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さよなら

 夏休みもあと1週間ほどで終わる。

 ハンバーガーショップで、滝と亮介はテーブルを挟んで向かい合う形で座っていた。亮介の隣には、課題の詰め込まれた鞄が置かれている。

「なぁ滝。俺失恋した。」

「へぇ。残念だったな。失恋の上に補習で、課題が終わんないときたか。」

 滝は携帯をいじりながら興味なさそうに「ドンマイ」と相槌を打つ。

「傷口に塩塗んなよぉー。だってショックで課題手に付かねぇし、そもそも問題訳分かんねぇし、読書感想文の本全っ然読んでねぇし……。」

「知るか。他の奴らはそれを期限内に1人で終わらせてんだよ。つーか、他校の俺を巻き込むな。」

「分かってるけどさぁ-……。」

 亮介は尚もごちて、テーブルに突っ伏す。しばらく放置しておいたが、いつまでも起き上がらない亮介を滝は心配そうに横からのぞき見た。

「……おい、大丈夫──。」

「あー……。やっぱり先にお前に聞いときゃ良かった。佳音に彼氏がいたなんてさー……。」

 亮介の言葉に、滝はのぞき込んだ形のまま固まった。

「…………は?」

「いや、佳音に彼氏がいても何も不思議じゃねぇよ?でもいない事を、いない事を祈って!この間聞いてみたんだよ!……まぁ、やっぱりダメだったけどさぁ……。」

 亮介はテーブルに向かって1人でブツブツ言っているが、滝の思考はそれどころではない。

(彼氏?聞いた事ねぇぞ、そんな事。一体いつから……。)

「…………どんな奴とか、聞いてたか?」

 普段聞くことのない低音で呟いた滝に、亮介は驚いたように「へ?」と顔を上げる。滝は我に返ったように目線を逸らしながら背もたれにゆっくり体重を預け、いつもの声音で話し出した。

「いや、俺も…………初めて聞いたから。そんな事。」

「そうなのか?」

「……悪い。用事思い出したから帰る。」

「へ?」

 滝は動揺を隠すように、トレイを持ってそそくさとハンバーガーショップをあとにする。足早に去っていく滝の後ろ姿を亮介は不思議そうに見つめた。



 滝は佳音に電話をかけながら、足早に大通りの道を歩いている。だが、佳音は電話に出ない。

(何か前にもあったな!こんな事っ!!)

 苛立ちながら耳に当てた携帯を睨みつける。不意に、車道を挟んで向かい側から、手を繋いで歩いてくるカップルが目に入った。それを見た瞬間、滝は一気に冷静になる。

(何やってんだ、俺。)

 滝は耳から携帯を放し、2人を見つめた。

(俺には、どうでもいいことだろ。あいつに彼氏がいようが関係───やべっ!!)

 滝は慌てて携帯の画面を見る。ちょうどそこに、佳音から折り返しの電話がかかって来た。用事が思い浮かばないが、自分からかけてしまったものだ。滝はしぶしぶ電話に出る。

『……もしもし。』

「あぁ。」

『何だ?』

 いつも通りの、テンションの低い声音で用件を促す。

「いや、大した用じゃないんだ。悪い。」

『珍しいな。』

「……あぁ、そうだな。じゃ。」

『っいや、ちょっと待ってくれ!』

 電話を切ろうとした滝は、佳音の珍しく焦った声で携帯を耳元へ戻す。

「何だ。」

『…………今夜、暇か?』

「は?」

 佳音の言葉に、滝は素っ頓狂な声をあげる。佳音が自分を誘うなど、今までなかったことだ。

「今、携帯じゃ駄目なのか?」

『……なるべく、直接会って話したい。』

 佳音の話し方がわずかに口ごもっているような気がして、滝は訝しげに眉をひそめる。

「あぁ……そ。別に良いけど。」

『ありがとう。』

(『ありがとう』?)

