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第8話 穢れに奪われたもの

「おはようエレオノーラ」

「アンリさん、おはようございます、今日もよろしくお願いします」

「その様子じゃ変化はなかったようですね」


 出勤するとすぐに、アンリがやって来た。

 見ている範囲で、リオネルの体調などに変化はなかった。それが良いことなのか悪いことなのかはまだわからない。

 穢れや治癒術の状況を調査しているほうも、目立った結果はないようだ。

 朝挨拶して簡単に言葉を交わしただけで、それだけ分かってしまう。


「とりあえず、状況を見るしかないですね、彼が受けた穢れの詳細が分かれば、治癒することも出来るでしょう」

「はい、どうかよろしくお願いします」


 報告が済むと、エレオノーラはいつも通り仕事に向かった。

 といっても毎日大きな魔獣や事故、怪我人が運び込まれるわけではない。治癒の術が必要になる案件というのは、緊急だったり大きな事件や重症の場合などだ。

 今日はそれもなく比較的平穏だった。継続的に行なっている患者の治癒などを行うだけで過ぎて行く。

 あとは経過を見たり、差し入れで頂いたおやつを齧ってみる。

 こんな風に誰も傷つかない平穏な日々だったらいいのに、と思うくらいの一日だった。



 夕刻前になり、そろそろ帰り支度をしようかと陽を見ていると、同僚がやってきた。


「エレオノーラ、迎えが来たよ」

「え? 迎えですか?」


 確かに送迎に馬車を使っているが、今日はなにも言っていない。遅くなる時にすでに待っているということはあるが、まだそんな時間ではないはずだ。

 心当たりがなく、きょとんと目を瞬かせていたエレオノーラの目の前に、濃緑の髪をなびかせたリオネルが笑顔でやってきた。


「お疲れ様エレオノーラ、時間が出来たから君を迎えにきてしまった」

「り、リオネル様!」


 一体どういうことなのか。

 驚きに固まっていると、リオネルは頭の後ろあたりに手を当てるようにして、理由を説明し始めた。


「いやその、一度屋敷に戻ったのだけど、君の帰りがまだだというから、心配で待ちきれなくて来てしまった」

「いえ、でも騎士団のお仕事はどうされたのですか?」

「今日は初日だから、軽く訓練と見回りだけだった、団長にもいい機会だからもっと休めと言われてしまった」


 普段のリオネルは、迎えなんてもっての外だし、そもそも大抵の日はエレオノーラより帰りが遅かった。すっかりそれに慣れていたので、これも本当に想定外だ。


「迷惑だったろうか?」

「いえ、迎えに来ていただけるとは思っていなかったので、驚いただけです」


 はにかむように笑いかけると、リオネルも安堵したようだった。


「待っていてください、上司に報告してきます」

「ああ、俺はここにいるよ」


 リオネルをその場に残し、エレオノーラはアンリを探しに戻る。

 今日は急患もいなく、アンリも書類など細かな雑務を片付けていた。


「アンリさん、すぐに出来る仕事がなければ私はこれで終わろうと思うのですが、構いませんか」

「ええそうしてください、迎えはもう来ていますか?」

「はい、リオネル様がいらしているので一緒に帰ります」

「そうなんですか」


 アンリも目を瞬かせて驚いているようだった。確かに、若返る前のリオネルは騎士団の仕事以外で中央治癒院を訪れたことなど殆どない。たまに訪れた際も、エレオノーラとは別々に帰っていた。


 なにか考えるように視線を動かしていたアンリがエレオノーラのほうを向く。


「エレオノーラ、今度どうなるであれ、必ず原因は突き止めます」

「は、はい、よろしくお願いします」

「今は重く考えず、少し変化のある彼との日々を楽しんでください」

「ありがとうございます」


 アンリの意図は正直わからなかったが、それでも案じてくれているということはわかったので礼を返す。


 あらためて外に出ると、リオネルは同じ場所で待っていた。


「大変お待たせしました」

「いいや、俺が勝手に来てしまったんだ、構わない」


 帰ろうか、そう言いながらリオネルは柔らかに笑う。そんな風に笑ってもらうたびに、エレオノーラの心はなぜか絞られるような苦しさを感じる。

 アンリに、重く考えるなと言われたことを思い出し、心を切り替えるように笑顔を浮かべた。


 馬車に乗り、並んで座る。いつもだったらこんな時は早く屋敷に着いてほしいと祈りながら、黙って座っているしかない。

 だが今日は彼が迎えに来てくれたこともあり、少し気楽な気持ちで話を始めた。


「リオネル様、今日の騎士団はどうでしたか?」

「自己紹介がてら訓練をして、あとは見回りという名の説明だ、まるで新人の従騎士のような気分だったよ」

「身体を動かしたときなど、体調は問題ありませんでしたか」

「それは問題ない、むしろ数日動かず訛っていた割には身体が軽く感じたくらいだ」


 リオネルは笑顔で答えてはいるが、どこか無理をしているようにエレオノーラは感じた。つい衝動的に励ますような言葉を探す。


「なかなか慣れないかもしれませんが、焦らずやっていってください」

「分かっている、だが……」


 そこでリオネルは言葉を区切った。やはり穏やかそうに見えてその表情の奥には曇っているような感情が見え隠れしている。


「騎士団でなにかあったのでしょうか?」

「いいやむしろ逆だ、みんな心配してくれたし、他からも顔見知りだという同期の元騎士が顔を見せてくれた」

「そうですか」


 しかし彼の浮かない表情は影があるようで、どうしても気になる。

 促すように覗き込むと、リオネルは息を吐いた。


「でも、誰一人としてわからなかった」

「え?」

「俺の中には二十三としての記憶があると思っていた、同期は年をとっていてみんな歳上になっていると、そういう覚悟もしていた」


 そうだろう、そのはずだ。実際に多くはなかったが、エレオノーラもかつての彼と年が近い同僚に会ったこともある。第一騎士団や今は予備騎士になっている者にも同期はいたはずだ。


 リオネルは膝の上に組んだ手を置いた姿勢で俯く。


「でもわからないんだ、名乗ってもらっても記憶に靄が掛かったようになって、初対面のような感覚しかない、場所や物の覚えはあるのに記憶がうまく繋がらない」

「そんな、人に関してはまったく覚えていないということでしょうか?」


 確かに騎士団の団長が訪ねてきた時も、リオネルはピンときていない様子だった。部下であり年下だったデリックやコーディのことが分からないということはあり得るが、長く見知った関係である団長のことが分からないというのはおかしい。


 その時は、事件後で記憶も混濁しているのだろうと思っていた。

 しかしそうではないらしい。


「リオネル様、馬車を戻しましょう、中央治癒院でもう一度検査を」

「そんなことをしても無駄だろう、穢れに奪われたんだ」


 ただ単に若返ったわけではなく、周りは見知らぬ環境で知っている者もいない。それは大きな不安となってリオネルを苛んでいるのだろう。

 しかし彼の身体に体調面の異常や穢れを感じられない以上、エレオノーラに掛けられる癒やしの術はない。


「それでも私は、リオネル様の味方でいます。他のみなさんだって同じですよ、とても心配しているじゃありませんか」

「心配しているのは、俺ではなく別のリオネル・ハルザートだろう」


 リオネルは俯くと、組んだ手をじっと見つめながら呟く。

 実際そうなのかもしれないし、前例がないので誰にもリオネルの気持ちはわからない。


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