勇者の武器は、剣じゃない!?
ただの読書好きが、知識だけを武器に
世界の理不尽に立ち向かうことになりました。
アストリア王国軍、総勢三万。その全てが、俺一人に向けて疑いと侮蔑の視線を投げかけていた。
出陣の朝、王都の広場を埋め尽くした兵士たちの前に立った俺は、どうしようもなく場違いな存在だった。貸与された銀の鎧はぶかぶかで、動くたびにカチャカチャと頼りない音を立てる。まるで子供が大人の甲冑を借りてきたかのよう。その手には剣ではなく、丸めた羊皮紙の地図が握られている。歴戦の騎士たちの、鍛え上げられた肉体と殺気立つオーラの中に放り込まれた俺は、草食動物の群れに迷い込んだ肉食獣――いや、その逆か。肉食獣の群れに迷い込んだ、ただの草食動物だ。彼らの視線は、槍の穂先よりも鋭く、俺の心を突き刺した。「あれが、本当に勇者様か?」「まるで書庫から出てきた書生だな」「あんな者に、我らの命を預けられるのか」。そんな声なき声が、広場全体に満ち満ちていた。
「……勇者、ケンタ殿」
隣に立つ騎士団長ダリウスが、苦々しい声で俺を呼んだ。四十代半ば、顔に刻まれた古傷がその武勲を物語る、まさに猛者といった風情の男だ。
「兵の士気に関わる。今からでも遅くはない、その地図ではなく、せめて剣をお持ちになられては」
「いえ、これが俺の剣なので」
俺が素っ気なく答えると、ダリウスはこれ見よがしにため息をついた。彼が俺を「書庫に籠もる変わり者の若造」としか見ていないことは、火を見るより明らかだった。王命ゆえに従ってはいるが、その腹の底には不満が渦巻いているのだろう。兵士たちの侮蔑は、この騎士団長の不信が伝播したものに違いなかった。
そんな針の筵のような空気の中、一筋の涼やかな風が吹いた。
「ケンタ様」
振り返ると、リリアーナ王女が侍女も連れずに一人で立っていた。彼女はまっすぐに俺の元へと歩み寄ると、小さな布の包みを差し出した。
「これは……?」
「手作りの、お守りです。何の力もありませんが……私の祈りを、込めました。夜なべをして、作ったのです。あなたが、ご無事で帰ってこられるように、と」
開いてみると、中には拙い刺繍で星の模様が描かれた、小さな袋が入っていた。その素朴な温かさが、張り詰めていた俺の心をじんわりと解かしていく。
「……ありがとうございます。大切にします」
「どうか、ご無事で。必ず、帰ってきてください。私は……王都で、ずっと、あなたのお帰りを待っていますから」
その真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は頷くことしかできなかった。金銀財宝でも、地位や名誉でもない。この少女のたった一つの祈りが、この理不尽な世界で戦う、俺の唯一の理由になった。
軍は東へ進路を取った。最初の関門は、グリフォンズ・パスと呼ばれる峻険な山道。魔王軍の先鋒、オークの重装歩兵部隊が待ち構えているという、最悪の戦場だった。
道中の軍議は、俺にとって苦痛な時間だった。ダリウスをはじめとする将軍たちは、俺の立てる兵站計画や進軍ルートには舌を巻くものの、こと戦闘の話になると、完全に俺を蚊帳の外に置いた。彼らの戦術は、常に「精鋭部隊による正面突破」。あまりにも単純で、あまりにも多くの血を流すやり方だった。
「隘路での正面衝突は避けられん。我が騎士団の精鋭を先陣とし、中央突破を図る」
軍議の席で、ダリウスが力強く宣言する。他の将軍たちも、当然とばかりに頷いた。それが、この世界の戦いにおける常道であり、正攻法なのだろう。
「待ってください」
俺は、その脳筋な作戦に待ったをかけた。
「正面からぶつかれば、味方の損害も甚大になります。それに、オークの突進力は人間を遥かに上回る。まともにやり合えば、押し切られる可能性が高い」
「では、どうすると言うのだ、勇者殿。他に道はないのだぞ」
ダリウスが、苛立ちを隠しもせずに言う。
「道がなければ、作ればいい。……いや、道を塞げばいいんです」
俺は地図を広げ、一つの地点を指さした。
「まず、斥候部隊を先行させ、オークどもを挑発します。敵は短気で好戦的。必ずや、我々の本隊を追ってこの谷に殺到するでしょう」
「誘い込んで、どうする。挟撃するには、兵力が足りん」
「挟撃はしません。使うのは、これです」
俺が兵に持ってこさせたのは、麻袋に詰められた、黒と黄色の粉末、そして大量の木炭だった。錬金術の書に載っていた、硫黄と硝石だ。それを見た軍属の錬金術師は「これは儀式用の発煙剤の材料ですな。しかし、これほどの量を一体何に……」と訝しげな顔をしている。
「これを調合し、谷の両側から投げ込み、火をつけます。そうすれば……」
知略で進軍せよ!!
明日も19時に公開予定です。
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