 普段の佳音の話し方ならば、「すまない」や「悪い」という堅苦しい言葉を使うはずだ。まるで今生の別れのような言葉に、滝は一抹の不安に駆られる。

「で、何時に、どこに行けば良い。」

『……どうするか……。』

「そこは決めてねぇのかよ。」

『…………すまない。』

 間髪入れずに突っ込む滝に、佳音はいつもの話し方で小さく謝る。

『んー………………うーん……。』

 しばらく考え込んでいる佳音に、滝は痺れを切らした。

「じゃあ、7時にマンションのエントランスで良いか?」

『いや、あまり人と会いたくない──。』

「じゃあ近くの公園で良いか?」

『……分かった。じゃあ、7時に。』

「あぁ。」

 滝は、佳音の優柔不断さに苛立ったように電話を切る。



「滝、どこ行くの?」

 買い物から帰ってきた貴子は、玄関で丁度家を出ようとしている滝と鉢合わせた。滝は靴を履いたまま、携帯の画面をチェックしている。

「なんか佳音が話あるんだってよ。」

 ドアに手をかけ「面倒くせぇ」と滝はごちる。

「分かった。いってらっしゃい。」

「行ってきまーす。」

 滝はだるそうな声で家を出ていった。だが内心、昼間の電話で感じた不安を一刻も早く拭い去りたくて、歩調がいつもより速くなっている。

 マンションから歩いて5分。公園に人影はなく、街灯の明かりが木々と遊具を照らしていた。

(満月か。)

 滝は何とはなしに夜空を見上げる。視線を地面へ落とした滝は、長椅子に誰かが座っているのを視界の端で捉える。あまりの気配の無さに、滝は肩を跳ね上げた。

 佳音が、膝の上に鞄を置き、眠るように長椅子に座っている。

「こんな所で寝るなよ。」

「寝ていない。」

 佳音は俯いたまま、ぱちりと目を開く。

「すまない。手間取らせて。」

「別に。」

 立ち上がる佳音を見たまま、滝は素っ気なく答える。

「で、話って何だ?」

「ぁ…………これ。」

 佳音は、自分の隣に置いていた小さな紙袋を手渡す。

「この間の、お返し。貰いっぱなしは癪だからな。」

 滝は呆れたように紙袋を受け取る。入っているのは、この辺りで有名な洋菓子店のパウンドケーキだ。

(必要ねぇのに……。まぁ、確かにこっちも『誕生日おめでとう』って言わなかった気がするしな。)

「どうも。……まだ、話ありそうだな。」

 躊躇いがちに目を伏せる佳音を見て、滝は用件を促す。佳音は黙ったままだ。

(呼び出しといてそれはねぇだろ!)

 いつまでも口を開かない佳音に、滝は頭を搔く。

「用無いんなら帰るぞ。」

「……引っ越す、事になった。」

 公園の出口へ足を向けた瞬間、佳音が消え入りそうな声で呟いた。滝は顔だけを佳音へ向ける。

「……1人暮らし、することにした。」

「…………1人暮らし?」

「あぁ。」

「お前が?」

「あぁ。」

 滝は呆気にとられていたが、我に返ると佳音へと向き直り「はっ」と鼻で笑った。

「無理じゃねぇの。自己管理できなくて倒れんのがオチだろ。」

「大丈夫だ。一応は家事全般出来る。」

 馬鹿にするな、とでも言いたげに佳音はキッと滝を睨む。

「いや無理だ。やめとけ──ん?」

(1人暮らし、することに『した』?)

 滝は佳音の言葉を反芻し、内心冷や汗をかく。

「おい……。まだ、部屋とか決まってないよな?」

 顔を引きつらせて聞いてくる滝に、佳音は「いや」と小さく首を横に振る。

「高柳に……借りた。」

 滝は呆然とした。が、額を片手で押さえるとクツクツと笑い出す。

「昔から奔放な奴だと思ってたけどよ……。ここまでくると身勝手だな。」

 佳音はぴくりと反応する。

「──奔放?」

 初めて感じる佳音の怒気に、滝は笑うのをやめる。だが、その怒気も一瞬の事だった。

「そうか。お前にはそう見えるか。」

 嘲笑気味に言う佳音に、滝は怪訝な目を向ける。

「言いたい事あるんだったら、はっきり言えよ。」

「別に?言いたい事は特にない。」

「嘘つくなよ。大体、何で急に引っ越すんだよ?」

「別に?奔放な奴の奔放は発想だ。」

 佳音は穏やかに笑う。反対に、滝は理由を言おうとしない佳音に苛立ちを募らせた。

「『奔放な発想』で1人暮らし出来るってか?お嬢様は自由で良いな。」

「……何だと?」

 佳音は先ほどよりも怒気を強め、じとりと滝を睨む。今度は佳音が鼻を鳴らした。

「お守りから解放されるのに。素直に喜べば良いものを。」

 ぼそりと聞こえた佳音の呟きに、滝も怒気を強める。

「そりゃあ嬉しいさ。お前みたいな根暗な奴のお守りなんかずっと願い下げだったからな。頼まれて嫌々やってる上に『付き合ってる』なんて勘違い、反吐が出る。」

 半ば笑みを浮かべて毒づく滝の事を、佳音は無表情のまま黙って見ている。

「……言いたい事は、それだけか?」

 佳音は落ち着いた声音で尋ねた。その落ち着きが、滝を余計苛立たせる。

「まぁ、お前みたいなロボットじみた奴に好意を持つ物好きだっているんだしな。亮介もそうか。良かったな、お前なんかを彼女にしてくれる奴がいて。引っ越すのも、そいつの家の近くか?」

