鋼の団 風を断つ
王国から届いた文は、簡潔であったが非常に重いものであった。
「北東の境域にて、騎馬民族〈ハルジア族〉の動き活発化。傭兵団にオルガへの出征を要請す」
ハルジア――風と馬を信奉する騎馬民族。矢と風魔法を駆使し、機動戦を得意とする。軽装ゆえの脆さもあるが、その速さと突撃力は恐るべき脅威だった。
ルークたち《ヴァルド・ファング》は、地元オルガの防衛隊とともに、前線に立つことを命じられた。
出発前夜。ルークは丘に立ち、黒犬ラグスと並んでいた。
「ラグス。今回は“集団戦”だ。しかも、魔法を使う相手もいる。剣と盾だけで、どう動けばいい?」
ラグスはしばし黙り、夜風の中で低く答えた。
「集団戦は“面”の戦いだ。己の一打ではなく、味方の一打を通す“流れ”を作れ。お前は波頭ではなく、潮の流れをつくる礁であれ」
「……潮の流れ」
「そうだ。お前が一歩遅れれば、味方は押される。一歩先に出過ぎれば、仲間が潰れる。“一人では勝てぬ”が、“一人が崩せば負ける”。その覚悟を持て」
ルークは目を閉じてうなずいた。
「魔法はどうです?」
「魔法は“集中”と“詠唱”に依存する力。詠唱を切れ。集中を逸らせ。足を止めさせろ。それが“剣で抗う術”だ」
「なるほど……」
「そして、魔に抗う剣には“気配”がある。気配とは、“断つ意志”だ。曖昧な剣では、風には届かんぞ」
翌朝。戦地は草原の丘陵地帯だった。
王国の魔法師団はまだ到着していなかった。防衛線には地元の槍兵と、剣と盾を持った傭兵団――ルークたち。
守備隊の指揮官の号令が飛ぶ。
「傭兵団、第二列右翼。突撃波に備えよ!」
ベックが盾を肩に担ぎ、ルークは足元の土を掴んだ。
「耐えるぞ。風に飛ばされるな」
ケリーが頷く。
風が鳴る。
騎馬の群れが、丘の向こうから黒い波のように現れた。風を纏った矢が空を裂き、加速された弾道が鋭く襲いかかる。
「耐えろッ――!」
盾を斜めに立て、膝を沈める。矢が跳ね、風が唸る。
最前列の農兵たちが倒れ始める中、ルークたちは踏みとどまった。
ケリーが後ろからの視線を感じて動き、詠唱に入った騎士を指さす。
「あそこだ、ルーク!」
「いくぞ――!」
ベックが盾で押し上げ、ルークが斜めに切り込み、馬の脚を崩す。詠唱が乱れ、風魔法は霧散した。
「詠唱中は“孤立”する。そこを突け!」
ラグスの言葉が、ルークの耳に響いていた。
だが敵は多く、弓兵はまだ絶えず矢を射ってくる。
装備は軽くとも、速度と連携が彼らの命だった。地元兵の陣が崩れかけ、包囲の兆しが見え始める。
「ルーク、このままじゃ……!」
「下がれ! 一度距離を取って、盾壁を組み直す!」
味方が後退を始めたそのとき――
空が割れた。
「火の術、照準完了――! 発射!」
ルークたちの後方からいくつもの赤い光球が落下し、敵の中央部を焼いていく。
続いて、重石の術による投石、霊撃の術による雷の矢が降り注ぐ。
王国魔法第一師団、到着。
「遅いぞ……!」
とベックが呟き、ケリーが疲れたように笑った。
「でも間に合った……」
崩れかけていた防衛線が一気に蘇り、敵は四方からの術と槍に囲まれ、ついに退いた。
戦の後、夜。
ルークは焚き火のそばで、再び黒犬ラグスと向き合った。
「……剣と盾で、持ちこたえました。ラグスの言葉がなかったら、崩れていたと思う」
ラグスは黙って焚き火を見つめる。
「お前が崩れなかったのは、“無理に剣で勝とうとしなかった”からだ。“耐えることが勝ちになる戦”もある。それを知ったなら――お前はもう、戦士だ」
「戦士……ですか」
「だが、次は“指揮”の力が問われる。“一人で耐える”のではなく、“皆を導いて耐えさせる”立場が来る」
ラグスは地面に伏せていた体をゆっくりと起こした。
「剣士から、“隊の剣”になる時が来る」
そう言い残し、黒犬は草の中へと姿を消した。
ルークはその背中を見送りながら、静かに自分の剣に触れた。
風を断った剣は、次に“誰かの盾”になるため、また研がれていく。