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スキルなしの最弱勇者、追い出された先が実は宝の山だったので、日本の知識で楽園国家を建国します  作者: 鈴城幻司
サイドストーリー:賢者と魔王の冒険

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第四部:知恵の収穫

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします!


約束の三週間が過ぎた。


俺が実験場として与えられた、かつて死の大地だった畑は、今や魔族の国の新たな聖地となっていた。


噂が噂を呼んだのだ。


「人間の賢者が、呪われた大地を蘇らせている」


その、にわかには信じがたい噂を確かめようと、首都ガルン=ハダルだけでなく遠方の領地からも多くの魔族たちが、この畑を訪れるようになっていた。彼らは巡礼者のように、静かに、そして厳粛に、柵の外から畑の光景を眺めている。


その光景は、誰の目にも奇跡としか映らなかっただろう。


A区画は、相変わらず一本の草も生えない死の大地のまま。


B区画(殺菌処理のみ)とC区画(土壌中和のみ)の作物は、かろうじて成長はしているものの、その育ちは遅く葉の色もどこか不健康な黄色がかっている。


だが、D区画(殺菌および、土壌中和)は違った。


そこに広がっていたのは、力強い生命力に満ち溢れた青々とした作物の海。それは病気など全く知らなかった頃のこの土地の豊かさそのものだった。


魔族の民たちは、その圧倒的な生命の緑を前に、ある者は涙を流し、ある者は大地に膝をつき祈りを捧げていた。


そして、その畑の中心で、訪れる人々になぜこのような違いが生まれたのかを熱心に、そして誇らしげに説明している者たちがいた。カルグと彼が率いる百名の兵士たちだ。


「これは呪いでも魔法でもない! ケンタ様の『知恵』がもたらした当然の結果だ!」


かつて、俺を誰よりも疑っていた男が、今や俺の教えを誰よりも熱心に説く伝道師となっていた。彼の言葉に、民衆は熱狂的に耳を傾けていた。グロル将軍の扇動の言葉が、急速にその力を失っていくのを、俺は肌で感じていた。


そして、運命の最終評定の日がやってきた。


玉座の間は、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。ヴァレリウス魔王、ゼオン、そして大陸各地の魔族の有力な氏族長たちが、ずらりと顔を揃えている。グロル将軍もまた苦虫を噛み潰したような顔でその末席に座っていた。


俺は、その中央に進み出た。


「魔王陛下。そして魔族の諸君。約束の三週間が経った。これより我が実験の結果を報告する」


俺は、まず、A、B、C、D、それぞれの区画から収穫した作物を、皆の前に並べてみせた。A区画は枯れた根が数本だけ。BとCは貧弱な小さな実。そしてD区画の作物は、大きくずっしりと実っていた。その圧倒的な物量差。どよめきが広間を揺るがした。


「これが結果だ。だがこれは奇跡ではない。原因が分かれば誰にでも再現できるただの科学だ」


俺は巨大な黒板を用意させ、そこに図解を、描きながら説明を始めた。


「まず、諸君らの畑を蝕んでいたのは『灰色根腐れカビ』とでも呼ぶべき特殊な菌類だ。こいつは作物の根に寄生し栄養を奪う。そして非常に感染力が強い」


俺はカビの拡大図を描き、その生態を説明した。


「そして、なぜこのカビが、これほど爆発的に増えたのか。その原因が土壌の酸性化だ。火山灰を多く含む諸君らの土地は、もともと酸性が強い。そこに長年同じ作物だけを植え続けたことで、土の酸と塩基のバランスが完全に崩れてしまった。そして、この『灰色根腐れカビ』は、酸性の土壌を何よりも好むのだ」


俺はリトマス試験紙を取り出し、それぞれの区画の土を溶かした水に浸してみせた。A区画の水は強い赤色に。D区画の水は穏やかな中性を示す緑色に。その鮮やかな色の変化。それは魔法よりも、ずっと雄弁に真実を物語っていた。


「故に治療法は二つ。まず硫黄の化合物でカビを殺菌する。次に石灰の粉で土の酸性を中和する。ただ、それだけだ。それは呪いを解く祈祷ではない。病気の原因を取り除くただの治療だ」