 1度顔見てみてぇよ、と饒舌に話す滝に佳音は目を丸くする。

(彼女?…………あ。)

 佳音は亮介についた嘘と、モデルにした人物を思い出した。

「長門、君?」

「は?」

 滝は、佳音の口から出た男の名前に眉をひそめる。

「へぇー。『長門』ていうのか、彼氏。せいぜい捨てられないように頑張れよ?」

 滝はあざけるように言った。

「ぇ……いや…………彼は…………。」

 佳音は青ざめて、消え入りそうな声で否定する。

「『捨てる心配はない』ってか?」

「……そうじゃ、なくて…………。」

 彼氏じゃない、友人の弟だ。

 はっきりそう言いたいのに、喉の奥が張りついて上手く言葉が出てこない。

(嘘だと正直に言った方が良いだろうか、でも、これ以上怒らせるのは──。)

 誤解と恐怖で涙で視界が滲んできた佳音は、泣き顔を見られないようにと顔を俯ける。

「そんな泣きそうな顔してどうしたよ?隠し事がばれてまずいとでも思ったか?」

「……だから…………違う…………。」

 佳音は弱々しく首を横に振る。だが、次の一言で佳音は一気に涙が引いた。

「安心しろ。お前が誰となにしようと、興味なんかねぇから。」

 佳音は少しの間固まると、ゆっくりと片手で口元を押さえる。指の隙間から、気のふれたような気味の悪い笑みが見えた。

(そうだった。こいつは、私なんかに──。)

「っはは、そうだった。あーぁ、なんか馬鹿らしい。」

 急に口調を崩した佳音を、滝は不気味そうに見る。

「おい、急にどうした。」

「別にー?なんかあれこれ気にかけてたのが馬鹿みたいに思えてな?どうでもよくなっただけだ。」

 腰に手を当て、吹っ切れたように笑う佳音を、滝はいよいよ心配した。

「大丈夫か?」

「は?あぁ、大丈夫大丈夫。ていうか、よく興味ない奴の心配なんか出来るな?」

 佳音は、心配する滝を鼻で笑う。佳音の小馬鹿にしたような言い方に、滝は「あ?」と殺気を滲ませた。

「人が心配──。」

「『してやってるのに?』」

 佳音は滝の台詞を予測して、同じ言葉を重ねる。同じ言葉を重ねられた事に、滝は目を丸くした。

「そいつはどうも。随分とお優しい事で。」

 尚も同じ口調で言い続ける佳音に、滝は射殺さんばかりの殺気を向ける。

「馬鹿にしてんのか?お前。」

「してないさ。はい、今まで根暗で奔放な奴のお守りしてくれてありがとう。お疲れ様。これでもう自由だ。」

 踵を返して帰ろうとする佳音に、滝は「おい」と粗暴な声をかける。

「まだ質問答えてねぇぞ。何で引っ越すんだ?」

 佳音は立ち止まり、面倒くさそうに首だけを後ろに回した。

「はぁ?奔放なお嬢様の奔放な発想。そう言っただろう?」

「納得出来るか!」

「もう決めた事だ!口出すな!」

 初めて聞く佳音の怒鳴り声に滝は一瞬怯む。だが、佳音は止まらない。

「しつこいんだよ!やっと自由になれるってのに、理由がそんなに必要か!?こっちだってお前が嫌々やってるのは分かってるし、私自身頼んでもいないっ!嫌なんだから、喜んでやめれば良いだろう!!」

 佳音の言葉を聞いて少しの間の後、滝は静かに口を開く。

「……そりゃあ、喜んでやめるさ。いっそ俺の前から消えてもらった方が、もっと有難い。」

 佳音は目をつむり、歪んだ笑顔のまま滝の言葉を受け止める。

「──さて、話はこれで全部だ。じゃあな。」

 佳音の言葉が終わるなり、滝は1つ大きな舌打ちをして踵を返して歩き出す。が、数歩歩いて足を止めた。

「要らねぇよ、これ。」

 滝は佳音に背を向けたまま、彼女に見えるように、パウンドケーキの入った紙袋を自分の真横に落とす。

「じゃあな。」

 そう素っ気なく言うと、佳音に一瞥もくれず再び歩き出した。今度こそ、歩みは止めない。

 佳音はその後ろ姿を焼き付けるように、見えなくなるまで目で追い続けた。

  

 


やっと、書きました。喧嘩のシーン。難しい……。

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