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書庫の影が、戦場を統べる

知識無双がはじまる。


次の戦いは、鉄壁の要塞と謳われたケラン砦の攻略戦だった。分厚い城壁を前に、ダリウスたちは「数ヶ月の包囲戦は覚悟せねばなるまい」と頭を抱えたが、俺は首を横に振った。


俺が連れてきたのは、王国中から集めさせた最高の船大工たち。彼らに、俺が描いた一枚の設計図を見せた。それは、俺の世界の歴史書に載っていた、古代ローマの兵器「投石機 (トレビュシェット)」の図面だった。


巨大な錘の力で石を投げる、という単純な原理は、この世界の魔法使いや騎士たちには理解の範疇を超えていたらしい。半信半疑で組み上げられた巨大な木製兵器が、轟音と共に砦の城壁を遥かに超える巨石を投げ込み、内部の兵舎を粉砕した時、味方の軍からさえも悲鳴に近い歓声が上がった。


さらに俺は、砦の上流にある谷の地形図を睨み、ある一点を指さした。


「この谷を、丸太と土砂で堰き止めます。巨大なダムを、数日で造り上げるんです」


将軍たちは、もはや彼の突飛な発想に驚きもしなかった。俺の計算通りに築かれたダムが、川の水を満々と湛えた数日後、俺はダムの一部を破壊させた。溜め込まれた濁流は、上流の木々や岩石を巻き込みながら凄まじい勢いで砦に激突。堅固だったはずの城門を木っ端微塵に粉砕し、城壁の一部を崩落させた。濁流はそのまま砦の内部になだれ込み、防衛にあたっていた魔族の兵士たちを赤子のように飲み込み、押し流していく。城内の兵舎や武具庫の階下は一瞬で水没し、砦は巨大な水瓶と化した。物理的な損害と、目の前で仲間が為すすべもなく流されていく光景は、砦の兵士たちの戦意を根こそぎ奪い去った。もはや抵抗する術も気力も失った砦から、震える手で白旗が掲げられたのは、その数時間後のことだった。



またある時は、〈囁きの沼〉と呼ばれる広大な湿地帯の横断を迫られた。ここには、その鳴き声を聞いた者を狂わせるという魔物〈セイレーン・フロッグ〉が生息しており、これまで数多の部隊が飲み込まれてきたという。


ここでも、俺の武器は本だった。王立図書館で読んだ『大陸の奇妙な生態系』という一冊の本に、その魔物の弱点が記されていたのを俺は覚えていた。「極めて高い特定の周波数の音波を嫌う」と。


俺は鍛冶師たちに、鉄片を叩いて大量の「音叉」を作らせた。そして、沼に入る直前、兵士全員で一斉にそれを打ち鳴らした。


キィィィン、という耳障りな高周波音が響き渡ると、沼のあちこちから聞こえてきていた不気味な鳴き声が、ぴたりと止んだ。狂乱の歌声は沈黙し、王国軍は一人の犠牲者も出すことなく、呪われた湿地帯を渡り切ることができた。


いつしか、俺は兵士たちから「賢者殿」「智将」と呼ばれるようになっていた。


ダリウスに至っては、全ての作戦を俺に一任し、忠実な一手足として動くようになっていた。俺の言葉一つで、三万の軍勢が動く。それは、書店のバックヤードで段ボールを運んでいた頃の自分からは、想像もできない光景だった。


奇妙な高揚感と、人の命を預かる重圧に押し潰されそうになりながら、俺たちは進軍を続けた。そしてついに、魔王の居城――火山岩を削り出して築かれたかのような、黒曜石の禍々しい城塞がそびえ立つ、魔族の領土の心臓部へと到達した。周囲の土地は痩せ、歪んだ木々がまばらに生えているだけ。空は、常に、鉛色の雲に覆われていた。


紙とペンが、三万の剣に勝る――


王道の主人公じゃないけど、

こういう主人公もいいよね。


明日も19時に、よろしくお願いします!

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