俺のプレゼンテーションは終わった。広間は水を打ったように静まり返っていた。


その沈黙を破ったのは、グロルだった。


「……戯言を!」


彼は、玉座を蹴立てるように立ち上がった。


「人間の小賢しい口先だけの魔術に惑わされるな! 我ら、魔族の誇りは力だ! 剣だ! このような土いじりの農夫の知恵が、我らを救うものか! 我らを救うのは人間の肥沃な土地と奴隷だ! 戦いこそが、我らの進むべき唯一の道だ!」


だが、その魂の叫びに同調する者は、もはや誰もいなかった。


ヴァレリウスが静かにグロルに問いかけた。


「……グロル将軍。では、問う。あなたの言う、その『戦い』で、このD区画の作物のただの一粒でも、生み出すことができるかな?」


「……それは……!」


「できまい。あなたの力は、ただ奪い破壊するだけの力だ。だがケンタ殿の知恵は何もない場所から、生命を、未来を創り出すことができる。……どちらが、真に我らの民を救う力か。もはや明らかであろう」


そして、ヴァレリウスはカルグを前へと促した。


カルグは進み出て、グロルの前に跪いた。


「……将軍。俺は、生涯、あなたに忠誠を誓ってきました。力の道こそが我らガルナック一族の誉れだと、信じてきました」


彼は、ゆっくりと顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。


「ですが、俺はこの三週間で見てしまいました。死んだ大地が蘇るのを。飢えた民の顔に、希望の光が宿るのを。そして何より、ケンタ様が俺たち魔族と分け隔てなく、共に汗と泥にまみれる、その姿を。……将軍。俺が今、忠誠を誓うべきは、破壊の道ではない。この創造の道です。俺は、この畑を守りたい。この、未来を守りたいのです」


それは、ガルナック一族の最強の戦士からの訣別の言葉だった。


グロルは、全てを失った。彼は、怒りにその巨体をわなわなと震わせ、そして何も言わずに玉座の間を去っていった。


その日の夜。ガルン=ハダルでは、数ヶ月ぶりとなる盛大な祝宴が開かれた。


D区画で、試験的に収穫された新しい作物が、民衆に振る舞われた。それはまだ十分な量ではなかったが、民にとっては何よりの希望の味だった。


俺はその宴席で、ヴァレリウス魔王に一つの提案をした。


「……グロル将軍を、罰するのですか?」


「……無論だ。奴は国を分裂させようとした」


「待ってください。彼と彼の力を、この国のために活かす道があります」


俺は、魔族の国の広大な未開拓地の地図を広げた。


「この国は、まだ誰も知らない宝の山だ。未知の鉱脈、未知の魔物、未知の土地。……グロル将軍と彼の一族に、その未開拓地の調査と開拓を命じるのです。『先遣開拓軍』として、彼らの有り余る力を、国の外へ未来へと向かわせるのです。戦う相手は人間ではない。未知なる自然。それならば彼らの誇りも保たれるはず」


俺の提案にヴァレリウスもゼオンも目を見開いていた。


「……ケンタ殿。あなたは、どこまで……」


「敵を、ただ排除するだけでは、何も生まれません。彼らにも役割を、誇りを与える。それが本当の意味で、国を一つにまとめる、ということだと、俺は思います」


数日後。俺は、ゼオンと共に帰国の途についた。


ヴァレリウス魔王をはじめ、カルグ、そして、魔族の民たちが総出で俺たちを見送ってくれた。その中には、グロルの姿はなかった。だが、彼が俺の提案を受け入れ、すでに未開拓地への遠征の準備を始めている、と、聞いた。


「……ケンタ」


黒竜の背の上で、ゼオンがしみじみと言った。


「お前は、俺たちの畑を救っただけではない。……お前は、俺たちの魂を救ってくれたのかもしれん」


俺は何も答えなかった。ただ、眼下に広がる異世界の雄大な大地を眺めていた。


俺が守りたかったのは、俺のささやかな楽園だけだった。だが、俺の知恵は、いつしか国境を種族を超えて、この巨大な大陸全体の平和を育む力となっていた。その途方もない事実の重みを、俺は静かに噛み締めていた。


賢者と魔王の冒険(完)


明日から、別のサイドストーリーになります。

19時に。どうぞよろしくお願いいたします!

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