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謝罪

 数日後──。

「すいませんでした。」

 カラオケルームの1室で、佳音は深々と頭を下げる。頭を下げられた亮介は、訳が分からずきょとんとした表情で向かい側に座る佳音を見ていた。

「…………えーっと……?」

 亮介は、佳音と自分のちょうど中間に座っている吹雪へと視線を移す。目で「どういう事だ?」と問いかけている。

「佳音。謝るだけじゃ分かんないでしょ?」

 吹雪は、俯く佳音に優しく促す。まるで親が子供にさとしているようだ。

「……あのー…………何の話?」

 亮介は困ったような笑みを浮かべ、2人を交互に見た。

 滝にも苛立ちながら似たような事を言われた覚えがあるな、と佳音は頭の片隅で思う。目を瞑り、緊張で強張った体から力を抜くように静かに深呼吸をする。目を開け、意を決したように「前に」と話し出した。

「『私に、彼氏がいる』と言ったの、覚えてます?」

 亮介は泣きそうな表情をする。

「そりゃあ……覚えてるさ。でも仕方ないって!きっと俺なんかより数倍格好良い──。」

「あれ。」

「へ?」

「嘘なんです。」

 亮介は呆然としたように、空元気な笑顔のまま動きを止めた。

「…………う、嘘?」

 佳音は小さく頷く。

「本当に、すいませんでした。」

 佳音は再び頭を下げる。亮介は戸惑いながら思わず、何か知っていそうな吹雪へと疑問を投げかけた。

「え、どういう事?」

 吹雪は佳音へ、理由を説明するように目で促す。

「……あなたが、私の事を本当はどう思っているのかが、分からなかったんです。」

 亮介は、言っている意味が分からない、とでも言いたげに佳音を凝視した。

 佳音は静かに続けた。

「中学の時、『私のいない3日間が幸せだった』って滝と話してた事、覚えてます?」

 佳音が窺うように亮介を見ると、彼は首をひねっていた。どうやら覚えていないようだ。

「そう話してたんですよ。……私がいない方が幸せだと。」

 もしかしたら、亮介は当時冗談のつもりで言ったのかもしれない。はたまた、本当に佳音の事が嫌いだったが、後に好意を抱く出来事があったのかもしれない。だが、今更そんな事に思考をめぐらせても仕方がない。

「嘘をついてすいませんでした。でも、正直あなたを信じられなくて……。」

 佳音の眼差しに疑いの色が混ざる。

「……ひでぇな……。」

 佳音を見たまま、亮介が呟く。呆然としていた表情が失望したような笑みに変わっていった。

「そんな奴だと、思わなかったよ……。」

 亮介の言葉と表情が、佳音の胸に刺さる。佳音は居たたまれず、再び目を伏せた。

 たっぷりと、間が置かれる。2・30秒ほどだったのかもしれないが、佳音にはそれが数分にも感じられた。その間、吹雪は強い眼差しで亮介を見つめている。

「…………好きです。」

 佳音は目を見開く。

「俺は、佳音が!好きです!」

 亮介は赤面しながら、真っ直ぐな瞳で佳音に言い放った。

「中学の時のその話は覚えてないけど、傷つけたんなら謝る!でも、俺は中学の時から佳音が好きだった!」

 一区切りついたのか、亮介はグラスに残っていたホワイトウォーターを一気に飲み干す。亮介の真っ直ぐさに、佳音は圧倒されて視線を逸らす事が出来ない。亮介の声量に、カラオケルームにして良かった、と吹雪がひっそりと思っていると亮介は「っでも!」と言葉を切った。

「──答えは、変わんないんだよな?」

 亮介は悲しそうな笑みを浮かべ確認する。佳音はこくりと頷く。疑ってしまった罪悪感と感謝で胸が締め付けられる思いがした。

「そりゃそうだよなぁ!『信じられない』奴と付き合うとか、出来ねぇもんなっ……!」

「ごめんなさい……。でも、ありがとう。」

 笑顔のまま涙声になってきている亮介につられ、佳音も、辛そうだが優しく笑う。

「──悪ぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ!」

 鼻をすすりながら亮介は笑顔で部屋を出て行った。



「本当……だったんだな……。」

 佳音はぽつりと呟く。背もたれに寄り掛かり、魂が抜けたような虚無的な目でテーブルを見つめていた。

「私を好きになってくれる人なんて、いないと思ってた。告白なんて初めてだしな。」

「いやぁーそれは……。滝がいつも一緒にいたからじゃない?」

 吹雪は顎に手を当てながら、少し明るめのトーンで言う。佳音は虚無的なまま、口角だけをわずかに上げた。

「……あいつにも、死ぬほど迷惑をかけた。父親に頼まれて『好きでもない奴のお守り』を、ずっとしなきゃならなかったんだ。」 

 その結果、部活にも入らず、放課後に友人と自由に遊ぶ事も出来なかった。中学2年生の夏祭りに至っては、怪我まで負わせてしまい、あれ以降滝は態度を更に硬化させた。ちらりと聞いた話だと「恋人を守った勲章」等と冷やかした奴もいるらしい。中学では何度も距離を置こうと思ったが、どうしてもその勇気が出ず、滝の鋭く尖ったような嫌悪感だけをそばで感じ取る日々が続いた。高校まで同じになったと知った時、『わがままを言わない』事と『馴れ馴れしくしない』事が、自分に出来るせめてもの罪滅ぼしだと思った。ついこの間、成り行きでやっと離れる事が出来たが。

「ようやく、手放せた。」

 佳音はやや満足げに言う。

 「……そう。」

(かな?)

 佳音の言葉を静かに聞いていた吹雪は、内心の疑問符をあえて口にはしなかった。いつも通りの時間に登校して、時間ギリギリに廊下を走っていく佳音を見るのが今の滝の習慣になっているなど、佳音は知るよしもない。

(離ればなれになっちゃった分、逆に縛りつけてるような気もしなくもないんだよねぇ。)

 メニュー表をテーブルの上に広げながら、吹雪は呑気に考える。彼から見ると、滝は真面目で面倒見の良い所もあるが、嫌いな奴に付き合ってやれるほどお人好しな性格ではない。基本的に「自分でどうにかしろ」という考えの持ち主だ。亮介や和樹のような、それを知ってか知らずか甘えてくる奴もいるが。

 数分後、目と鼻を赤くした亮介が帰ってきた。少し魂が戻って気まずそうな佳音と目が合ったが、吹雪の広げているメニュー表を見るなり「チョコケーキある!?」と表情を輝かせた。


佳音は、1人だと結構時間にルーズです(笑)

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