西からの使者
メリークリスマス!
ニホン国の建国から、四年が過ぎた。
トーキョーの街は、今や大陸の地図にその名を刻む、辺境の一大拠点として知られるようになっていた。その噂は、様々な形で、アストリア王国にも届いているようだった。
ある晴れた日の午後、見張りの櫓から、使者を知らせる旗が振られた。
「西より、アストリア王国の正式な使節団です! 紋章から、王家の名代であることが確認できます!」
その報に、街は、歓迎と、かすかな緊張感に包まれた。バルドルが失脚し、ダリウスが宰相となって以降、王国との関係は表向きは平穏だった。だが、正式な使節団の来訪はこれが初めてだった。
俺は、リリアーナとレオやギデオンといった幹部たちを伴い、街の正門で彼らを出迎えた。
やがて、整然とした隊列を組んでやってきたのは十数名の騎士たちだった。彼らは、王都の最新様式であろう儀礼用の美しい白銀の鎧をまとっている。その一糸乱れぬ動きは、アストリア王国がいまだ健在であることを、雄弁に物語っていた。
隊列の中から一人の騎士が、静かに馬を降りこちらへ歩みを進めてくる。
その顔を見て、俺は、息を呑んだ。
燃えるような真紅の髪。意志の強い、美しい瞳。だが、その佇まいは、かつて俺が知る、ただ猛々しいだけの女騎士のものではなかった。数多の苦難を乗り越え、一つの組織を背負う者だけが持つ、静かな威厳と深い理知がその全身から滲み出ていた。
彼女の胸には、王国騎士団長の証である、獅子の紋章が誇らしげに輝いている。
「ニホン国領主、ケンタ殿。アストリア王国騎士団長として、正式な国交を結ぶべく、王家の名代として参りました」
アリア・フォン・ローゼンベルクは、俺の前で騎士としての最敬礼をとった。
「ようこそ、アリア団長。長旅、ご苦労だった。歓迎する」
俺の、堅苦しさのない歓迎の言葉に、彼女は少しだけ昔の彼女に戻ったかのように、ふっと口元を緩めた。
俺は、アリアたち使節団を伴い、街の中を案内して回った。
彼女たちの驚きは手に取るように分かった。彼らが想像していたのは、おそらく丸太小屋が並ぶ、泥臭い開拓村だったのだろう。だが、彼らの目の前にあるのは、石畳で舗装された清潔な大通り湖から引かれた水路が流れ、整然と区画された美しい街並みだった。道行く人々は、皆、身なりも良く、その表情は明るく活気に満ちている。
「……信じられん。これが、本当に、あの魔の森の中だというのか」
アリアの後ろに控えていた、貴族らしき男が、呆然と呟いた。俺は、彼らをギデオンが棟梁を務める工房地区へと案内した。
「これは……!」
工房に並べられた、新型の農具―――魔鋼石を刃先に使い、てこの原理を応用して、従来の半分の力で土を耕せるようにした鍬や鋤―――を見た、アストリアの技術者は、目を剥いた。
「素晴らしい……! この構造、この素材! 王都のどんな鍛冶師も、こんなものは作れん!」
ギデオンは、まるで自分の孫を自慢するかのように、得意げにその仕組みを説明している。
次に、俺は、彼らを漆器の工房へと連れていった。森の血吸い葛から作った美しい光沢を放つ器の数々。アリアは、その中の一つ、蝶の螺鈿細工が施された、小さな黒い小箱をうっとりと見つめていた。
「……美しい。これが、あの森の蔓から……」
「ああ。呪いも、使い方を知れば、祝福に変わる」
その日の夜、俺たちはロングハウスの食堂で彼らのための歓迎の宴を開いた。
王都の宮廷料理のような豪華なものはない。だが、テーブルの上には俺たちの国の恵みがふんだんに並べられていた。水田で採れた炊き立ての白米。巨大な湖で捕れた魚の塩焼きと醤油で煮付けたもの。リリアーナの畑で採れた色とりどりの温野菜。そして、初めて外交の席で振る舞われる、俺たちの「味噌」で作った、具沢山の味噌汁。
最初は、見慣れない料理に戸惑っていた使節団の面々も、一口また一口と箸を進めるうちに、その顔が驚きと感動に変わっていく。
「……なんだ、この滋味深いスープは……! 体が、芯から温まるようだ!」
「この、黒い液体……! 魚の味を、これほどまでに引き立てるとは……!」
彼らの賞賛の声に、俺たちの村人は我がことのように誇らしげな顔をしていた。
宴の後。俺は、アリアと二人、湖畔を散歩していた。
月明かりが、静かな湖面を照らし、対岸の街の明かりが星のように瞬いている。
「……完敗だ、ケンタ殿」
アリアが、ぽつりと呟いた。
「俺たちは、貴殿らのことを、どこかで見くびっていたのかもしれない。『辺境の元反逆者たちの集落』だと。だが違った。貴殿らは、俺たちの知らない間に全く新しい『文明』をこの地に築き上げていたのだな」
「大げさだよ。俺たちは、ただ皆が腹いっぱい飯を食って、笑って暮らせる場所が欲しかっただけだ」
「それが、一番、難しいことだ」
彼女は、静かに王都の様子を語ってくれた。俺の予想通り、宰相となった父ダリウスと彼女たち改革派は、旧バルドル派の貴族たちの根強い抵抗にあっているという。ガイは騎士団には戻らず、市井にあって自らの剣で、弱い民を助ける用心棒のようなことをしているらしい。その誠実な働きぶりは、徐々に民衆の信頼を勝ち得ている、と。
「……貴殿が、羨ましい」
アリアが本音を漏らした。
「貴殿は、ゼロから理想の国を創っている。だが、我々は腐りきった古い国を内側から、少しずつ修繕していくことしかできない」
「だが、それも同じくらい尊い仕事だ。アリア。あんたやダリウス殿、ガイがいるから、俺も安心して、この国造りに専念できる」
俺たちは、顔を見合わせて笑った。
アリアは、懐から正式な条約の羊皮紙を取り出した。そこには、ダリウス宰相と国王の署名が記されている。
「条約は、ただの紙だ。だが……」
彼女は、騎士の誓いを立てるかのように、右手を自らの胸に当てた。
「このアリア・フォン・ローゼンベルク個人の誓いは、違う。我が剣と我が魂は、ニホン国の友として、貴殿らと共にある。……盟友として、これからも、よろしく頼む」
「ああ。こちらこそ」
俺は、彼女が差し出した手を、固く、固く、握り返した。
かつて、俺に剣を向け、俺に敗れ、そして俺を救うために全てを賭けてくれた気高き女騎士。彼女との間に結ばれた、友情という名の何よりも強い同盟。
俺たちのニホン国は、その日、初めて、世界における確固たる最初の友を得たのだった。
アリアのことが書けて良かったーー
明日も19時に更新します。
どうぞよろしくお願いいたします。




