第三話 罪科巡り②
圭佑さんの部屋から五つ程部屋をスライドすると、グランツが居る。
たった数十m程度の距離が、やけに遠く感じた。
忘れようとしていた過去を、払拭しようと考えていた過去を、無理矢理掘り返された気分だ。
いや、違うな。これは逃避行だ、ただ単に俺は逃げ続けただけ。
だから、圭佑さんみたいに、暗く後ろめたい過去さえ前へ進む意思に変えられない。
自分だけ忘れて、結局その場に甘んじて、皆の対応に、心の底から安心した。
悪いことじゃない。けど、俺はそれを勘違いした方向で受け取ってしまったんだ。
許された、って。違う、俺はアイツを結果見殺しにした。アイツの、仇を取れなかった。
悪いのはヤツらさ、だけれど、救えなかった時点で俺も同罪だ。
「(俺は唯一アイツの苦しみを理解していた。理解なんて烏滸がましいが、俺だけが、唯一、あのクソ野郎共への反逆が可能なんだ。俺自身に因縁もあるしな…)」
失われていた目標が、徐々に、明確に定まっていく。
俺はこの手で、ヤツらを裁く。そのために、まずこの世界から抜け出さなきゃいけない。
「……まずは、グランツから話を聞こう。俺一人じゃ、結局どうしようもないからな」
◆ ◆ ◆
コンコン、と二回ノックをする。
扉がゆっくり開いて、グランツがのそっと顔を出した。
「や、やぁ、グランツ…」
先程の意識は敢えて心の底にしまった。
俺だけ無駄に私怨を燃やしていても、場の空気を悪くするだけだ。
俺なんかよりもっと酷い過去を負っている連中も居る。
取り敢えずは、コミュニケーションを取ることが、現段階での俺の目標だ。
「……罪科巡りか。入れ」
「あぁ、お邪魔するよ…」
グランツはその身長も相まって、圭佑さん以上に年齢が高く見える。
そういやあの人の年齢を聞いていない。
まぁ、後で会った時にでも話を聞けば、それでいいか。
グランツの部屋に侵入すると、火薬の匂いが鼻についた。
部屋は圭佑さんと同じく十畳程度、だが、その半分以上が武器で覆われていた。
剣、槍、鎚、盾、銃……部屋の半分が鋼鉄で覆われている。
「……狭苦しくて済まないな」
「いや、大丈夫だ。それより、グランツは俺みたいなヤツに呼び捨てにされて嫌じゃないか?」
「……別にそこまで年が離れているわけではないからな」
「え?」
「……俺は二十一歳だ。お前と四歳か五歳程度しか変わらん」
予想以上に若かった。大分失礼だけど。
グランツはその巨体と無愛想な態度から、なんとなく大人びた雰囲気を感じてしまう。
しかし、まさか大学生レベルだったとは…。
「……にしても不思議なものだ」
「何がだ?」
「……俺達はあちらの世界じゃ満足に意思疎通出来ないはずだからな」
「……あッ!」
今思えばその通りである。
涼花さんや圭佑さん、花奏さんと会話できるのは普通かも知れないが。
グランツやシュトレ、ノンネやエミリアと本来こうやって和気藹々(?)と話せるわけがない。
「……まぁ、良い意味での副産物だ」
「確かにな…」
「……それで、俺の過去を聞きに来たんだろう」
「あぁ。まぁ、半分強引にだがな。話したくないなら別に構わないよ」
「……そういうワケにもいかない。俺達はもう仲間だ。話すべきことは話す」
「悪いな」
グランツは首を横に振って、俺の謝罪に対して「別にいい」と否定的な肯定をしてくれた。
俺は取り敢えず姿勢を正そうと考えたが、途中で絶対に体勢が崩れるのでやめた。
「……俺が捕まったのは二十一の時だが、本来俺は十七で人間として終わりを迎えていた」
「……というと?」
「……俺は昔っから武器を集めるのが好きでな。俺はアメリカ人だが、アメリカじゃ銃を携帯することが許されている。勿論、度を越えたものはダメだが、粗悪品で発火不良連発するようなチャカであれば、一応は持つことを許可されていた」
「銃大国だからな…」
「……転機は十七歳だった。俺が信頼しているブローカーから、武器の密輸を持ちかけられた。成功すれば大金が俺の元に手に入る。とは言え、武器は人を殺すものだ。たかだか金程度でそう簡単に首を縦には振れなかった……だが」
そこでグランツは静かに目を伏せた。
そして、ゆっくりと数秒かけて目を開けて、話を再開した。
