賢者の終戦
戦場の中央で智が問う――
「……指導者の無知は、罪だぞ」
俺は、静かに言った。
「民を飢えさせるくらいなら、なぜ、他の方法を探さなかった? なぜ、知恵を絞らなかった? あんたたちの土地の地図を、俺は王城の書庫で見た。痩せているのは、土地じゃない。あんたたちの、知識だ」
「何……?」
ゼオンの眉が、わずかに動いた。俺は、一歩、彼に近づいた。
「あんたたちの土地の土壌は、火山灰が基本だ。今、あんたたちが育てている作物は、その酸性の土には合わない。だから、育たない。当たり前のことだ。だが、その土壌は、ある種の作物にとっては、最高の寝床になる。例えば、根菜類。芋や、大根のようなものだ。それらは、痩せた土地でも、たくましく育つ」
「……」
「水がない、と嘆くか? あんたたちの領土には、巨大な山脈がある。その地下には、必ず、豊富な水脈が眠っているはずだ。正しい場所に、深く、井戸を掘る技術さえあれば、水など無限に手に入る」
俺は、農業の専門書で読んだ知識を、ゼオンに語って聞かせた。痩せた土地でも育つ作物のこと。輪作という、土地の栄養を回復させる農法のこと。地下水脈を見つけ、灌漑設備を作る技術のこと。
それは、もはや、ただの知識の羅列ではなかった。俺は、ゼオンに、一つの「未来」を提示していた。
「想像してみろ。あんたたちの不毛の大地が、緑の畑で覆われる光景を。子供たちが、飢えることなく、採れたての芋を頬張る姿を。あんたの民が、戦場で血を流す代わりに、自分たちの手で、自分たちの故郷を豊かにしていく、その誇りを」
俺の話を、ゼオンは食い入るように聞いていた。その表情は、驚愕から、困惑へ、そして、次第に、今まで誰も彼に見せたことのなかった、「希望」という光へと、変わっていった。
全てを聞き終えると、彼は、天を仰いで、深く、長いため息をついた。
「……そうか。答えは、奪うことではなかったのだな。創り出すことだったのか」
彼は、ゆっくりと俺に向き直ると、その顔には諦念と、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「……だが、もう遅い。我が民は、多くの血を流した。今更、手ぶらで帰ることなど、許されまい」
「なら、俺がやろう」
俺は、間髪入れずに言った。
「あんたの民を、百人、俺に貸せ。俺が、あんたたちの土地で、最初の畑を耕し、最初の井戸を掘ってみせる。一年だ。たった一年で、そこが不毛の地ではないと、俺が証明してやる。これは、取引だ。あんたは、この戦争を終わらせる。その代わり、俺は、あんたの民に、未来を渡す」
ゼオンは、信じられないものを見る目で、俺を見つめていた。敵であるはずの男が、自分たちの未来を、保証すると言っている。
彼は、やがて、全てを悟ったように、ふっと、息を漏らして笑った。
「……完敗だ、佐山健太。貴様の軍にではない。貴様の、その知識に……いや、貴様のその器にだ。俺は、国を奪おうとした。だが、貴様は、国を創ろうとしている。見ているスケールが、違いすぎた」
そう言うと、ゼオンは右手を差し出してきた。
「我が民は、私が責任をもって養う。もう、人間を襲うことはない。だから、この戦争は終わりにしよう」
そして彼は、本当に楽しそうに、心の底から笑って言った。
「お前のようなヤツと、もっと早く会いたかった」
俺は、その手を固く握り返した。その手は、冷たくもなければ、禍々しくもない。ただ、一つの国を背負う、指導者の、力強く、そして少し疲れた手だった。
その瞬間、両軍から、どよめきが上がった。何が起きたのか理解できず、困惑する兵士たち。
俺たちの握手こそが、その答えだった。
こうして、大陸全土を巻き込んだ大戦は、たった二人の男の握手によって、呆気なく幕を閉じた。それは歴史上、最も血が流れなかった終戦であり、後に「賢者の終戦」と呼ばれることになる、奇妙な友情の始まりでもあった。
賢者の終戦――
これが書きたかっただけ。
ですが、物語はこれからですので〜
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
明日も19時に更新します。




