第四部:黄金の国
巨大な治水システムが完成しました!
その年の秋。
かつて呪われた氾濫原だった土地は、見渡す限りの黄金色の稲穂で埋め尽くされていた。
俺たちの前に広がっていたのは、もはやただの平野ではなかった。それは人間の知恵と不屈の労働が、自然の猛威に打ち勝ったことの何より雄弁な証明だった。風が吹くたびに豊かに実った稲穂が、さざ波のように揺れる。その光景はまるで黄金の海そのものだった。
「……すげえ……」
誰かがそう呟いた。その声は深い感動に震えていた。
収穫の日。
俺たちは誰に命じられるでもなく、総出でその黄金の海へと分け入った。男も女も元兵士も元農民もアストリアから来た技術者たちも。誰もが鎌を手に、汗を流し、その恵みを一粒たりとも無駄にはしまいと夢中で刈り取っていく。
その輪の中心には、もちろんボルグがいた。彼はまるで、長年連れ添った妻を愛でるかのように、一本一本の稲を慈しむように刈り取っていく。その顔には、故郷を追われた難民だった頃の陰りはどこにもなかった。ただ、大地への深い感謝と、収穫の喜びに満ち溢れていた。
収穫作業の合間には、女たちが歌を歌った。それはこの土地で自然に生まれた新しい歌だった。川の恐ろしさと、それを乗り越えた人々の喜びを素朴な言葉で綴った、力強い労働の歌。その歌声は、黄金色の平野に、どこまでもどこまでも響き渡った。
数日間にわたる収穫を終えた、その夜。
俺は、開拓に携わった全ての民を集め、その最初の収穫を祝う盛大な祭典を開いた。
広場の中央には巨大な焚き火が燃え盛り、その周りには採れたての新米で作った山盛りの握り飯と、川で捕れた魚の塩焼き、そしてトーキョーから、この日のために特別に運ばせた、木の実の酒が並べられた。
宴が最高潮に達した頃、俺は皆の前に立った。
「皆、聞いてくれ!」
俺の声に、歓談の輪が静まっていく。
「一年と少し前、俺たちが初めてこの土地に立った日のことを覚えているか。あの時、俺たちの目の前にあったのは、ただ暴れ狂う川と呪われた不毛の大地だけだった。俺たちは、嵐に全てを奪われ、絶望の淵に立たされた」
皆が、固唾を飲んで俺の言葉に耳を傾ける。
「だが、俺たちは諦めなかった! この土地は、これより我らがニホン国の第二の街となる! この場所は、我々の、そしてこれから生まれてくる全ての子供たちの腹と心を満たす約束の地だ!」
俺は故郷の地図を思い浮かべた。日本で最も米作りに適した、美しい水の豊かなあの土地の名を。
「この土地を俺はこう名付けたい。『ニイガタ』と!」
ニイガタ。新しい、潟。
その言葉の響きと意味を、皆がそれぞれの心で噛み締めている。
そして次の瞬間、地鳴りのような万雷の拍手と歓声が、夜空に響き渡った。
「ニイガタ!」「ニイガタ!」「ニイガタ!」
という新しい故郷の名を呼ぶ大合唱が、いつまでもいつまでも続いた。
俺はその歓声の中、ボルグを皆の前に呼び寄せた。
「ボルグ。この偉大な土地には偉大な指導者が必要だ。誰よりも土を愛し、そして誰よりも民の心の痛みが分かるお前のような男が」
俺は、彼の肩に手を置いた。
「ボルグ。お前をこのニイガタの初代代官に任命する。この土地とここに住む民を頼んだぞ」
「……りょ、領主様……」
ボルグは、その場に膝から崩れ落ちた。その頑強な肩がわなわなと震えている。
「……俺が、代官……。領主様、俺のような、ただの難民だった男が、本当に……」
「あんただから頼むんだ、ボルグ。このニイガタは、あんたのような土地を愛し、懸命に働く者が、正当に報われる場所だ。それをお前自身が証明してくれ」
「……へい! この命に代えても!」
ボルグは泥だらけの手で涙を拭うと、力強く、そう誓った。その姿に、開拓民たちから再び温かい拍手が送られた。
宴が終わり、人々が満足げな顔でそれぞれの寝床へと帰っていく頃。俺は一人、あの最初の丘の上に立っていた。
眼下には、祭りの後の穏やかな静寂が広がっている。そして、その向こうには、月明かりに照らされて銀色に輝く、広大な、広大な、田園風景。
それは、俺の故郷の原風景にも似た、あまりにも美しい光景だった。
俺たちの国ニホンは、その日、未来へと繋がる巨大な礎を手に入れたのだ。
「ニイガタ」の誕生(完)
明日から別のストーリーが始まります。
どうぞよろしくお願いいたします!