「……俺は武器の密輸に手を出した。特に銃関係のモノは、十九歳時点でほぼ全マーケットを俺が取り仕切っていたといって良い。紛争が続く国、特に無差別に人種差別で人を殺すような国への武器の輸出は今まで以上に減らし、逆に敗戦国、つまりは無抵抗のまま負けていった国に兵器を売り渡した」
「……」
「……まぁ、俺の考えは浅はかだった。武器を手にした弱小国は、今まで自分たちを獲物にしてきた国へと反抗を開始、結果より苛烈な戦争へと発展してしまったんだ。そこで気づいた、俺はバカなことをしたんだって。力を手に入れたことで、彼らさえも悪人に仕立て上げたんだってな」
「………」
「……だから、俺は二十一歳になって、全マーケットを放り出して、密輸の実態を暴いた。勿論主犯格である俺はムショ行き確定。だが、俺のやったことは派生系として多くの人を罪人にして、人殺しにさせたって事実もある。重刑である死刑が宣告されかけたが、つい先日世界的に発布された流刑の存在を試すため、俺は試験体として流刑に処された」
グランツは語り終えたのか、静かに立ち上がった。
後ろにある武器の山から一つの拳銃を取り出す。
「……俺はコイツが一番好きなんだ。輝く銀色と、有無を言わさぬフォルム……ただ集めて鑑賞する為だけのモノだったはずなんだけどな…。俺は、道を踏み外した」
そう言うと、拳銃をコトリ、とテーブルの上に置いて、シューっと俺の方へスライドさせた。
「……話を聞いてくれた土産だ。この世界じゃ必要になってくる」
「…有難いが、これは受け取れないよ」
そう言って、俺は拳銃をスライドさせた。
不思議そうな顔をしたグランツは、目だけで俺に問いかけてきた。
なぜだ、と。
だから、俺はこう答えた。
「俺が恩恵を与れるのは、剣だけみたいだからな。下手くそに銃を撃つより、前線で剣振るった方が俺には似合うってことだよ」
「……そうか。ならコレを受け取れ」
そう言って差し出されたのは小型の懐中電灯のような円形で棒状の何か。
俺が首をかしげると、グランツは丁寧に説明した。
「……所有者の魔力を感知して形態を変化させる。こんな事もあろうかと、既にお前の魔力波を感知して登録済みだ。音声認証で警棒のように剣が伸びる仕組みになっている」
「な、なるほど」
「……『アッテンタート』、そう叫べば剣が現れる。今この場でやるなよ」
「…わ、分かった。有難う」
「……気にするな。次はクリラアか?」
「げ……」
そういえば次からは女子寮へ行かなきゃ行けないんだった。
勝手にテリトリーに入ったら殺されそうだからな、気を付けて行かないと。
俺はグランツに礼をして、部屋を後にした。
部屋を出ると、丁度圭佑さんと鉢合わせした。
「お? グランツから話を聞いたか」
「はい。あ、ところで、圭佑さんって何歳ですか?」
「俺は二十三だ」
グランツの方が老けて見える、そう思ったのは、多分俺だけじゃないだろう。
だけど、そっと胸中にしまっておこう。多分言ったら殺されるかも知れないから。
◆ ◆ ◆
グランツからもらった土産(かなり物騒な土産だが)をポケットに。
俺はクラリアの部屋の前に来ていた。いざとなったらこれで身を守る為だ。
先程同様にノックを二回、すると中から如何にも不機嫌って感じの声が飛んできた。
『誰よ』
「……新入りの城崎絢人です。クラリア様はいらっしゃいますか」
当然棒読みだ。無愛想だからって無愛想に返したら身の危険に繋がる。
だが、俺の対応に多少機嫌を良くしたのか、扉を開けてくれた。
「ふん、どうせエミリアの罪科巡りでしょ。イイわよ、入りなさい」
「ありがとう」
「……適当なトコに腰掛けて」
案内された部屋は、女性の部屋ってだけあってやはり小物が多かった。
ヌイグルミや置物系は、クラリアのイメージとは大分かけ離れているが。
少し心の中で笑いながらも、真面目な表情で出されたクッション(これは本物)に座った。
「…はぁ。本当コレ面倒なのよね」
「それについては同意見だ……。回る方としても気苦労が絶えない」
「アンタはそのまま過労死すればいいのよ」
「初っ端からご挨拶だな…! ファンシー女め…」
「あ?」
