表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/33

最終話 そこにある笑顔


 二人の邪魔にならないなら踊ってみたい。


 そう考えて頷こうとしたとき、厳しい声音で名を呼ばれた。


「エレオノーラ!」

「リオネル様?」


 見るとリオネルが大股でこちらへ向かってくるのが見えた。話は終わったのだろうか。

 ともかく、リオネルが迎えに来たのなら戻らなければならない。


「連れが戻ってきましたので、踊りはまたの機会にします」


 丁寧に二人に断りを入れる。

 女性はすごい勢いでやって来るリオネルをちらりと眺めて、目を丸くした。

 しかしリオネルがすぐそばまで来ると、変わらぬ軽い調子で喋り始めた。


「なんだハルザート副団長じゃん、えっ、ひょっとして副団長の奥様ですか?」

「はい、そうですが、妻になにか問題でもありましたでしょうか」


 歩く速さの割には、微塵も息を切らしていないリオネルは、なんだか厳しい表情でエレオノーラの斜め前に立つ。

 しかし大らかな雰囲気を纏っている女性は、なんでもないことのようにリオネルに状況を説明し始めた。


「踊りに誘っていただけです、踊ったことないっていうから、なら教えてあげるって話していたんです」

「踊り……?」


 リオネルが怪訝な表情で、ちらりとエレオノーラを見た。本当のことなのでこくこくと二回頷いて肯定して見せる。

 しかし女性の口はそこで止まらなかった。


「だって副団長が放っておくから、あっちで男に声かけられて泣きそうな顔で逃げてきたんですよ、これは助けないとって」

「なんですと」


 確かに声はかけられた。なんだか怖かったから適当に逃げたのも本当のことだ。しかし泣きそうな顔ではなかったと思う、たぶん。

 しかしリオネルはそうは思わなかったらしく、神妙な顔でこちらを見た。


「一人にしてすまなかったエレオノーラ」

「いいえ、リオネル様のお知り合いかもしれないとも思ったのですが、よく分からなくてお断りしてしまいました」

「いーや、あれは絶対違うでしょ」


 女性が手を振りながら否定する。踊っている場所からは結構遠かったのにそんなによく見ていたのだろうか。


「まあ、副団長が来たんならさ、一緒に踊ってもらいなよ」

「い、いいえ、結構です!」

「やだって」


 まるで心の内を代弁するように女性がリオネルを誘ってくれるが、エレオノーラは反射的に断った。

 嫌だとは言っていないが、まあそういうことになる返事に、リオネルの表情は強張る。

 これはもしかしなくてもリオネルの心を傷つけてしまったのではないか。


 エレオノーラは慌ててリオネルを見上げた。


「嫌だとか、そういうことではなくて、本当に踊れないんです。習ったこともありませんし、きちんと見たのだって今日が初めてです。その、いつかリオネル様とあんな風に踊れたら素敵だろうなと思って、それで憧れて眺めていました」


 ハルザート家の夫人が夜会でダンスも踊れないのかなど笑いものにされれば、リオネルの迷惑になる。そうは思ったが、いつか一緒に踊って欲しいという期待をついつい言葉に込めてしまう。


 すぐに返事はなかった。

 そっと窺うように視線を上げると、リオネルが僅かに笑みを見せた。


「少しだけ、踊ってみないか」

「リオネル様」

「踊ったことがないのなら猶更だ、初めての君のダンスで手を取らせてくれ」


 僅かに首を傾けて微笑身を向ける。それからリオネルは、とても綺麗な仕草でエレオノーラに向かって手を差し伸べた。


「さあ、手をどうぞ」


 そう言われても手の乗せ方も知らない。でもそんなことは承知で誘ってくれている。そのことに堪えきれないくらいの嬉しさがこみ上げる。

 エレオノーラが神妙な表情でリオネルの手を取ると、後ろから女性の声が聞こえた。


「大丈夫、私結構この国では偉いから、笑ったやつは首飛ばしときます」

「貴女が言うと冗談になりません、おやめください」


 それから女性がパンッと手を打ち鳴らすと、音楽が変わった。ゆっくりと流れる音楽は、初心者のエレオノーラでも足を運びやすいようにと配慮してくれたのが分かる。



 結論を言うと、初めてのダンスは散々だった。リオネルの足を踏んだり、足がもつれて倒れそうになったところを支えてもらったり。ただ二人で音楽に合わせてゆっくりと踊る時間が、とにかくとても楽しい。

