賢者を試す剣、英雄を試す罠
この世で一番怖いのは、人間ですね。
その夜、王城では俺の勝利を祝う盛大な祝賀会が開かれた。
着慣れない貴族の正装に身を包んだ俺は、次から次へと挨拶に来る貴族たちに愛想笑いを浮かべるだけで、精も根も尽き果てそうだった。ある者は己の領地への技術指導を求め、ある者は自分の娘との縁談を持ちかけてくる。彼らにとって、俺は救国の英雄であると同時に、利用価値のある駒でしかなかった。誰もが俺の機嫌を取り結び、自分の領地に引き込もうと必死だ。人間とは、これほど現金な生き物だったか。
そんな喧騒から逃れるように、バルコニーで一人、夜風に当たっていた時だった。
「しばし、よろしいかな。賢者殿」
凛、とした声に振り返ると、そこに一人の女騎士が立っていた。銀の装飾が施された美しい鎧、腰には見事な長剣。短く切りそろえた真紅の髪が、シャンデリアの光を浴びて燃えるように輝いている。その美貌と、全身から発する気迫に、俺は思わず息を呑んだ。
「貴女は……」
「王国騎士団副団長、アリア・フォン・ローゼンベルクと申します」
彼女――アリアは、俺を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、他の貴族たちのような追従の色はない。あるのは、純粋な闘争心と、隠しきれない苛立ち。
「貴殿の武勲、騎士として敬意を表します。ですが、腑に落ちない。我ら騎士団が、あれほどの犠牲を払っても勝てなかった魔王軍を、如何なる智謀を用いれば、剣も交えずに屈服させることなど可能なのか」
「……それは、対話によって、としか」
「対話!」
アリアの声が、鋭くなった。
「戦場において、力こそが真実! 血を流す覚悟なき者の言葉が、なぜ、あの魔王に通じたのですか! 貴殿は、何か人ならざる力……魔術か、あるいは呪いのようなものを使ったのではないか?」
「そんなことはない」
「ならば、証明していただきたい!」
アリアは、腰の剣に手をかけた。
「賢者殿。いや、勇者ケンタ殿。私と、手合わせ願いたい。貴殿が魔王軍を打ち破った、その『本当の力』を、この身で確かめさせていただきたいのです!」
あまりに唐突な申し出に、俺は狼狽した。
「待ってくれ、俺は戦士じゃない。あんたみたいな騎士と戦えるわけが……」
「逃げるのですか!」
アリアの叫び声に、周囲の貴族たちが何事かとこちらに注目する。まずい。この状況は、非常にまずい。
その時だった。人垣を割って、バルドルがにこやかな笑みを浮かべて現れた。
「これは、これは。アリア殿、勇者様を困らせてはいけませんぞ」
そう言いながら、その目は全く笑っていない。
「しかし、これも余興。勇者様の御力を、民に、兵に示す良い機会やもしれませぬな。アリア殿も、英雄の胸を借りる、またとない機会。そうは思わんかね?」
バルドルの言葉に、野次馬たちが「そうだ、そうだ!」と囃し立てる。完全に、逃げ道を塞がれた。俺は、アリアと、そしてその後ろで糸を引くバルドルの、二重の罠に嵌められたのだ。
模擬戦は、城の中庭で執り行われることになった。
木の棒を一本渡された俺の前に、抜き身の剣を構えたアリアが立つ。その剣捌きは、素人の俺の目にも、達人のそれだと分かった。ダリウスとリリアーナが、王の側で、心配そうにこちらを見ている。だが、王自身は、どこか好奇の目で、この見世物を楽しんでいるかのようだった。
「始め!」
という合図と共に、アリアが疾風の如く踏み込んできた。俺は咄嗟に身を屈め、頭上を風切り音が通り過ぎるのをやり過ごす。速い。一撃でも食らえば、ただでは済まないだろう。
俺にできるのは、逃げ回ることだけだった。だが、ただ闇雲にではない。俺は、アリアの動きを、その剣筋を、呼吸のリズムを、必死に観察していた。まるで、難解な本を読み解くように。アリアの猛攻を、時に転がり、時に飛び退いて、必死に避ける。観衆からは、失笑が漏れ始めた。
「なんだ、逃げてばかりではないか」
「あれが、本当に勇者様か?」
悔しさに歯を食いしばる。だが、どうしようもない。体力も技術も、何もかもが違いすぎる。
しかし、ただやられるだけでは終われない。アリアが大きく剣を振りかぶり、踏み込んだ瞬間、彼女の重心がわずかに前に傾く、その一瞬の隙を見逃さなかった。俺は彼女の軸足を目掛けて、思い切り足を滑り込ませた。日本の柔道で言うところの、足払いだ。
「なっ!?」
完璧なタイミングだった。体幹の強さで何とか持ちこたえようとするアリアだったが、バランスを崩して大きく体勢を揺らがせる。その隙に距離を取ろうとした、その時。
俺の足が、もつれた。
「うわっ!?」
情けない悲鳴と共に、俺は派手にすっ転んだ。そして、俺が体勢を立て直すより早く、冷たい剣の切っ先が、俺の喉元に突きつけられていた。
「……そこまで!」
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
アリアは、悔しそうに顔を歪めながら剣を収めた。こんな勝ち方、彼女のプライドが許さなかったのだろう。彼女が求めていたのは、俺の「人ならざる力」の証明であり、こんな呆気ない結末ではなかったのだ。
だが、観衆の目に映ったのは、ただ一つの事実だけだった。
――勇者は、驚くほど弱い。
その日から、王都の空気は、ゆっくりと、しかし確実に変わり始めた。
新キャラ登場〜
うーーーん。
さて、どう変わるのか。
弱さ、強さって、なんだろう・・・
明日も19時に。
どうぞよろしくお願いいたします。




