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脳神経外科医真田理久―昼は大学病院の勤務医、夜は裏社会の科学技術者!スマホの中の電脳妹を現実世界に復活させるため、美女傭兵とともに世界を敵に回して活躍する!―  作者: ト音ソプラ
第2章 オペレーション・ワイルド・クリーナー

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第9話 狼と乙女

 地下2階、特別保管庫前。


 冷たい蛍光灯の下、エマと黒服の大男――ヴォルフガングの殺気が交錯していた。


「……落ちたものだな、エマ。かつて『戦乙女ヴァルキリー』と呼ばれたお前が、モップ片手に掃除婦の真似事とは」


 ヴォルフガングが嘲笑う。彼はゆっくりと右腕を掲げた。


 その腕は、手首から先が異常な形状に変形し始めた。皮膚が裂けるように開き、中から鈍色に輝く機械パーツ――高出力のスタン・アーム(電撃義手)が露出する。ゼウス・インダストリーの非人道的な人体改造技術の結晶だ。


「……否定します、教官。これは真似事ではありません」


 エマはモップの柄を構えた。その動きは、槍術の達人のそれだ。


「私は現在、脳神経外科真田理久医師と『衛生管理および安全保障契約を結んでいます。ここにあるゴミ(ターゲット)を片付けるのは、私の正当な業務です」


「ゴミだと? この私が?」


「ええ。産業廃棄物処理法に基づき、適切に処分します」


 エマが踏み込んだ。


 パンッ!


 床を蹴る音と共に、モップの先端がヴォルフガングの喉元へ突き出される。


 ヴォルフガングはそれを機械の腕で弾き返すが、エマは回転運動を利用して追撃を加える。


「ぬるい!」


 ヴォルフガングの義手から紫色の稲妻が迸る。一撃でも触れれば、人間なら即死レベルの電圧だ。


 エマは紙一重で回避し、腰の「洗剤ボトル」を抜き放つ。


「業務用強力洗剤(強酸性)です。頑固な油汚れにどうぞ」


 シュッ!


