表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

第31話 ほんとうの想い

 どういうことかとさらに尋ねようとすると、リオネルは執務机に肘をつくようにして頭を抱えてしまった。椅子に座っているわけではないらしく、身体は半分くらい机に埋もれている。

 項垂れている顔をそっと窺おうと覗いてみた。

 表情は見えないが耳まで赤くなっていないか。


 エレオノーラは何度も目を瞬かせて、それから首を傾けて自力で理解しようとする。


「リオネル様は、若返っておられた間のことを覚えているのですか?」

「……」


 返事はないが肯定ということだろうか。

 しかしそれならばなぜリオネルはそれを隠そうとしたのか。覚えていても、想いは全く異なるとでも言わんばかりの態度だ。


「俺が覚えていたとしても、それで君に負担を強いるつもりはない」

「負担?」


 むしろかつてのように冷たい態度を取られるほうが、心の負担だが。

 もしかして二人の考えは、かなり食い違っているのではないか。


 素直に尋ねることは辛かったが、エレオノーラは真っ直ぐリオネルを見据えて尋ねた。


「リオネル様は私のことが嫌いですか?」


 びくりとリオネルの肩が過剰なまでに動く。

 リオネルは、自分の額から頭のあたりに置いていた手を離し、それからエレオノーラを見た。


(嫌い? いいえ、そんなはずないわ)


 自分の問いかけに、エレオノーラはようやく思い出した。

 とても大切なこと。

 若いリオネルが、エレオノーラとリオネルのために伝えてくれたこと。


 リオネル・ハルザートは、妻であるエレオノーラのことを好いている。俺が君を、愛しているからだ。俺がこんなに好きなのに、同じリオネルが君を嫌っているわけがない。


 それは温かく確かにエレオノーラに想いをくれる。目の前にいるリオネルを繋ぐ言葉だ。


「……違う」


 小さな呟きだった。

 聞き逃すまいと、エレオノーラが耳を澄ませたところで、ようやくリオネルは吐き出した。


「俺が嫌っているのは、君のことが好きでたまらない俺自身だ」

「えっ、それはつまり」


 つまりは自分で嫌になるくらい大好きということ。

 そう理解すると、エレオノーラの頬には熱が集まっていく。

 嫌われていなかったという安心と、ならばなぜという疑問など、さまざまな想いが心の中で混ざり合っている。


 もう隠せないと思ったのか、リオネルはそこから少しずつ抱えていた気持ちを話してくれた。


「困っていた君を騙すように妻にした、無理を強いた自覚はあったからせめて触れないようにと心掛けていた」

「無理なんてそんなっ」


 確かに最初からリオネルが淡々とした態度だったので、逆に結婚をすんなり受け入れたところもある。最初から好意を明らかにされていたら、警戒したかもしれない。


「エレオノーラを愛しく想い幸せにしたい、それにはなにより俺のこの想いが邪魔なんだ」


 ようやく聞き出せたリオネルの想いだが、エレオノーラは頬を紅くしたまま、心の片隅でそっと突っ込みを入れた。


(なんだかこの人、とても拗らせているわ)


 確かにデリックもロベルトも、そういうようなことを言っていた気がする。


 確かに、かつてのリオネルは冷たくエレオノーラに関わらないようにしていたが、元の家族のように嫌な仕打ちや追い出すようなことはしていない。

 他の女性と関係を持つような素振りもなかったし、仕事がなければ屋敷にもほぼ帰ってくる。

 だからこそ、エレオノーラも彼がわからず戸惑っていた。


 その理由がわかっただけで、こんなにも心の中に温かな気持ちが広がっていくものか。


 エレオノーラは笑顔を浮かべて執務机を回り込むと、リオネルの手を取った。


「ならば私と一緒に、リオネル様のこと好きになりましょう」

「一緒に、好きになる?」


 大きな手を包むように握り、にっこり笑いかける。

 リオネルは驚き息を呑み、それから不安を表すように視線をうろうろと彷徨わせる。しばらく経ってから、その視線はエレオノーラの笑顔の前に戻ってきた。


「いや、しかし……」

「私は、リオネル様のこともっと好きになりたいんです」


 リオネルはもごもごと口の中でなにかを言っている。

 よく聞こえなくて、耳を澄ませようと近付いたら、飛び跳ねるように一歩下がられた。


「……検討する!」


 もっと言い方があるのではないかと思ったが、黙っておいた。


 エレオノーラだとて決して慣れているわけではない。リオネルの手を取って自分から告白したという状況に、なんだか急に気恥ずかしくなっていく。


「あの、私そろそろ戻りますね、夕食はご一緒出来ますか?」

「わかった、そのつもりでいよう」


 執務机を回り込み戻りながら、スカートをそっと直す。

 

