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脳神経外科医真田理久―昼は大学病院の勤務医、夜は裏社会の科学技術者!スマホの中の電脳妹を現実世界に復活させるため、美女傭兵とともに世界を敵に回して活躍する!―  作者: ト音ソプラ
第1章 零下の取引と加湿器

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第4話 ユーロビートで突破

 エマの言葉が終わるか終わらないかの刹那。ドミトリの護衛たちが引き金を引こうとしたその瞬間、エマの手が霞んだ。


 シュッ、という鋭い噴射音。


 エマの手元から放たれたのは銃弾……ではなく、鮮やかなオレンジ色の霧だった。


「ぐあぁっ!?」


「目が、目がぁぁぁ!」


 前衛にいた二人の護衛が、顔面を押さえてのたうち回る。


 ドミトリもまた、不意を突かれて咳き込みながら後退した。倉庫内に、唐辛子を千倍に濃縮したような刺激臭が充満する。


 理久は咄嗟にハンカチで鼻と口を覆いながら、エマに向かって叫んだ。


「お、おい! それ、まさか催涙スプレーか!? スタンガンとか麻酔銃じゃないのかよ!」


 エマは冷静に、次のターゲットへ狙いを定めながら答えた。


「先生。スタンガンの所持は日本の軽犯罪法に抵触する恐れがありますが、この防犯用トウガラシスプレーは、女性の護身用としてドラッグストアで購入可能な『合法品』です。成分は天然由来のカプサイシン12%配合。環境にも優しい」


「マフィアの武器庫で環境への配慮をするな! 相手は実弾を撃ってくるんだぞ!」


 理久のツッコミを無視し、エマは踏み込んだ。


 涙を流しながらマシンガンを振り回す護衛の懐に飛び込み、その腕を掴む。


「警告。貴方の武器使用は生命に対する明白な脅威です。よって、こちらの制圧行動は正当防衛の範疇とみなされます」


 エマは教科書通りの一本背負いを繰り出した。


 ただし、プロの傭兵の筋力で放たれたそれは、護衛の体を宙に浮かせ、背後のコンテナに叩きつけるほどの威力があった。


 ドゴォン! という轟音と共に、護衛がぐったりと沈黙する。


「……ま、まあ、今の角度なら頚椎へのダメージは最小限だ。全治三ヶ月ってところか……」


 理久は医師としての診断を瞬時に下しつつ、混乱に乗じてテーブルへ走った。


 目標は銀色のアタッシュケースに入った『量子神経接続ユニット』だ。


「これを……貰っていくぞ!」


 理久がケースの取っ手を掴んだ直後。


 奥に控えていた別の護衛が、充血した目で拳銃を構えた。


「泥棒がぁぁっ! 殺してやる!」


 パン!


 乾いた発砲音が響く。

理久は反射的に体を捻った――と同時に床にこぼれていた機械油に足を滑らせ、派手に転倒した。


「うわっ!」


 ヒュン!


