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プロローグ

新作スタートです!


蛍光灯がジー、と単調な羽音を立てて明滅している。古紙とインクの匂いが染みついたこの場所で、俺、佐山健太の人生は、バックヤードに高く積まれた返本用の段ボールそのものだった。行き先も決められぬまま、ただ埃をかぶっていく。


ショーケースのガラスに映った自分は、案の定、生気のない顔をしていた。寝癖のついたボサボサの髪、安物のフレームの奥で、焦点の合わない目が淀んでいる。恋愛経験はもちろんゼロ。こんな男にときめく女性がいるなら、ぜひ一度お目にかかりたいものだ。


「はぁ……」


誰に聞かせるでもなく、ため息が漏れた。 別に、絶望しているわけじゃない。ただ、諦めているだけだ。  子供の頃は、もっとキラキラした未来を想像していた。図鑑で見た未知の生物を発見する学者に、あるいは歴史を塗り替える発明家になるのだと、本気で信じていた。だが現実は、雑誌の付録をビニール紐が食い込むほどきつく縛り、漫画の新刊をキーキーと軋む台車で運ぶ毎日。物語の主人公になれるのは、いつだって物語の登場人物だけだ。俺のような人間は、ページの隅に描かれた名もなき群衆の一人で、その他大勢。それが世界の真理なのだと、いつからか思うようになっていた。


唯一の救いは、この場所が本に囲まれていることだった。 ベストセラー小説の華やかな表紙を横目に、俺は書棚の森の奥、専門書コーナーへと吸い寄せられる。『植物百科事典』、『土木技術の歴史』、『古代文明の製鉄法』。ずしりと重いそれらの本を手に取るときだけ、俺の心は色を取り戻した。ページをめくれば、そこには先人たちが積み重ねてきた知識と知恵が、静かな熱量をもって満ち溢れている。どうしてこの植物はこんな形に進化したのか。どうやって古代の人間は巨大な石を運んだのか。知識のピースが頭の中で組み合わさっていく感覚が、たまらなく好きだった。


最近流行りの異世界転生ものの漫画も、こっそりチェックしている。トラックに轢かれたり、通り魔に刺されたりした主人公が、チート能力をもらって第二の人生を謳歌する。馬鹿馬鹿しいと笑いながらも、心のどこかで羨んでいる自分もいた。もし、俺がこの知識を持ったまま異世界に行ったら?……いや、ちゃんちゃらおかしい。そんな都合のいい出来事が、名もなきモブの一人に用意されているはずもない。


全ての照明が落ち、静寂に包まれた店内を抜け、自動ドアをくぐる。湿ったアスファルトの匂いを運ぶ十月の夜風が、汗のにじんだ首筋を撫でていった。さて、今夜の夕食はスーパーの半額弁当にでもするか。そんな、昨日と寸分違わぬ未来を思い描いた、その時だった。


――世界から、音が消えた。


あれほど耳障りだった車の走行音も、雑踏のざわめきも、何もかもが、まるで分厚い壁に遮られたかのように、ぷつりと途絶える。 なんだ?  そう思った瞬間、視界が真っ白に染まった。熱もなければ衝撃もない。ただただ純粋な「光」が、俺という存在そのものを塗りつぶしていく。抵抗する間も、悲鳴を上げる暇さえなかった。


これが、平凡で、退屈で、何者でもなかった佐山健太としての、最後の記憶だった。

今回の主人公は、モブですwww


続きは、今日の19時に更新します!

どうぞよろしくお願いいたします。

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