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それぞれ

「ほのか──最近、九条君と仲良いよね。」

 昼休み、滝から借りた漫画を読んでいたほのかを、友人の桜井花さくらいはなは窺うような目で見た。

「そうだねー…………うん。」

 ほのかは少し目を伏せ、はにかむように言う。

「よく喋れるね-。私、なんか彼苦手で……。いつも苛々してるっていうか……。」

 彼女は名前の通り、桜の花の似合いそうな、優しく儚い雰囲気のある少女だ。滝のように、はっきりとした性格の人物の前では、桜の花が散るかのように意思が散り散りになってしまいそうになる。

「滝君、そんな怖い人じゃないよ?確かにぶっきらぼうだけど、しっかりしてて、強くて──。」

 ほのかは漫画で口元を隠しながら頬を染める。

「──好きなの?」

 花の率直な質問に、ほのかは一気に赤面した。

「っ………………うん……。」

 ほのかは小さく頷く。

「やめたといたら?だってあの人、彼女いるでしょ?」

 本人達が嫌い、皆が思っているであろう誤解を花も口にする。

「それが……本人たちに聞いたら即答で『違う』って……。」

「え?いつも一緒なのに?」

 一緒にいる義務があるらしいのだが、いまだにその理由は分からない。尋ねた事もないが。

 ほのかが首を傾げていると「でも」と花が口を開いた。

「最近、桧山さん1人で学校来てるよね?」

 花の発言に、ほのかは目を丸くした。

「滝君、佳音ちゃんと一緒じゃないの?」

 ほのかが聞き返すと、花は「うん」と頷いた。

「何で?」

「知らないよ。」

 ほのかが知らない事を、滝や佳音と話した事がない花が知っているはずがない。

 どんな反応をするのかと、花は内心ほのかを観察した。ずっと一緒にいた滝と佳音が距離を置いている。そもそも、『付き合っている』という噂自体が、間違っていたのだ。実らぬと思われていた恋が成就するかもしれないチャンスに、ほのかは目を輝かせて笑みを見せるのか?ガッツポーズでもしてやる気を滾らせるのか?花は色々なリアクションを想像し胸を躍らせた。だが予想に反して、ほのかはどこか気落ちした表情で手にした漫画を見つめただけだった。



 ほのかが昇降口にローファーを下ろすと、下駄箱を挟んだ右隣でスニーカーを落とす音が聞こえた。何とはなしに視線を向けたほのかは、その人物を認識して目を輝かせる。

「滝君!」

 突然名前を呼ばれ、滝は肩を跳ね上げる。驚いた表情でゆっくりほのかへ顔を向け、少し呆れたようにため息を吐いた。

「お前なぁ……そんな大声で呼ばなくていいだろ。」

 滝の指摘に、ほのかは「ごめん」と恥ずかしそうに謝った。ふと滝は軽く周囲を見回し、疑問を口にする。

「1人で帰るのか?」

 ほのかはぎくりと肩を強張らせる。

「うん……。でも大丈夫!まだ明るいし人も──。」

「送ってこうか?」

 思わぬ発言に、ほのかは1テンポ遅れて「え?」と素っ頓狂な声で聞き返した。

「だから、送って──。」

「そ、そんな!確かにこの前は送ってもらったけどっ!すごく嬉しかったけどっ!でも滝君の家とは逆方向だし!そんな迷惑かけられないよ!だからっ──。」

「『迷惑』って言うんだったら少し声のボリューム落としてくんねぇかな?」

 滝の冷静なクレームに、ほのかは慌てて辺りを見回す。下校する生徒達が、変なものでも見るような目で2人を見ていた。

「ご、ごめんなさい……。」

 ほのかは先程の比ではないほど赤面し、両手で顔を覆った。

 しばらくして、落ち着いたほのかと滝が並んで歩く。淡い夕陽が、校庭を並んで歩く2人を照らし出している。話している内容は、半分が漫画の事、もう半分が世間話だ。

 ふと、ほのかは足を止め、憂いたような表情で地面を見つめた。2・3歩先に進んでしまった滝も、歩みを止めて半身だけ向き直る。

「どうした?」

「滝君。今……佳音ちゃんと、一緒じゃないの?」

 ほのかの言葉に、滝はわずかに表情が険しくなる。初めて、面と向かって見た滝の刺すような視線に、ほのかは息を飲む。

「……そうだな。もう一緒じゃねぇよ。」

 滝はそっぽを向きながら、頭の後ろを掻く。表情とは裏腹に声のトーンは先程までと変わらないものだった。

「……どうして?」

 ほのかは恐る恐る尋ねてみる。それを察したのか、滝は軽く笑い「さぁな?」と肩をすくめた。

「こっちが聞きてぇよ。急に『引っ越す事にしたから』とかぬかしやがって。」

「引っ越す?」

「あぁ。今、高柳で一人暮らししてるんだと。」

(──もしかして、『長門』って奴も家に上げてんのか?)

