英雄の誕る地
風の戦いから一月後。村に、再び戦の気配が届いた。
北の国――ガルマリス王国。
かつて幾度となく剣を交えてきた、エリドの民にとって“仇敵”と呼ぶべき国家だった。
彼らは剣術と魔術を鍛え上げた軍隊を持つが、武器の質は粗悪。だが、それを補って余りある“物量”――兵の数と魔術師の層の厚さを武器に、国境線へと押し寄せていた。
王国より出征命令が下る。
「エリド傭兵団、ガルマリス南下軍の迎撃に参加せよ」
すでにルークは、ただの剣士ではなかった。前線の副将格として、小隊の指揮を任されていた。
「今回の任務は斥候部隊の殲滅。敵は軽装歩兵二十名、術師三名。だが連携が強いと報告されている」
ルークは地図に目を落としながら、小隊の前に立っていた。
「こちらは剣士十名。弓兵五名、補助魔法使いが一。ベックは先陣で剣士隊と壁を作れ。ケリーは弓隊を指揮。俺は左から回って、術師を狙う」
「了解!」
「任せろ!」
十代の頃とは違う。命令を出すルークに、誰もが自然と従うようになっていた。
森の中、敵は散開しながら進んでいた。
ルークは崖の陰から風を読み、敵術師の動きを探る。
「詠唱、始まった……!」
手信号で指示を飛ばすと、ケリーの矢が風を裂いて術師の杖を撃ち落とし、ベックが一気に敵の前列を押し崩す。
「今だ――突撃!」
ルークが突入すると同時に、残る兵が雪崩れ込む。術師は数合で沈み、残兵は混乱の中で投降した。
「殲滅完了……負傷なし。完全勝利だな」
兵の一人が呟いたとき、誰かが言った。
「やっぱり、ルーク隊長がいれば安心だな……!」
こうした小規模戦闘での連戦連勝により、《ヴァルド・ファング》の名は各地に知れ渡るようになった。
「エリドの鉄盾ベック」「千の矢を導くケリー」、そして「影を読む剣、ルーク」。
王国軍の将校までもがその働きに注目し、ついには本営から勅命が届いた。
「エリドの傭兵団を正規軍所属の特別遊撃隊と認定する」
エリド村では、彼らの帰還を祝う祭りが開かれた。
「ルーク! 次はどこに助けに行くんだ?」
「やっぱり戦場で一番すごかったのはベックの盾だって!」
「ケリーの矢は風を裂くって、本当なのか?」
大人たちが盃を掲げ、子どもたちは木の枝を剣に見立ててルークごっこを始めていた。
英雄。伝説。そんな言葉が、彼ら三人の周囲にまとわりつくようになっていた。
その夜、丘にて。焚き火の前で、黒犬ラグスは静かに言った。
「名を得たか」
「ええ。正直、落ち着かないですね」
「名は“盾”にもなるが、“重荷”にもなる。剣に刻んだ名は、引き抜くたびに試される」
「……それでも、やるしかないんですよね。今は、俺が導く側だから」
「ならば、“導く者”に恥じぬ背を見せろ。お前の剣は、もう“己のため”ではない」
風が草を撫で、ラグスの黒毛が揺れた。
「それでもなお、お前の剣が“己の剣”であり続けるなら――いつか、本当に“斬るべきもの”が見える日が来る」
今、背負うものがある。守る者がいる。導く者としての覚悟がある。
それが――英雄と呼ばれる者の、使命だった。