力を以て問う者に、知を以て応ず
“智将”誕生〜
最後の決戦を前に、軍全体が極度の緊張に包まれていた。だが、俺が総攻撃の命令を下そうとした、その時だった。
魔王城の巨大な城門が、不気味な音を立てて、ゆっくりと開かれたのだ。
そして、中からたった一人、男が歩いてきた。
角もなければ、翼もない。燃え盛るオーラをまとっているわけでもない。そこにいたのは、黒いシンプルな衣服に身を包んだ、長身の男だった。鋭い知性を感じさせる涼やかな目元、腰まで届く長い黒髪。彼が魔王でなければ、どこかの国の若き君主か、あるいは学者とでも見紛うだろう。
彼は、王国軍のはるか手前で足を止めると、朗々とした声で言った。
「人間どもの指揮官は、貴様か。……いや、あなたか。佐山健太、というそうだな」
俺は、制止しようとするダリウスを手で制し、一人で前へ出た。
「俺が佐山健太だ。あんたが、魔王か」
「いかにも。我が名はゼオン」
魔王ゼオンは、俺を値踏みするように、しかしどこか楽しげに眺めた。
「貴様の戦術、見させてもらった。谷を覆ったあの煙、オークの足を封じた鉄の棘、巨大な腕で城壁を砕いた兵器、そして、沼の魔物を黙らせた奇妙な音。どれも、この世界の誰も思いつかぬ、実に……美しい戦術だった」
美しい、だと?
「何が目的だ。降伏勧告なら、こっちのセリフだぞ」
「降伏? いや、違うな。私はただ、貴様と話がしてみたくなった。これほどの知性を持つ人間が、本当に存在するのか、この目で確かめたかったのだ」
ゼオンの瞳には、敵意はなかった。そこにあるのは、純粋な好奇心と、同質の知性を持つ者への敬意。
「……面白い。いいだろう、話を聞いてやる」
俺は、制止しようとするダリウスを手で制し、一人で前へ出た。両軍が固唾を飲んで見守る中、戦場の真ん中で、俺は魔王ゼオンと対峙した。彼の周囲の空気は、まるで重力が違うかのように歪んで見えた。冗談のような魔力量だ。彼がその気になれば、俺など一瞬で塵も残さず消し飛ばせるだろう。その絶対的な力の差が、肌を粟立たせる。
「まずは、貴様に問いたい、異世界の賢者よ」
ゼオンが、静かに口を開いた。その声は、穏やかでありながら、戦場全体に響き渡るほどの威圧感を秘めている。
「貴様の戦術、見させてもらった。谷を覆った煙、オークの足を封じた鉄の棘、巨大な腕で城壁を砕いた兵器、そして、沼の魔物を黙らせた奇妙な音。どれも、この世界の誰も思いつかぬ、実に……美しい戦術だった。だがな」
彼の目が、すっと細められる。
「それは、強者の戦い方ではない。影に潜み、罠を仕掛ける、弱者の知恵だ。なぜ、正々堂々と、我らに力で挑まぬ?」
それは、力こそを是として生きてきた、魔王からの純粋な問いだった。俺は、臆することなく、言い返した。
「あんたこそ、なぜ、こんな無意味な戦争を始めた? あんたほどの力があれば、民を飢えさせることなどなかったはずだ。なのに、なぜ、より多くの血が流れる道を選んだ?」
「……我が民を、救うためだ」
ゼオンは、遠い目をして答えた。
「魔族の住む土地は、痩せ細り、作物が育たなくなった。このままでは、我らは緩やかに滅びるしかなかった。だから、より豊かな人間の土地を奪うしかなかった。それ以外の方法を、私は知らなかったのだ」
お、魔王様には魔王様の理由がある。
明日も19時に更新します。
どうぞよろしくお願いいたします。




