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第7話 真実の勘違い

「なんだ、そうやってまた俺を除け者にして」

「そんなことはありません」

「だったらなんの話をしていたんだ?」


 なんの話をしていたのか。そう尋ねるということは、詳細までは聞いていなかったということだ。

 思わずエレオノーラは内心胸を撫で下ろす。


「旦那様が無事にお戻りになったので、今夜の食事は少しこだわろうと思っております、エレオノーラ様にはお食事の好みを聞いておりました」

「そんなふうに彼女から色々と聞き出していたのか」

「おや、大切な客人とおっしゃったのは旦那様です、ならば使用人としては万全を尽くしませんと」


 ロベルトはあらかじめ用意していたかのように言葉を返し、リオネルをあしらう。

 ここは任せたほうがいい。


「屋敷のことはわからないし任せると言ったのは俺だが、それでも報告しろ、いいな」

「はい、承知しております」


 リオネルの視線にはまだ疑惑が残っているが、ロベルトも浮かんだ笑顔は揺らがない。

 二人はしばらくその場で睨み合っていたが、折れたのはリオネルだった。


「ところで、旦那様はどういった御用でお戻りになったのでしょうか」

「中央治癒院へ向かう迎えの馬車の用意が済んだらしい」

「えっ、もう来てしまったのですか!」


 朝食も二人だったためか、少しゆっくりしすぎてしまったようだ。


「知らせてくださってありがとうございます、私は行かないと」

「ああ、支度に少しかかると伝えてある」


 支度を手伝ってもらうのにメリルを呼ぶ。

 迎えが来ているから少し急いでいると伝えて、一度部屋に戻ろうと扉のほうへ向かうと、まだその場に立っているリオネルと視線が合った。


 エレオノーラを見た途端に、彼の口角が機嫌良く上がる。

 それがとても珍しい表情だと感じ、思わず立ち止まってしまう。


「どうかしましたか?」

「なにがだ」

「まるで嬉しいことがあったように見えました」


 目を瞬かせつつも緩んだ口元を見て尋ねると、リオネルは口元を押さえた。隠していたつもりだったのだろう。しかしあの冷淡で無表情な姿を見続けていたエレオノーラからしたら、今の彼の喜怒哀楽は非常にわかりやすい。


「いや、迎えの御者がなにか勘違いしていてな。俺を見た途端、奥様のお迎えに参りましたなんて言うんだ」

「っ! そっ、そそそれは面白い勘違いですねっ」


 背中を変な汗が伝っていくような心地がする。

 リオネルは御者の勘違いだと思い、信じなかったようだ。しかしエレオノーラは紛れもなく彼の妻であるし、それは調べられれば簡単に分かってしまう。

 もしもばれてしまったら、あの冷ややかな視線でどういうことだと詰め寄られるかもしれない。それがなにに対しての怖さなのか、エレオノーラ自身にもわからない。


「まあ、今のところは勘違いかもしれないが、そうじゃなくなる可能性もある」

「えっ!」

「俺としては、こんな身でなければ勘違いを本当にしたいところだ」

「あの、それってどういう」

「いいや、なんでもない」


 目を限界まで見開き、目の前に立つリオネルを見る。

 ちらりとこちらを見て、それから彼はふわりと笑顔を浮かべた。

 そんなこと、勘違いではなく本当の夫人であった時だって一度も言わなかったのに。いつでも不機嫌そうに眉を寄せて、なにか言おうとしては口を引き結ぶ。

 エレオノーラはそんな仕草ばかり見ていた。


「迎えが来ているのなら、早く支度をしなければ」


 自分に言い聞かせるように呟くと、エレオノーラはなるべく足早にリオネルの脇を通り抜けた。



 支度を済ませて屋敷を出ると、リオネルはちょうど出掛けるところだったらしい。


「おはよーございまーす」

「おはようございます」

「デリックさん、コーディさん、おはようございます」


 かつての部下であった彼らが、当面の間はリオネルの補佐につく。そう聞いた通り今朝は二人で迎えに来てくれたようだ。

 にこやかに手を上げた二人へ、エレオノーラは丁寧に挨拶を返す。どうかよろしくお願いしますと頼む気持ちを視線で添えると、任せておいてくださいとばかりに頷き返してくれた。


 二人は馬で来ているので、このまま三人揃って馬で騎士団本部に向かうのだろう。


「リオネル様を、よろしくお願いします」

「まーかせてください」

「問題ない、任されるのは副団長の俺だ」

「またー、そんなときばーっかり副団長振るんだから」


 デリックのどこか独特な間伸びの含んだ喋りかたは、どうにもリオネルとちぐはぐだ。コーディが一緒なら大丈夫だとは思うが、いままではどうしていたのかまったくもって不思議に思える。


「そういえば、俺はずっとこの屋敷から通っていたか?」

「そーですよー、一人じゃ通えないかもーって心配だから、俺ら迎えに来たんじゃないですかー」


 若干間伸びしたように話すデリックには、どこか馬鹿にされているように感じるのだろう。リオネルが眉を寄せるように、むっとした表情を浮かべている。

 二人に任せて大丈夫だろうかと不安も感じるが、騎士団本部まで着いて行ったところで、エレオノーラに出来ることはない。


「独身なら、騎士団の宿舎に部屋があるはずだろう」

「ありますよー」

「副団長の部屋は宿舎に存在しておりますが、ご実家であるハルザート家の立場もあり、こちらの屋敷から通っておられました」


 説明が足りないデリックに代わって、コーディがすらすらと答えた。確かに、騎士団の宿舎に部屋があるのはエレオノーラも知っている。

 たまに忙しい時はそこに寝泊まりして仕事をしていることもある。だが、基本的にリオネルはこの屋敷に帰ってきていた。

 確かにハルザート家は歴史もあり、家同士の付き合いも広かった。エレオノーラも社交界や茶会などに参加することだってあるし、先ほどのアノルド夫人のように無下に出来ない付き合いもある。


 でも確かに、今はそのあたりはロベルトが上手く計らっているし、なにかあった時に備えて騎士団の宿舎に常駐するということもありだろう。


「まあ、どーしても、むさ苦しい宿舎がいいって言うなら、すぐにでも引っ越し手伝いますよー」

「……いや、屋敷から通う」


 歓迎しますよ、と言葉を添えてデリックは笑う。

 リオネルは首を振って拒否すると、それから少し離れたところで会話を聞いていたエレオノーラを見た。なんだろう。しばらく視線の意図がわからず、首を傾げる。

 じっと見つめられていたが、はたと我に返った。

 ついのんびりしてしまったが、もうかなり時間は過ぎている。


「そうでした、私も出勤しないとっ」


 待っていた馬車に乗ろうとすると、リオネルはさっと近付いてきて手を貸してくれた。気を付けて、と言葉を添えて馬車へ押し上げてくれる。


「それでは、行ってまいります、帰りましたら今日の体調など診させてください」

「ああ、ありがとう、気を付けて行ってくれ」


 馬車が動き出すと、三人はこちらを眺めて見送ってくれた。


 ロベルトやメリル以外に、こんなに賑やかに見送りがあることがなんだか不思議だ。そう考えながら、馬車に揺られて中央治癒院に向かった。


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