 扉に手をかける前に、もう一度挨拶をと思い振り返る。


 執務机の向こうに立っていたリオネルは、とても優しく温かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「エレオノーラ」

「な、なんでしょうか、リオネル様」

「ありがとう」


 ずるいわ、反則だわ。

 思わずそう思ってしまうくらい、ありったけの想いに溢れていた。


「はい!」


 どうしよう、たまらなく嬉しい。

 こんな素敵な笑顔を見せてくれるなら、きっとリオネル様自身も好きになるわ。



***



 屋敷の者、特にロベルトとメリルはなどは、主人たちの関係に変化があったことをすぐに察知したようだ。

 それでも余計なことは言わず、さりげなく気遣ってくれるところがありがたい。


「メリル、本当にここまでしなきゃ駄目かしら?」

「当たり前ですっ」


 鋭く返したメリルの気合の入り方はすさまじいものだった。

 コルセットはいつも以上に締められ、化粧も淡く可憐にと念入りだ。


 飛竜討伐の祝勝会ともいえる夜会に行くのに、エレオノーラはドレスを新調した。

 一回の夜会のために、なぜ三着もドレスを作ってしまったのかは分からない。


「旦那様が素直に一緒に行ってくだされば好みがわかったのですが、仕方がありません」


 そう言ったメリルは、三着のドレスのどれがいいか、リオネルからしっかりと聞き出していた。淡い色合いのドレスは、いま流行しているものの中でも比較的に刺激の少ない意匠だ。ゆったりと着やすくなっていて有難い。


「まあ、奥様の美しさを見せつけることが重要であって、旦那様の趣味をひけらかすことは必要ないですしね」


 なんだかよく分からない独り言を言いながら、張り切ってエレオノーラを着飾っていく。


「出来ました、はあー、なかなかにいい仕事です」

「あ、ありがとうメリル」


 なんだかとても自賛して浸っているメリルに礼を言う。

 鏡を見てもなんだか別人のようで、これで合っているのかがよく分からない。それなりではあると思う。あとはとりあえず愛想よくしていれば、リオネルがなんとかしてくれるだろう。


 玄関に向かうと、既にリオネルは用意を済ませて待っていた。今日は祝勝会ということだからだろう。騎士団の礼服を着こなして立っている姿は凛々しく煌びやかささえある。


「……お待たせしました」


 単なる夜会に気合が入りすぎだと言われないだろうか。少し不安になりながらも玄関に向かい声をかける。


「ああ、準備はできた、か」


 リオネルは振り返ったところでぴたりと動きが止まった。やはりどこかおかしかっただろうかと一気にエレオノーラの不安が増す。


「おかしいでしょうか」

「いや、問題ない、良いと思う、俺としては好ましい」


 小さな声で早口だったが確かにそう聞き取れた。

 以前とは違い、ひとこと添えてくれたところが嬉しい。

 まずはほっと一安心だ。もう夜会はほぼ終わったような気持ちにまでなる。


 リオネルは顎に指をあててなにかを考えてから、エレオノーラの後ろに立つメリルに声をかけた。


「メリル、その、渡したものが見えないんだが……」

「渡したもの?」

「なんでしょうかそれ」


 エレオノーラとメリルは顔を見合わせて確かめ合うが、心当たりはない。


「渡したろう、ええと小箱に入った、その……」


 そこでリオネルは口籠った。

 一体なんのことだろう。もしや夜会に必要なものがあったのだろうか。

 重要なものを失くしてしまったのかと、メリルの顔色も変わった。


 するとロベルトがするすると近付いてきて、小箱をひとつリオネルに差し出した。白く滑らかな細長い小箱は綺麗な刻印がしてある。


「旦那様、それはこちらの箱では?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