次元を超える巨大な方程式
国立国会図書館にやって来ました。
俺は、その知識の迷宮に、何日も、何日も、籠り続けた。
俺が挑むべき問題は、ただ一つ。
「如何にして、異世界へ、自らの意志で渡るか」。
俺は、狂ったように、本を読み漁った。
相対性理論、量子力学、超ひも理論。現代物理学が仮説として提示する、異次元の可能性。世界中の神話や伝承に残された、「神隠し」や「異界渡り」の記録。古代文明が儀式に用いたとされる、魔法陣や、呪術の文献。
一見、何の関係もないように見える科学とオカルトの知識。だが、俺の頭の中では、それらが異世界で学んだ「魔法」という名の物理法則によって、一つの途方もない仮説へと結びついていった。
あの召喚魔法陣は、ただの絵ではない。あれは異なる次元の座標を特定し、二つの世界の位相を強制的に同期させるための超巨大な数式だ。そして、その起動キーは、術者の魔力と、召喚対象の魂が持つ、固有の周波数。俺が、あの日、召喚されたのも、そして強制的に送還されたのも、おそらくは世界の理が、俺という「異物」を排除しようとした、一種の免疫反応のようなものだろう。
ならば。もう一度、意図的にあの座標と、俺の魂を共鳴させることができれば。道は、開けるはずだ。
俺は、図書館の閲覧室の片隅で、何枚もの計算用紙に数式を書き連ねていった。異世界で学んだ魔法理論の体系を、こちらの世界の物理法則で再翻訳し、次元を超えるための巨大な方程式を組み立てていく。それは、かつて魔王軍を相手に、戦術を組み立てていた時と同じ知的な興奮に満ちた作業だった。
俺は、なけなしの貯金を全てはたき準備を始めた。
魔術の文献に記されていたマナを集めやすいとされる隕鉄の粉末。物理学の法則に基づきエネルギーを最も効率的に増幅させるための黄金のワイヤー。そして、座標の目印として何よりも重要な触媒。
リリアーナが作ってくれた、あのお守り。これこそが俺の魂とあの世界を繋ぐ、唯一無二の道標だ。
決行の場所は、東京の郊外にある古い神社の跡地を選んだ。文献によれば、そこは古来より、強い地脈のエネルギーが交差する特殊な場所だという。
満月の夜。
俺は、誰のいない森の奥深く、地面に巨大で、そして精密な魔法陣を描いた。それは俺が記憶していた、アストリアの召喚陣を現代物理学と幾何学の知識で、再構築したものだ。
俺は、その中心に立った。
胸の中央に、リリアーナのお守りを固く握りしめる。
目を閉じ、意識を集中させる。
思い浮かべるのは、愛する者たちの顔。
リリアーナ。
アラタ。
待っていてくれ。
今、帰る。
俺は、祈らなかった。ただ、強く、強く、命令した。
開け、と。
俺が帰るべき、世界への道を。
――その瞬間、足元の魔法陣が、眩い光を放った。
明日が最終話になります。
19時に。
どうぞよろしくお願いいたします。