 ふと、そんな疑問が頭を過ぎる。何故か、それを考えると黒いもやが思考を覆う。まるで体の底から湧き出るようなそれは以前よりも色濃く、このまま自分の周りに沈殿してしまうのではないかと思うほど重厚なものになっていた。

 どんな男なのか?佳音の事をどれくらい知っているのか?佳音を守れる強さがあるのか?佳音に──どれくらい触れたのか?

「滝君?」

 突然黙り込んだ滝に、ほのかは心配そうに声をかける。現実に引き戻された滝は、ほのかを見て、何か思いついたように「そうだ」と呟いた。

「矢倉から、聞いてくんねぇかな?」

「え?何を?」

 滝からの抽象的な依頼に、ほのかは首をかしげる。

「あいつが引っ越した理由。俺が聞いても『別に』しか言わなくてさ。」

 佳音の台詞を思い返して怒りが再びこみ上げてくるが、それを隠してなるべく朗らかな口調で頼む。

「お前だったら、何か話すかも知れねぇ。」

 ほのかは呆けた表情のまま、やや理解していないかのように頷いた。



 ピアノの音色が音楽室に響く。曲はベートーヴェンの『悲愴・第2楽章』。

「めっちゃくちゃ悲愴感漂ってるね。」

 合唱部の部長・三科楓みしなかえでは、苦笑いを浮かべながら楽譜を団扇うちわのように煽がせた。

「佳音-。今日先生が休みなんだけど、この曲弾けるー?」

 佳音は楓から、ぺらり、と楽譜を渡される。文化祭で発表する曲だ。

「あぁ、先生から渡されて弾いてました。」

 楽譜を見ながら、懐かしい、と佳音は思う。十数年前のアニメ映画の主題歌で、今も知っている人は多いだろう。

「そういえば、最近『彼氏』見ないけど……どうしたの?」

 他の部員が聞きたくても聞けなかった事に、申し訳なさそうだが、楓はあえて切り込む。だが、先程のピアノの音色といい、皆が思っている事は同じだった。

「『彼氏』ではありません。ただの幼馴染みです。」

 佳音の平然とした返答に、部員たちはざわつく。

「えー?あんな格好良い人が?ちょっと性格きつそうだけど。」

 嘘つけ、とでも言いたげな楓をよそに、佳音は顎に手を当てた。

「まぁ、真面目ですね。確かにあまり笑いませんけど、きついわけじゃないと思いますよ。」

(私が怒らせているだけで。)

 ふと、佳音は気になっていた質問を皆にぶつけてみる。

「あいつ……見目は良いじゃないですか。『ちょっと良いな』と思ったりしないんですか?」

(私の事、邪魔だと思ったり──。)

 衝撃的な発言をさらりとする佳音の質問に、部員たちは再び顔を見合わせる。小説に出てくるような、見目の良い異性と一緒にいる奴に対する『嫌がらせ』というものを佳音は受けた覚えがないのだ。佳音自身、そういうものに元々鈍感である事に加え、滝への畏怖が勝っていた事もあるのだろうが。

「確かに格好良いけど……。」

「ちょっと、怖いかな。あまりにもはっきりしてるっていうか……。」

 滝は見目も良く、座学も運動も出来る。ただ、花も同じだが、はっきりしすぎていて近づきづらい雰囲気があるのだ。特におっとりした性格の人には受けが悪いのだろう。

「私は何とも思わないけど?」

 そうだろうな、と佳音は思う。

 楓は、どことなく夏希と似た雰囲気があり、佳音は楓に懐いていた。

「……まぁ、お喋りはここまでにして、そろそろやりますか。挨拶するよー集まってー。」

 先生がいないせいか、楓は緩い口調で集合を促す。思い思いの場所にいた部員たちは楓の前に集まり、先生からの伝言や練習メニューなどを聞いていた。

「『──以上の点に注意して練習してください。頑張ってね!』だそうです。じゃ、いつも通り筋トレからねー。」

 言い終わり、皆はペアを作って筋トレを始めた。

 佳音は入り浸っているだけであって合唱部員ではないので、皆が筋トレをこなす間、文化祭の曲を弾いている。

(私が部活に入っていれば、滝はもっと早くに自由になれたのかもしれない。)

 ピアノに没頭しながら、そんな事を考える。

「筋トレ終わったよー。佳音ー?」

 尚も弾き続ける佳音に、楓はもう1度、間近で名前を呼ぶ。我に返った佳音は、「すみません!」と慌てたように頭を下げた。

 

 


それぞれの放課後の過ごし方です。滝は、心配なのでやっぱり送って行きました。

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