買い物
「買い物に付き合って」
そんな短いメールが届いたのは、インターホンが部屋中に鳴り響いているときだった。
誰だと思って携帯でメールを確認しながら、インターホンの受話器を上げる。
「はい、どちr」
「起きたか!出発準備は!」
「ああ、なんだ。お前か」
路地を挟んで向かい側に住んでいる幼馴染の女だ。
幼稚園のころから、俺を振り回し続けて、とうとう高校まで一緒ときた。
その性格は、猪突猛進。
一度決めたらかたくなにそれを守り続けるといった性格だ。
そして、そのおかげで、俺は休日の今日を9時半に起きるということになってしまったわけだが。
いつもより早いんだがなと愚痴りながらさっさと着替えて、玄関前でうろうろとしながら待っている彼女の所へ向かう。
「財布…定期…携帯。うん、大丈夫だな」
確認してからドアを開ける。
「おっそーい!」
彼女が起こりながら、玄関ドアを見てくる。
「そりゃ、メールしたの今日の朝だろ。それで今何だよ。これでも頑張った方だとは思うんだがな」
「そんなことよりも行くよ!」
「行くってどこにさ」
靴をトントンとつま先を叩いて、かかとを踏まないようにする。
彼女はもうプランを組み立てているらしく、すぐに言った。
「百貨店!」
「百貨店って、電車か」
「そうよ。いいでしょ、問題ないでしょ」
「まあ、金ならあるけども、俺分しかないぞ」
「あたしのは、あたしが出すから、大丈夫」
イェイと言いながら、右手で作ったブイサインを俺につきだしてくる。
左肩には、しゃれたカバンがかかって、取っ手を左手で持っていた。
「どうせ止めたって、此処まで来てしまったんだし。ここでやめる気もないんだろ」
「とーぜん!」
俺はため息をついて、彼女の買い物に付き合うことになった。
定期券の範囲を超えて、電車は走って行く。
俺はため息をついて、手すりにつかまっていた。
「どうしたの、ため息ついて」
「いや、百貨店で何するのかなって思ってな」
「何って、買い物よ。当り前でしょ」
「そうなんだけどさ、何を買うんだよ」
「大丈夫、ちゃんとメモって来てるから」
彼女は笑って携帯の中に保存されている写真を見せてくれた。
薄暗い部屋の中で、フラッシュを使わずに撮った写真らしく、薄暗くて何が書かれているのか分からない。
ただ、どこかのチャットのようだ。
ドヤ顔をしている彼女に、そのことを告げることもいかず、俺はそうかとだけ言って、また窓の外を見続けることにした。
梅田駅に着き、電車から降りる。
「どこだって」
「阪急百貨店。そこにちょっと用があるの」
まだよく分からない。
「阪急のどこ」
「1階。昨日チャットしてたら、ここがおいしいっていう話聞いたからね。それで買いに来たの」
「じゃあ、食べ物か」
大阪にある『阪急百貨店』うめだ本店は、改装工事でいろいろと売り場が変わっているが、地下1階と地上1階は食料品で間違いなかったはずだ。
「そ。『まめ新』って名前のお店。ナッツとかの専門店なんだって」
「お前、豆好きだっけ」
「おいしいものが好きなだけ。それが豆だろうがなんだろうが関係ないよ」
彼女はそういった。
ピスタチオ150g、アーモンド100g、塩ピーナッツを150g買って、駅に戻ると思いきや、駅とは別の方向へと歩き出した。
「今度はどこなんだよ」
「いいでしょ、付き合ってよ」
向かったのは、茶屋町の方向だ。
『NU茶屋町』でさらに2時間ほど時間を費やして、あっちこっちのテナントで買い物をする。
その後、お勧めなんだってという言葉と共に連れ込まれる、一旦大阪駅前にある『ヨドバシカメラ梅田』の8階にある『台湾小籠包』という中華レストランで昼食。
息つく暇なく、近くにある『MARUZEN&ジュンク堂書店』梅田店へ直行。
3時間ぐらい振り回された上に、10冊以上を買っていた。
「こんなものかなぁ」
彼女がつぶやくころには、体中が痛くなっていた。
なにせ、荷物はほとんどが俺が持っているからだ。
「なあ、荷物が重いんだが」
「なぁに?女の子に持たせたいの?」
「ぜひともそうしてほしいもんだな」
電車はもうすぐ来るらしく、到着を知らせるチャイム音が聞こえてきた。
「きっと空いてるから、網棚の上にでも置いとけば大丈夫でしょ」
彼女はあっけからんに言い放つ。
俺が何か言う前に、電車は入構してきた。
家にやっと帰ってきたころには、日ももうすぐ落ちると言った感じの空だった。
「やっとかぁ…」
「お疲れ様」
荷物を彼女の玄関に置いた俺に、彼女はそう話しかけた。
「なんか、ないのかよ」
俺が玄関で背伸びをしながら彼女に行ってみると、少し考えてから、俺の顔を両手で包んだ。
「これなんかどう?」
そういうと、一瞬でキスをした。
終わると、彼女は家の奥へと入りながら、もう帰ったらと言った。
俺は、何がなんやら分からないままに、家へと戻った。