 リオネルの視線はずっとエレオノーラへと、とても愛しそうに甘く向けられていた。


 音楽が終わったとき、リオネルは澄ました顔で告げた。


「確かに、踊りに関しては練習が必要だな、これでは誰も相手が出来ない」

「申し訳ありませんでした」


 さすがに楽しかったからまた踊りましょうと言える出来栄えではなかった。

 一生の思い出が出来たと思うしかない。そう思って項垂れるエレオノーラの耳に、どこか楽しそうなリオネルの声が届く。


「構わないさ、練習を口実にエレオノーラを独占したいというつまらない欲だ」


 視線を上げると、口角を引き上げてリオネルは楽しそうに笑っている。


「一緒に踊れるなんて夢みたいだった」


 あのリオネルがそんな風に言ってくれるなんて、エレオノーラこそ夢みたいだと感じている。


 それからエレオノーラは、踊りに誘ってくれたあの女性にも礼を言った。


 それから少し早いが帰ることになった。

 今日のリオネルへの声掛けはきりがない。それに先ほどエレオノーラが声掛けされたということを、リオネルがとても気にしているからだ。


 馬車の中でリオネルはなにかをずっと考えているようだった。

 もしや声を掛けられたことをそんなに気にしているのか、そう思って思わず名を呼ぶ。


「リオネル様?」


「エレオノーラ、俺は君よりもずっと年も上だし、不器用で君を傷付けることばかりしてきた」

「ですが」

「聞いて欲しい。だからせめて俺から君には触れないようにしようと心に決めていた、立場を盾に想いを押し付けたくなかった」


 リオネルなりにエレオノーラを気遣ってくれていたのだろう。だがやはり気遣いの向きがリオネルらしいというかおかしな方向だ。


「ただ君と笑い合って普通に過ごしたいという憧れだけが大きく膨らんでいた、俺を若返らせたのは、そんな醜い欲だろう。だから元に戻って記憶があった時も誰にも言うまいと決めた、そうして元の俺に戻ればいいとそう思った」

「リオネル様……」

「しかし上手くいかないものだな」


 そこまで話すとリオネルは黙り込んだ。エレオノーラのことが好きな自分が嫌い。リオネルはそう言った、今もその気持ちがあるのだろう。


 そこからしばらく無言が続いて、馬車はハルザート家へと戻ってきた。

 まず先に降りたリオネルが、降りやすいように手を差し伸べてくれる。


 その手を借りて馬車から降りたエレオノーラは、まっすぐにリオネルを見上げた。


「最初に変えたいと願ったのは貴方かもしれません、でも私は変わって嬉しいと思えている、それじゃ駄目ですか?」


「そう、だな、駄目じゃない」


「私はリオネルと、ずっとこうしていたいです、たくさん踊ってそれ以外のことも一緒に笑って経験したいんです」


 繋いだ手を離さないまま、真剣に言葉を紡ぐ。


「私はリオネルのこと好きでいたいです、私のことも好きでいてくれますか」


「ああ、ああ」


「それからリオネル自身のこともですよ」


 しっかりと付け加えると、リオネルは嬉しそうに笑ってエレオノーラを抱きしめた。

 そんな風に抱きしめられたのは初めてだが、どきどきと鼓動が早くなっていく。

 こちらからも手を回してもいいだろうか。緊張しながらそっと背中に腕を回すと、勢いよく引き剥がされた。


 どういうことかと目を開いて見上げると、夜目でも顔を赤くしたリオネルが口元を覆っているのかわかった。小さな声ですまないと謝罪と言い訳をしているようだが全く聞こえない。

 どうやら衝動的に抱き締めたが、腕を回されたことで我に返ったといったところらしい。


 エレオノーラの年上の旦那様は、なかなか本当に手強いところがある。


 ただ目が合うと照れたように笑顔を返してくれる。


「ありがとう、エレオノーラ」


 まるで少年のような嬉しそうにしている表情は、若返っていた頃の表情とも重なる。

 そうしてリオネルは、ふわりとエレオノーラを持ち上げくるりとその場で一回りした。


 エレオノーラが欲しいと願った、なにより大切にしたいリオネルの笑顔はいま確かにここにある。



FIN

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