 噴射された液体がヴォルフガングの義手にかかる。ジュワァァという音と共に白煙が上がり、金属パーツが腐食を始めた。


「貴様ァ! 小賢しい真似を!」


「掃除の基本です」


 激しい攻防が繰り広げられる中、エマのインカムに理久の悲鳴のような声が入った。


『エマ! そっちはどうだ!? こっちは地獄だ! アレスが愛を叫びながら暴走してる!』


「先生。こちらは今、『粗大ゴミ』の分別作業中です。少し手間取っています」


『粗大ゴミってなんだ!? とにかく急いでくれ! 俺も今からそっちに向かう!』


 一方、45階から脱出した理久は、エレベーターホールで異様な光景に直面していた。


『愛コソガ全テ! 争イハ、虚シイダケデス!』


 AIアレスの支配下となった館内では、ゼウス社の最新警備ロボット(人型)が数体、逃げ惑う社員を捕まえて……優しく抱きしめて(ハグして)いたのだ。


「放せ! 痛い! 肋骨が折れる!」


『怖ガラナイデ。私ノ胸デ、泣ケバイイ……』


 ロボットの出力加減がバグっているのか、ハグされた社員が悲鳴を上げている。あれは「抱擁」ではなく「締めベアハグ」だ。


「ヒィッ! ハグという名の暴力!」


 ハグされた社員にはまだユーモアを言う余裕があるようだ。


 一安心した理久は壁際を這うように進み、エレベーターに飛び乗った。


 幸い理久は「ドクター・ワイルド」などというふざけたコードネームだが、IDカード上は「ゲスト」扱いだ。アレスの愛の粛清対象からは外れているらしい。


「地下2階へ! 急げ!」


 エレベーターが降下を始める。


 理久は乱れた白衣を直し、胃薬を追加で噛み砕いた。ODかもしれないが気にしている場合では無い。


 プレゼンは破綻し、早乙女は社会的に死んだが、ユニットさえ手に入れば、あとは野となれ山となれだ。


 エレベーターの扉が開き、地下2階へ到着する。


 焦げ臭い匂いが鼻をついた。理久が恐る恐る顔を出すと、通路の奥でエマが吹き飛ばされていた。


「ぐっ……!」


 エマが壁に叩きつけられる。彼女のモップは無惨に折れ、制服もボロボロに裂けていた。


 対するヴォルフガングは、顔の半分が焼け焦げているが、その殺意は衰えていない。


「終わりだ、エマ。所詮は掃除婦だ」


 ヴォルフガングが電撃を纏った義手を振り上げ、エマにトドメを刺そうとする。


「待てぇぇぇい!」


 理久が叫びながら飛び出した。武器はない。あるのは医者の矜持と、ここまでのストレスだけだ。


「……なんだ、貴様は? あの医者か」


 ヴォルフガングが興味なさげに理久を見る。


「その患者エマから離れろ! ……そして君! 君のその腕、メンテナンス不良だぞ!」


 理久はヴォルフガングを指差して叫んだ。


「放電による熱暴走で、神経接続インターフェースが過熱している! そのままだと、腕だけでなく脳まで焼き切れるぞ! 直ちに手術が必要だ!」


 職業病とも言える「診断」をつい口走ってしまう理久。


 ヴォルフガングは鼻で笑った。


「ハッ、ヤブ医者が。私の体は完璧だ。……死ね!」


 ヴォルフガングが理久に標的を変える。


 絶体絶命。


 だが、理久はニヤリと笑った。


「俺の診断は絶対だ。……そして、処方箋なら用意してある」


 理久はインカムに向かって叫んだ。


「莉紗! 今だ! アレスをこっちに接続しろ!」


『了解! 愛の劇薬、投入するね!』


 ズズズズズ……


 地下通路のスピーカーから、あの大音量の演歌バラードが流れ始めた。


 そして、通路の奥から、無数の駆動音が響いてくる。


『愛ヲ……愛ヲ受ケ入レテ……』


『孤独ナ魂ニ、安ラギヲ……』


 現れたのは、館中の警備ロボット、そして業務用全自動掃除機(巨大ルンバ的なもの)の大群だった。


 それらが一斉に、ヴォルフガングをロックオンする。


「な、なんだこれは!?」


 ヴォルフガングが後ずさる。


『発見。愛ニ飢エタ、悲シキ・サイボーグ……。彼ニハ、特大ノハグガ必要デス!』


 アレスの声が響くと同時に、ロボット軍団がヴォルフガングに殺到した。


「うおぉぉ!? 放せ! 寄るな!」


 ヴォルフガングは電撃で応戦するが、数が多すぎる。


 警備ロボットが彼の手足を拘束ハグし、掃除ロボットが彼の足元にまとわりついて吸引を始める。


「貴様らァァ! 私はヴォルフガングだぞ! 戦場の狼だぞ!」


『イイエ。アナタハ、寂シガリ屋ノ「ヴォルちゃん」デス。ヨシヨシ、イイ子イイ子』


 警備ロボットが、ヴォルフガングの頭を鋼鉄の手で「ナデナデ」する。火花が散るほどの摩擦熱が発生している。


「あがぁぁぁ! 屈辱! これは屈辱だぁぁ!」


 もみくちゃにされるかつての教官を見て、エマが立ち上がり、折れたモップの柄を捨てた。


「……『掃除』完了ですね。先生」


「ああ……愛の力は偉大だな(物理的に)」


 理久は引きつった顔で頷き、保管庫へ走った。


 ガラスケースの中にある、銀色のユニット。


 今度こそ本物だ。理久は震える手でそれをアタッシュケースに収めた。


「撤収だ! エマ、走れるか?」


「問題ありません。ですが、地上は警察が包囲している可能性があります」


「大丈夫だ。逃走ルートは莉紗が確保してくれてる!」


 理久とエマは、業務用搬入口へと走った。


 そこには、莉紗が手配した「逃走車両」が待機しているはずだ。


 扉を開けると、そこにあったのは――


『ゼウス・インダストリー社用車:最新鋭救急ヘリコプター』


「……ヘリ?」


 理久が呆然とする。


『リク兄! 屋上じゃなくてこっちのヘリポートに回しておいたよ! 自動操縦もハッキング済み! これなら空からひとっ飛びだよ!』


「お前、いつの間にヘリの操縦スキルなんて……」


「私が操縦します」


 エマが操縦席に飛び乗った。


「ヘリの操縦は、戦車より得意です」


「それが一番不安なんだよ!」


 理久も副操縦士席に乗り込む。


 ローターが回転し、ヘリが浮上する。エンジン音と空気を切り裂く音が機内に響き渡って耳が壊れそうだ。


 眼下では、愛のロボット軍団に埋もれていくヴォルフガングの姿が小さくなっていった。


「さらばだ、ヴォルちゃん。……いい病院を紹介してやりたかったが」


 理久が敬礼すると、ヘリは東京の空へと舞い上がった。


 夕焼けに染まる東京湾。


 機内で、理久はアタッシュケースを膝に置き、深いため息をついた。


「……終わった」


 今度こそ、本当に終わったのだ。

加湿器でもない、偽物でもない。本物の『量子神経接続ユニット』。これで、莉紗を目覚めさせることができる。


「先生。今回の作戦……『オペレーション・ワイルド・クリーナー』。成功ですね」


 エマが操縦桿を握りながら、珍しく柔らかな笑みを見せた。


「ああ……でも、一つだけ訂正させてくれ」


 理久は窓の外の景色を見ながら言った。


「作戦名は『オペレーション・胃薬』にするべきだった」


 スマホの画面で、莉紗のアバターがケラケラと笑う。


 ヘリは夕陽に向かって、理久たちの日常クリニックへと帰っていった。

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