 理久の頭があった場所を、銃弾が切り裂いていく。弾丸は背後の配電盤に直撃し、火花を散らした。


「……あ、危ねぇ!」


 理久は冷や汗をかきながら立ち上がる。


 エマと取り組んでいる訓練のおかげで、転んだ際の受身だけは完璧だった。


 護衛は次弾を装填しようとするが、理久は白衣のポケットから商売道具を取り出していた。


 打腱器リフレックス・ハンマー。脚気の検査などで膝を叩く、あのゴム製のハンマーだ。


「これでも喰らえっ!」


 理久は近づいてきた護衛の手首めがけてハンマーを振り下ろした。そのゴムの先端は、狙い通り、護衛の手首にある神経叢(橈骨神経)をクリティカルにヒットした。


「あびゃっ!?」


 護衛の手から力が抜け、銃が床に落ちる。


「今の『下垂手』の症状だな。橈骨神経麻痺だ。……すみません、安静にしてれば治ります!」


 理久は敵に謝罪しながらアタッシュケースを抱え込み、エマの元へ走った。


「エマ! 物は確保した! 撤収だ!」


「了解。……ですが先生、出口が塞がれました」


 エマが指差す先、倉庫の巨大なシャッターの前に、残りの護衛たちが密集し、重厚なバリケードを作っていた。ドミトリが真っ赤な顔で叫んでいる。


「逃がすな! そのユニットは私の『潤い』だ! 地の果てまで追いかけて取り戻せ!」


「どんだけ『潤い』たいんだ! 乾燥肌か!」


 理久は叫んだが、状況は絶望的だ。四方八方から銃口が向けられる。エマ一人なら突破できるかもしれないが、理久を守りながらでは分が悪い。


「先生、伏せてください。私が囮に……」


 その時、理久のロングコートのポケットで、スマホが激しく振動した。


『お待たせ! 解析完了、セキュリティ突破クラックしたよ!』


 莉紗の弾んだ声と共に、倉庫内の照明が一斉に落ちた。


 真っ暗闇に包まれ、マフィアたちが動揺する。


「なんだ!? 停電か!?」


 停電ではなかった。倉庫の天井に設置されたクレーンのライトや、作業用の警告灯が、一斉に激しく点滅を始めたのだ。


 赤、青、黄色、白。


 まるで安っぽいディスコのようなストロボライトが、暗闇を切り裂く。


 そして、倉庫内の業務用スピーカーから、爆音のBGMが轟いた。


『デデデデン! デデデデン!(ハイテンポなユーロビート)』


 かつて日本のバブル時代を席巻し、今はネットミームとして生き残る伝説のダンスナンバーだ。重低音が倉庫の床を揺らし、マフィアたちの怒号をかき消す。


「な、なんだこの音楽はァ!?」


「目がチカチカする!」


ドミトリたちが混乱する中、理久は耳を塞いで叫んだ。


「莉紗! なんでBGMがユーロビートなんだ! 緊迫感が台無しだろ!」


『えー? だってここの照明制御システム、なぜか音楽と同期する『パーティモード』が隠し機能であったんだもん。使わないともったいないでしょ?』


「マフィアの倉庫にどんな機能つけてんだよ!」


『さあ、道を開けるよ!』


 ズズズズズ……


 重低音のリズムに合わせて、倉庫の隅に停めてあった無人の自動運転フォークリフトが三台、勝手に動き出した。


 フォークリフトはまるでダンスを踊るかのように旋回し、出口を塞いでいた護衛たちの背後から迫る。


「うわっ! リフトが勝手に!?」


「あぶねぇ!」


 護衛たちが慌てて左右に散開する。強固だった包囲網に、ぽっかりと穴が開いた。


「今です、先生! 走ってください!」


 エマが叫ぶ。


 理久はアタッシュケースを胸に抱き、パラパラを踊り狂う光の中へ飛び出した。


「くそっ、目がチカチカする! まるでパチンコ屋の中を走ってるみたいだ!」


「先生、頭を低く! リズムに乗ってジグザグに走れば被弾率は下がります!」


「ユーロビートに乗って走れってか!? 注文が多いな!」


 二人はストロボの点滅に紛れ、銃弾をかわしながら出口へと疾走した。


 背後でドミトリが何か叫んでいるが、爆音のユーロビートにかき消されて聞こえない。ただ、「返せ」とか「私の肌が」とか聞こえた気がしたが、理久は聞かなかったことにした。


 冷たい夜気が、火照った頬を叩く。


 倉庫の外へ飛び出した二人は、雪の中に隠しておいた軽ハイトワゴンへと滑り込んだ。


「エマ、出してくれ! 限界まで踏め!」


「了解。シートベルトを……これより、緊急回避行動エマージェンシー・マニューバに移行します」


 エマがハンドルを握り、ワゴンRのエンジンがうなりを上げた。


 軽自動車とは思えないロケットスタートで、雪煙を上げて急発進する。


 直後、背後の倉庫から、黒塗りのSUVが二台、猛スピードで飛び出してきた。


「追手が来ました。……ふふ、楽しくなってきましたね」


 エマの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


 理久はバックミラーに映るマフィアの車を見ながら、青ざめた顔でシートベルトを握りしめた。


「楽しんでる暇があったら撒いてくれ! あと莉紗、BGMを止めてくれ! 逃走中にユーロビートは心拍数が上がりすぎる!」


『りょーかい。じゃあ、追跡シーンに合う曲に変えるね』


スマホから流れてきたのは、なぜか運動会の徒競走の定番「天国と地獄」だった。


「余計に焦るわ!」


 軽ハイトワゴンはカオスなBGMを垂れ流しながら、凍てつく港湾道路をドリフトで駆け抜けていく。

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