が聞けなかった事でもない。
ほのかとの交際が、すでに知られている事でもない。
「何に……。」
滝は顎に手を当てて考え出す。
「おーい?大丈夫かー?」
和樹は身を屈めて、滝の顔を覗き込む。だが、滝は完全に物思いにふけてしまい、和樹に一瞥もくれない。
和樹は姿勢を元に戻し、吹雪を見下ろした。
「本当に大丈夫か?こいつ。」
「うーん……。大丈夫だと思うよ?」
吹雪も困ったような笑みを浮かべ、和樹を見上げた。
帰りのHRが終わった。
クラスメイトが帰り支度をしている中、佳音は席に座ったまま困ったようにため息をつく。
今日一日、佳音は授業に集中出来なかった。朝に下駄箱に入っていた、ラブレターのせいで。
頭の中では、1つの疑問がずっと答えも出ずに巡り続けている。
(何故?何故私なんかに?もっと他に可愛い子いるだろう!1組の本田さんとか、桜庭さんとか、3組の──。)
矢倉さんとか。
差出人の趣味を疑って美人な同級生を挙げているうちに、連鎖的にほのかの事を思い出してしまった。
(矢倉さんは……駄目だな。あいつがいるから。)
佳音はふっと自嘲気味に笑う。膝に乗せた鞄の中で、ピンク色の手紙を静かに開いた。
『桧山佳音さん。あなたの事がずっと好きでした。お返事を聞かせていただきたいので、今日の放課後、体育館裏で待っています。2年1組 上原雄太』
(いるんだな。澤木君以外にも──。)
『お前みたいなロボットじみた奴に好意を持つ物好きが。』
佳音は不意に滝の台詞を思い出す。
(ざまぁみろ。)
わずかだが、佳音は勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべた。
だが、佳音はこの告白を断るつもりだ。
(話した事ないんだよなぁ……申し訳ないが。)
話すどころか、同じクラスになった事もない。佳音からすれば、顔を知っているだけで全く共通点がない人物なのだ。
(とりあえず、行くか。)
佳音は緊張した面持ちで席を立った。
体育館裏に着くと、制服をきっちり着こんだ男子生徒が、そわそわと落ち着きのない様子で立っている。色白の細身で、いかにも文化部に所属していそうなか弱さが印象的だった。
吹雪も色白で細身だが、剣道をやっているだけあり、常に背筋が良く物怖じしない。運動をしていないだけでこれだけ違うのか、と佳音はつい比べてしまった。
「あの……上原さん?」
佳音はおずおずと声をかける。
それに気付いた雄太は、弾かれたように顔を上げた。
「あっ桧山さん!」
雄太は、佳音が来た事にほっとしたのか「良かったぁ」とこぼした。
「あの……手紙……。」
「読みました。ありがとうございます。」
佳音は微笑みながら丁寧にお辞儀をする。その動作と物言いに、雄太の表情がぱっと明るくなった。
「っじゃあ……!」
「ぁっ……ごめんなさい!お気持ちは嬉しいんですけど……。」
佳音は慌てて、胸の前で両手の平を見せる。雄太の表情が絶望したようなものに変わった。
「……え?」
「あの……ごめんなさい。上原さんとは、あまり話した事もないですし……同じクラスになった事も、ないですし……。」
ごめんなさい、と佳音はもう1度呟く。雄太は泣きそうになっていた。
だが、雄太の次の台詞に、佳音は目を丸くする。
「えっと……これからも……絶対に、ですか……?」
「は?」
「これから仲良くなればっ……絶対に、付き合えませんか……?」
「それは…………どうでしょう……?」
佳音は言葉を濁しながら、若干後退る。雄太に、言い知れぬ恐怖を感じていた。
「あの、友達から──。」
「すみませんっ!予定あるので!」
佳音は、今度は素早くお辞儀をして、小走りでその場を離れる。雄太は、まだ何か言いたげだったが、佳音はそれを横目に構わず走り去った。
あけましておめでとうございます……に、相応しくない内容ですみません。
結局、初恋の内容が分からないという……。