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滅びゆく王国と、召喚された俺

アストリア王国に召喚されましたが・・・


王は、この世界の状況を語り始めた。


このアストリア王国が存在する大陸は、今、魔王と名乗る存在が率いる魔族の軍勢によって蹂躙されつつあること。魔族は人間とは比べ物にならないほどの力を持ち、王国の騎士団も敗北を重ね、もはや滅亡は時間の問題であること。そして、この国には古来より、世界の危機に際して異世界から勇者を召喚する秘術が伝えられてきたこと。


要するに、テンプレ通りの異世界召喚だった。だが、その説明は、漫画の冒頭のナレーションのような薄っぺらいものではなく、民の苦しみを憂う王自身の、悲痛な響きを伴っていた。


「……つまり、俺にその魔王とやらを倒せ、と?」


「その通りだ。古の言い伝えによれば、勇者様は我らとは比較にならぬ聖なる力をその身に宿しておられるという。どうか、その力で我らをお救い願いたい」


聖なる力、ね。俺は自分の両手を見下ろした。書店で段ボールを運んで豆が潰れた、しがない契約社員の手だ。こんなものに、世界を救う力など宿っているはずもない。


宰相のバルドルが、口を挟んだ。


「勇者様は、ご自身の能力……スキル、とでも申しましょうか、何か特別な力をお持ちでは? 例えば、天を裂く剣技、あるいは、山を砕く魔力など」


「特別な力……」


そんなもの、あるわけがない。短大で取った図書館司書の資格くらいか? いや、流石にそれは役に立たないだろう。


俺は正直に首を横に振った。


「いや、俺は普通の人間だ。戦った経験なんて一度もないし、特別な力なんて持ってない」


その瞬間、玉座の間の空気が凍りついた。王の顔から血の気が引き、バルドルの目がすっと細められる。彼らは、俺が天から授かったスーパーマンか何かだとでも思っていたらしい。期待が、失望へと変わる空気が、肌に痛い。


俺は畳みかけた。これが一番重要なことだ。


「それより、元の世界に帰る方法は? 魔王を倒したら、帰してくれるんだろうな?」


王は答えに窮し、バルドルの方に視線を送った。宰相は、表情一つ変えずに、残酷な事実を告げた。


「……誠に、申し訳ありませんが。勇者様をこちらへお呼びする術は古文書にも記されておりますが、お返しする方法については、一切の記述がございません」


「……は?」


「つまり、勇者様は二度とご自身の故郷へは……」


片道切符、か。


頭の中で、何かがぷつりと切れる音がした。冗談じゃない。誰が好きで、見ず知らずの世界のために命を懸けなきゃならないんだ。挙句の果てに、故郷にも帰れない? そんなの、生贄と何が違う。


「断る」


俺は、はっきりと言った。


「俺は戦わない。帰る方法がないなら、なおさらだ。そんな都合のいい話があるか。俺はただの一般人だぞ。勝手に呼びつけといて、世界を救え、でも帰れない、なんて無茶苦茶だ!」


俺が声を荒げると、周囲の騎士たちが一斉に槍を構え、殺気立った。だが、それを王が手で制する。


「待て。……勇者殿、そなたの言うことも尤もだ。我らが一方的であったことは認めよう。だが、このままでは我らは滅びる。どうか、どうか慈悲を……」


「あんたたちの都合だろ、そんなの!」


俺は叫んだ。もう、どうにでもなれという気分だった。


「俺だって、日本に帰ってやりたいことが……」


そこまで言って、口をつぐんだ。


やりたいこと? なんだ? 時給1000円の仕事を続けて、半額の弁当を食って、古びたアパートで寝るだけの毎日。あの退屈で色のない世界に、俺は本当に帰りたがっているのか?


