これがあたしの、新しい日常
「ねえお兄ちゃん! その細長いの何? 髪の毛?」
「字面だけ見ると恐いな、その発言」
東京都内にあるアパート。六畳一間で繰り広げられる会話。
台所と呼ばれる、小さな厨房に立っている青年へと向けてそう言った。お兄ちゃんと呼ばれた青年は苦笑いを浮かべて振り向く。困惑を見て取ることができたが、その理由はわからない。
お兄ちゃんはお世辞抜きで顔立ちが整ってるのに、無愛想な表情で台無しになってる。あと問題はやけに目立つ黒ぶちのメガネだろうか。もったいない。けれどもあたしはそんなお兄ちゃんを気に入っているのだ。
「だって見たことないんだもん」
「だろうな」
そう言ってお兄ちゃんは手にそれを持って、見せてくれた。細長い黄色いものが、くるくると玉になっていた。
「これはラーメンって言ってな。茹でて食べるんだ」
ちゃぽんと、ラーメンっていうものを鍋に入れた。すごく長い二つの棒で鍋をかき混ぜる。何だか慣れているみたいで、不思議な感じだ。
「これで二分もすると、おいしく食べられるようになる」
「おお、すごいね!」
「……こんなもんより手間のかかってるもん食ってきてると思うんだけどな」
「そうかな。わかんないや」
料理のことを言われても、あまりよくわからない。自分の国の料理ならわかるけど、ここは故郷ではじゃないし。ましてや、あたしは料理をしたことがないから、どうやって作るのかなんて知ろうとも思わなかった。
そこであたしは良い事を思いついたのだった。
「ねえねえ、あたしにも料理を教えて!」
「……姫はそこで大人しくしてやがってくださいませ」
「敬語ヘタクソ!? あと姫って言うなーっ!」
珍しくお兄ちゃんがあたしを姫って呼んできた。私を知る人の多くは……故郷でもここでも、あたしのことを「姫」と呼ぶ。あたしの金髪や青い瞳が、みんなのお姫様のイメージにぴったりらしい。お兄ちゃんは普段から呼ぶことはしないけど、こうやって意地悪をするときは使ってくるのだ。
頬を膨らませていると、お兄ちゃんはふっと笑った。これも珍しい表情……らしい。他の人が言うにはあまり見せないらしい。あたしはよく見る気がするんだけど、気のせいかな。
でも喜んでくれるって思ったのになあ。何が嫌なんだろう。「男は女の手料理に弱い」ってテレビっていうのでも美人な人が言ってたし。
そんなことを考えていると、お兄ちゃんがラーメンっていうのを持ってきた。それがテーブルの上に置かれる。
湯気を上げるそれからはすごく良い匂いがする。さっき見せてくれたラーメンはスープの中に入れられていて、その上にいろんな具材が乗せられていた。見たことない料理、でもとっても美味しそうだった。
それに見蕩れていると、お兄ちゃんがあたしの前にフォークを置いた。まだお箸が上手く使えないあたしのために用意してくれたのだ。
「……まあ、少しずつ教えてやるよ」
「え?」
何のことを言っているのかすぐにはわからなかったけれど、それが料理のことだとわかって、あたしは思わず、頬が緩んだのがわかった。
「うん! ありがとね、お兄ちゃん!」
「まだ教えてないっつの」
お兄ちゃんも、満更でもないって顔だった。それがまた嬉しくて、あたしは思わず抱きつく。この困った顔を見るのが、大好きなのだ。
ちなみに、初めて食べたラーメンはすごく美味しかった。