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スキルなしの最弱勇者、追い出された先が実は宝の山だったので、日本の知識で楽園国家を建国します  作者: 鈴城幻司
サイドストーリー:賢者と魔王の冒険

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第一部:魔王の嘆き

新作のサイドストーリーです。


ニイガタの建都から、さらに二年が過ぎた。


俺たちのニホン国は、今や、大陸東方の辺境において、誰もが無視できない独自の文明を築き上げた小国家として、その地位を確立していた。トーキョーの人口は三千人を超え、湖畔の港にはアストリア王国からの商船がひっきりなしに出入りしている。彼らが持ち込む王都の文物や香辛料と俺たちが輸出する魔鋼石を刃先に使った革新的な農具や芸術品とまで評されるようになった漆器。その交易は両国にかつてないほどの富をもたらしていた。


ニイガタで収穫される莫大な量の米は、ニホン国民の胃袋を満たすだけでなく、貴重な輸出品としてアストリアの食糧事情さえも改善しつつあった。


戦乱の記憶は、少しずつ人々の日常から遠ざかり、穏やかで豊かな平和が俺たちの国を優しく包み込んでいた。


その日の午後、トーキョーの空に巨大な影が舞った。


だが、かつてのような警鐘の乱打は起こらない。それどころか街のあちこちから子供たちの歓声が上がった。


「あ! ゼオじちゃんだ!」


「ドラゴンだー!」


俺の息子、七歳になったアラタもその一人だった。彼は妹のハナの手を引き、書斎で仕事をしていた俺の元へ息を切らせて駆け込んできた。


「とーと! ゼオじちゃんが来たよ!」


「ああ、分かってる。慌てるな」


俺は、笑って二人の頭を撫でた。黒竜の飛来は、今やこのトーキョーにおいて吉報を知らせる祝祭の狼煙のようなものになっていた。


俺は、リリアーナと子供たちを連れて街の外れの平原へと向かった。そこには、轟音と共に巨大な黒竜が、その巨体を横たえ、その背からは旧友がひらりと舞い降りるところだった。


「よぉ、ケンタ。息災か」


「ゼオン! 久しぶりだな」


「とーと! ゼオじちゃん!」


アラタがゼオンの足元に勢いよく抱きつく。ゼオンは、その小さな体を軽々と抱き上げ、その頬を無精髭で、わざとこすりつけた。


「はっはっは! アラタ、大きくなったな! ハナも元気そうじゃないか」


彼は、懐から奇妙な土産物を取り出した。一つは角度によって七色に輝く美しい鉱石。もう一つは叩くと不思議な音色が響く小さな木の実の笛。


「すごい! ありがとう、ゼオじちゃん!」


子供たちは大喜びだ。リリアーナも穏やかな笑みを浮かべて、旧友との再会を喜んでいた。


「ようこそ、ゼオン様。長旅、お疲れでしょう。今夜は宴席を設けます。ニイガタから今年の新米が届いたところですの」


「ほう、新米か! それは、楽しみだ」


その再会は、どこからどう見ても親しい友人の穏やかな帰郷、そのものだった。だが、俺は見逃さなかった。ゼオンが子供たちに向ける笑顔の奥に、深く、暗い、疲労と苦悩の色が浮かんでいるのを。


俺は、ゼオンをトーキョーの街の簡単な視察へと連れ出した。


「……驚いたな。来るたびに、街が、大きくなっていく」


ゼオンは馬に乗り、俺と並んで、石畳の敷かれた大通りを進みながら感嘆の声を漏らした。


「あれは、何だ?」


「学校さ。俺たちの国の未来を創る場所だ」


俺が指さした先には、新しく建てられた木造の大きな建物があった。中からは、子供たちの元気な声が聞こえてくる。そこでは身分に関係なく、この国に住む全ての子供たちが、読み書きや計算、そして俺が教える初歩的な科学や歴史を学んでいた。


「……全ての子供に教育を、か。我ら魔族にはなかった発想だ」


「国の力は兵士の数じゃない。その国に住む一人一人の知恵の総量で決まる。俺はそう信じている」


俺たちは、港へ向かった。そこでは、アストリアの商船からワインや香辛料が降ろされ、代わりに俺たちの国の漆器や改良型の農具が、次々と積み込まれていく。アストリアの商人とニホン国の役人が、笑顔で帳簿を確認しあっている。