俺の葛藤を見透かしたかのように、バルドルが滑らかな口調で言った。


「無論、勇者様には最大限の待遇をお約束いたします。望む限りの金銀財宝、地位、名誉。そして、魔王を討伐した後には、この国の英雄として、何不自由ない暮らしをお送りいただきます。……元の世界での暮らしと比べて、果たしてどちらが幸福か、賢明なる勇者様ならお分かりいただけるはず」


悪魔の囁きだった。それは、俺の空っぽの人生を見透かした、的確な一撃。俺はぐっと言葉に詰まった。


結局、俺は「考える時間がほしい」とだけ告げ、城内に用意された豪華な一室に押し込められた。無駄に広い天蓋付きのベッド、趣味の悪い金ピカの調度品。壁には、歴代の王族と思しき肖像画がずらりと並び、その空虚な瞳で俺を監視しているかのようだ。それは賓客をもてなす部屋というより、鳥かごにしか見えなかった。


窓の外には、レンガ造りの美しい街並みが広がっている。だが、その風景は俺の心には少しも響かない。むしろ、あの窓の向こうの自由と、この部屋の不自由さが、俺をさらに惨めな気分にさせた。


「どうしろって言うんだ……」


ベッドに倒れ込み、天井を仰ぐ。戦う? 何で? この身一つで、魔族なんて化け物に勝てるわけがない。戦わなければ? このまま城に幽閉されて、一生を終えるのか? どちらにせよ、待っているのはろくでもない結末だけだ。


諦めと絶望が心を支配しかけた、その時だった。


コン、コン、と控えめなノックの音がした。


「……どなたですか」


「……私です。リリアーナです」


玉座の間にいた、あのお姫様だった。俺が返事をする前に、扉が静かに開かれ、彼女が一人で入ってきた。手には銀の盆。その上には、湯気の立つスープと焼きたてのパンが乗せられていた。パンの香ばしい匂いが、数日ぶりに、俺の食欲を微かに刺激した。


「お食事がまだだと伺いましたので。……侍女に任せればよいものを、と叱られてしまったのですが、どうしても、直接お詫びがしたくて」


彼女――リリアーナは、テーブルに盆を置くと、俺に向かって深く、深く頭を下げた。


「本当に、申し訳ありません。私達の都合で、あなた様の人生を奪ってしまいました」


その声は、震えていた。演技や儀礼ではない、心からの謝罪だった。


「顔を、上げてください」


俺が言うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。その紫色の瞳は、涙で潤んでいた。


「父や宰相は、あなたを『勇者』としか見ていません。でも、あなたは……突然、知らない世界に連れてこられて、戦えと命令されて……怖いに決まっています。当然ですわ」


その言葉が、ささくれだった俺の心に、じんわりと沁みた。この世界に来て初めて、俺は一人の人間として扱われた気がした。


俺は、ぽつり、と本音を漏らした。


「……怖い、というか、意味が分からないんだ。俺は、ただの書店員で、何の力もない。なのに、どうして俺が……」


「……」


「あんたたちの世界がどうなろうと、正直、俺には関係ない。そう思うだろ?」


「……はい」


リリアーナは、静かに頷いた。


「そう思われるのは、当然です。ですが……それでも、お願いするしかありません。先日、西の砦が魔族に落とされました。そこにいた兵士も、砦の街の住民も、女子供に至るまで、誰一人戻ってきません。魔王の軍勢によって、街が焼かれ、たくさんの人々が家を、家族を失っています。昨日まで笑い合っていた人が、次の日には冷たくなっている。そんな光景を、これ以上見たくないのです。……これは、私の我儘です」


彼女の言葉は、抽象的な「世界の危機」ではなく、具体的な「人々の死」として、俺の胸に突き刺さった。彼女は、ただひたすらに誠実だった。政治的な駆け引きも、甘言もない。ただ、民を想う一人の少女の、悲痛な願いがそこにあった。


俺は、しばらく黙り込んだ後、口を開いた。


「……本が、読みたい」


「え?」


「この世界のことが知りたい。歴史、地理、魔法、魔物……何でもいい。とにかく、情報がほしい。ここの図書館、使わせてもらえないか」


俺の突拍子もない頼みに、リリアーナは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに力強く頷いた。


「はい、もちろんです!父には私から話します。王立図書館の全ての本を、あなたの自由に」


リリアーナ姫の思いが伝わったかな。


続きは、明日19時に公開します!

どうぞよろしくお願いいたします。

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