巨大な悪意・・・仕掛けられた噂
アリアとの戦いを終えて。
「勇者様は、魔王と裏で通じ、魔族の妖術で軍を操ったのだ」
「あの弱さで魔王を倒したなど、ありえぬ。きっと、王国を売り渡す密約を結んだに違いない」
「軍の兵士たちも、皆、勇者に心酔しているという。これは、王位を狙った簒奪の企みなのでは……」
バルドルが巧妙に仕掛けた噂は、俺の弱さを「証明」する模擬戦の動画と共に、あっという間に王都中に広まっていった。最初は酒場の与太話だったものが、尾ひれがつき、いつしか誰もが信じる「真実」へと変わっていった。
あれほど熱狂的だった民衆の視線は、今や疑念と恐怖の色を帯びていた。俺を「賢者様」と呼んで慕ってくれた兵士たちでさえ、どこか距離を置くようになった。ダリウスは俺の無実を訴え続けてくれたが、彼の声は巨大な悪意の奔流にかき消された。
そして、決定的な日がやってきた。
再び召喚された玉座の間は、凱旋の日とは打って変わって、氷のように冷え切っていた。玉座のアルフォンス王は、憔悴しきった顔で俺を見据えている。その瞳には、かつての信頼はなく、恐怖と猜疑心だけが渦巻いていた。
「勇者ケンタよ」
王が、絞り出すように言った。
「そなたに、問いたいことがある」
そこからは、糾弾のオンパレードだった。俺とゼオンの関係、俺が使った戦術の「異質さ」、そして軍の兵士たちに対する俺の影響力。俺が何を答えようと、隣に立つバルドルが巧みな言葉で、全てを「王国への脅威」に結びつけていく。
「ご覧ください、陛下。勇者殿は、魔王を友と呼び、その危険性を少しも理解しておられない。その不可解な『知識』は、いつ我らに牙を剥くやも知れぬ、諸刃の剣。そして、ダリウス騎士団長をはじめ、軍の心はもはや陛下ではなく、勇者殿にあります。これを、謀反の兆しと言わずして、何と申しましょう!」
「黙りなさい、バルドル!」
悲痛な声が響いた。リリアーナ王女だった。彼女は、涙ながらに父王に訴えかけた。
「お父様、目を覚ましてください! ケンタ様は、この国を救ってくださった大恩人です! それを、このような形で貶めるなど、人の道に外れています!」
「リリアーナ、控えよ!」
王の叱責が、彼女の言葉を遮った。もはや、王の耳には、真実の声は届かない。彼は、自分の玉座を脅かすかもしれない「異物」を、ただただ恐れているだけだった。
長い、長い糾弾の末、王はついに結論を下した。
「……勇者ケンタ。そなたの功績は、疑いようもない。だが、そなたのその異質さと、軍への影響力が、王国の安寧を脅かすやもしれぬという懸念もまた、事実……」
そこで、バルドルが待ってましたとばかりに進み出た。
「陛下。一つ、妙案がございます。勇者様のこれまでの功績に報い、かつ、王都の安寧を守る、一石二鳥の策が」
バルドルは、芝居がかった仕草で地図を広げ、王国の最果てを指し示した。
「勇者様には、辺境伯の爵位と共に、この地を領地としてお与えになるのがよろしいかと。かの、『魔の森』でございます」
その名が出た瞬間、貴族たちが息を呑んだ。
魔の森。人間が足を踏み入れれば二度と戻れないとされ、毒の瘴気が満ち、凶暴な魔獣が跋扈する、呪われた土地。そこを与えるということは、事実上の追放、いや、緩やかな死刑宣告に等しかった。
「辺境の守りという重要な役目についていただければ、勇者様もご自身の力を存分に発揮できましょう。そして、王都から離れた静かな地で、ゆっくりとお休みになるのが、英雄への最大の礼遇かと存じます」
完璧な筋書きだった。
表向きは、破格の「報酬」。
しかし、その実態は、厄介払いのための「島流し」。
俺は、もはや何も言う気が起きなかった。人間の醜い部分を、これでもかと見せつけられた。この茶番に、これ以上付き合うのはごめんだ。
俺は、玉座の王と、その隣で勝利の笑みを浮かべる宰相を、冷え切った目で見返した。
「……謹んで、お受けいたします」
その言葉に、リリアーナが「そんな!」と悲鳴のような声を上げた。だが、俺は彼女の方を見ることなく、踵を返した。
こうして、俺は救国の英雄から一転、国を脅かす厄災へと堕とされた。
たった数週間で、全てを失った。
地位も、名誉も、そして人間への信頼も。
俺に残されたのは、「魔の森の辺境伯」という虚しい称号と、誰もが死にに行くだけだと嘲笑う、呪われた土地だけだった。
明日から新章突入します!
明日も19時に更新。
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