「何でもございません。申し訳ありません」
怖い、怖いよ! 何だよその目。怖くて思わず敬語になっただろうが。
一瞬だけ殺意を剥き出しにしたクラリアは、二度目のため息を吐き出した。
「…まぁいいわ。ちゃちゃっと終わらせましょ」
「あぁ、頼む」
ふぅー、と長く息を吐いた後、クラリアは話し始めた。
「…アタシは強さに憧れていたの。弱きを助け、強きを挫く、そんな典型的なヒーローにね」
「……へぇ」
「意外、とか思った?」
「強くある事が好きなのは、何となく分かったけど、憧れてたとはな」
そう言われると反論の余地がないわね、とクラリアは苦笑した。
釣られて俺も笑ってしまい、何だか空気がほんわかとしたものになってしまった。
「…話は戻るけど、アタシは強さに憧れていた。それは腕っ節だけじゃなくて、メンタル的な部分を含めて、要は何事も卒なくこなすシンプルな能力、それが好きだったのよ」
クラリアは目を細めて語る。
「幼少期から愚図で鈍間で、アタシはアタシが大嫌いだった。運動も勉強も友達関係も、何でも軽々やってのける友達を見ると、憧れると同時に嫉妬していたわ」
「……」
「高校生になってからかしらね。ようやく人としての振る舞いが年齢に合ってきたのは。愛想笑いしながら、友達と話しして、勉強や運動に必死に取り組んで……楽しかったって感じはしなかった」
「………」
「そこで気付いたのよ。強さは持つ者を苦しめるものなんだって」
クリラアは自嘲するように、ふふっと薄ら寒い笑いを湛えた。
それは世界全てを嘲笑うような笑顔で、思わずゾクッとする。
「そして、そんな生活が開始されてから一年が過ぎた頃だったわね。アタシがクラスの男女から省かれ始めたのは…。アレは中々堪えたわ、イジメなんてバカみたいって思ってた自分を、戒めてやりたいくらいに、重く深く、心に傷を負わされた」
「お前んとこでも、イジメがあったのか」
「ええ。幼稚でガキ臭いやり方だったけどね。それでもイライラするのは、アタシも精神年齢的にクラスの連中と変わらないからだったのかしら。そう思えば反吐が出るわ」
「……」
「それで、アタシは報復を考えた。イジメは苛烈を極めたけど、別に初回程の痛みはなかった。一度コイツらは敵だって割り切っちゃえば、意外と簡単なものなのよ。それで、私はクラスメイト全員の殺害を考えた。まぁ、あくまで計画であって、理想だけど」
さらっと吐かれた言葉は、遅効性の毒のように体や心を蝕んでいく。
クラリアの中で、人を殺すことは日常茶飯事だったのだろう。
「クラスに爆弾仕掛けて、体調不良で休んだ日に遠隔操作でバーン……。けど、死傷者は居なかった。重軽傷を負った人間は居たけどね。何でかな、なんて思うのは計画の甘さを認識してなかったから」
「……それで、その後お前はどうなったんだ」
「勿論指名手配よ。アタシが休んだ日に、アタシのクラスが爆発したんだから、当然目を付けられても仕方ないわよね。両親は昔っからアタシの事嫌ってたから、丁度いいと思って家出したわ。その後は闇稼業で金を稼いだ。爆破系統のミッションが多かったわね、今思えば、私にできるのは遠隔的に敵を絶大な破壊力で葬ることだけ。事実、アタシじゃなくても出来る事だったわ」
「……」
「まぁ、結局その後御用となっちゃうワケだけど。強い人に憧れて、強い人になりたくて、けどアタシは結局人任せ。モノに頼って、力を誇示して、人より優れた点を見出す事だけに躍起になった。くだらない人生だったわ。ま、ここに来てから大分変わったかも知れないけどね」
「……そう、か」
「辛気臭い話は終わりよ。ってかさっさと出てって。男臭くなるじゃない」
「…そうかよ。んじゃさっさと退出させてもらうぜ」
クラリアに背を向けて、俺は部屋を後にした。
それと同時に、彼女が俺に放った、一言目の言葉を思い出した。
『私たちに必要なのは武力、能力そして実力』
クラリアが虚勢を張っているのは目に見えてわかった。
けれど、彼女は弱い。確かに能力は高いが、彼女は幼いし、弱いのだ。
「………素直じゃねえヤツ…」
何だか対抗意識も燃え尽きてしまった。
俺は取り敢えず次の目的地を目指すことにした。
次は涼花さんの部屋だった。