「……信じられん光景だ」


ゼオンが呟いた。


「かつて、我らが喉から手が出るほど欲し、そして多くの血を流して奪おうとした豊かさが、ここでは血を流さずに生み出され、そして、分かち合われている……」


彼の横顔は、どこか寂しげだった。



その夜、宴席が終わり、皆が寝静まった後。


俺は、ゼオンと二人、自室の書斎で酒を酌み交わしていた。


リリアーナが気を利かせて、とっておきの木の実の酒と干し肉を用意してくれた。俺は、単刀直入に切り出した。


「……何かあったんだろ、ゼオン。お前の国で」


ゼオンは、杯の中の酒を一気に飲み干すと、重い重いため息をついた。


「……ケンタ。俺は、お前に詫びなければならん」


「詫びる?」


「そうだ。俺はお前の知恵を、お前の哲学を、完全に理解していなかった。俺は、あまりにも未熟だった」


彼の言葉は、懺悔のようだった。


「……俺の国で異変が起きている。お前が教えてくれた農法で緑を取り戻しつつあった俺たちの畑が……今、次々と枯れ始めているんだ」


「何だって?」


「灰色のカビのようなものに作物が覆われ、根から腐っていく。それは、まるで呪いのように、畑から畑へと広がり続けている。俺の国の錬金術師たちも祈祷師たちも、誰一人その原因が分からない」


彼は、苦渋に満ちた顔で続けた。


「……そして、最悪なことに、その飢饉を利用しようとする者たちが現れた」


「……政敵か」


「ああ。ガルナック一族を率いるグロル将軍だ。奴は俺がお前と和平を結んだ時から、ずっと俺のやり方を快く思っていなかった。奴らは、今も力こそが魔族の誇りだと信じ、征服こそが我らの繁栄の道だと信じきっている、古い世代の最後の残党だ」


ゼオンは、拳を強く握りしめた。


「グロルは、この飢饉を『人間との和平が大地の神の怒りを買った結果だ』と、『人間の使う脆弱な農法が魔族の土地を汚した呪いだ』と、民衆の前で吹聴して回っている。そして腹を空かせた民は……その扇動に乗り始めている」


「後継者のヴァレリウス公は、どうしている?」


「……ヴァレリウスは、賢明な男だ。だが若すぎる。そして力が足りない。グロルのような百戦錬磨の武人たちを抑え込むだけの力がな。……このままでは、ヴァレリウスは失脚させられるだろう。そうなればグロルが新たな魔王となり、奴は必ず、再び、人間への侵攻を開始する。今度は俺のいない、歯止めのない、殲滅戦争を、だ」


事態は、俺が想像していたよりも遥かに深刻だった。


ゼオンは立ち上がり、俺の前に進み出た。そして、彼はあの、かつての魔王が、俺に対して深く深く頭を下げた。


「……ケンタ。俺は、山を砕くことはできる。だが、この目に見えぬ畑の病を治すことはできん。俺の力は、この危機の前ではあまりにも無力だ。だが、お前の知恵は……お前の知識は俺にはない力だ。俺にはもう、お前しか頼れる者がいない」


その声は、懇願だった。


「友よ。……俺の民を救ってくれ」


俺は、リリアーナに全てを話した。彼女は黙って俺の話を聞いていた。


「……危険な旅になりますわね」


「ああ。魔族の国だ。何が起きるか分からない」


「ですが、あなたは、もう行くことを決めているのでしょう?」


彼女にはお見通しだった。


「……ゼオンは俺の友達だ。それに、もし魔族の国で、再び戦争が始まれば、その炎は必ずこのニホン国にも降りかかってくる。戦いを未然に防げる可能性があるのなら、俺は行かなければならない」


リリアーナは静かに頷いた。


「……いってらっしゃい、あなた。ここは私が必ず守りますから。アラタとハナとあなたの帰りを待っています」


その言葉が、俺の最後の迷いを断ち切った。


俺はゼオンが持ってきた魔族の国の地図を広げた。そして、枯れたという作物のサンプルを念入りに観察し始めた。


俺の、新しい戦いが、また始まろうとしていた。


明日も19時に。

どうぞよろしくお願いいたします!

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