第25話 討伐作戦への参加
それからしばらく経ち、エレオノーラは王都の南方郊外にある平原にいた。
平原には大掛かりな陣が築かれ、多くの人が行き交っている。
飛竜討伐の作戦は、思ったより早く実行に移された。
アンリと話をした時も話題になっていたが、王都の上空を飛ぶ姿が何度も目撃され、王都民から恐怖の声や陳情も増えていたからである。
同意書を提出し、アンリからの推薦を受けたエレオノーラは、討伐隊の後方で参加することになった。治癒の術の使い手として参加はしているが、なにせ後方支援なのでその他の雑務も出来ることは引き受けている。
いま行っている仕事は、配膳の手伝いだった。
「はい、どうぞ、温かいので気をつけてくださいね」
「ありがとうございます!」
食事作りは担当者がいるので手を出していない。エレオノーラがしているのは具材が雑多にたくさん入ったスープを椀に盛り付けて渡していくだけ。
実際それだけなのだが、思った以上に食事を求める騎士は多い。どの騎士も待ちに待った食事が嬉しいらしく、頬を紅潮させんばかりの笑顔で列に並んでいる。
「沢山食べて、討伐がんばってくださいね」
「はいっ、任せてください!」
無言で渡すのも素っ気ないかと、必ず笑顔で一言添えているのだがそれもなかなか好評を得ていると思われる。
そうして順番にスープ入りの椀を渡していたが、途切れず続いていた列ももう少しで終わりそうだ。
「鍋のスープも充分あってよかったわ」
あまりにも長く続いている列を見て、もしかしたら足りなくなるのではと不安になったが、鍋にはまだ充分スープが残っている。
ぐるりと鍋をかき混ぜてから次にやってきた騎士を見ると、エレオノーラは表情を綻ばせた。
「デリックさんにコーディさんそれからリオネル様も、さ温かいうちに食べてください」
目の前に立っていたのは、デリックだった。その後ろからコーディがひょいと首を伸ばすように顔を見せて会釈をした。さらに後ろにはリオネルがいる。
「いやー、凄い人気じゃないですかー」
「ふふ、皆さん待ちに待った食事ですから、余程お腹がすいていたのでしょうね」
「そうじゃあー、ないと思いますがー」
デリックがなにか言いかけたが、エレオノーラにはなんのことかいまいち分からない。食事が楽しみで嬉しい以外に喜ぶ理由はない。
「いやもう、想像以上に分かってなーいしー」
「なんのことですか?」
「いやいやー、なんでもないでーす」
首を傾げてみせると、少し離れた場所にいた騎士が数名ほどが妙な動きで体を捩ったのが見えた。一体どうしたというのだろう。
たっぷりのスープを盛り付けた椀を、デリックにも笑顔を添えて差し出す。少し会話が弾んでしまったのは、面識があるのだから大目に見てもらおう。
「はい、デリックさん、温かいうちに食べてください」
「ありがとーうございまーす」
デリックが笑顔で椀を受け取って隣にずれると、次に並んでいるのはコーディだ。
「コーディさんも、しっかり食べてくださいね」
「はい、そうさせてもらいます」
にっこり笑って椀を渡す。普段から真面目な佇まいで口数もそこまで多くない印象のあるコーディも、エレオノーラにつられるように表情を僅かに和らげた。
折角だからもう少し話しておきたい。
しかしそう思っていたエレオノーラの視界にそれは入り込んできた。
リオネルがじっと訴えるような視線で此方を見ている
「ええっと、次ですからちょっと待ってくださいね」
とりあえずそう声掛けしてみたが、纏った不機嫌が増した。
そう、あきらかに不機嫌だ。漂う雰囲気は押し隠しているつもりなのかもしれないが。まったくなにもかも隠せていない。
「いや、俺はいいですから椀をください」
「えっ、でも……」
椀はまだ盛り付けている最中だった。エレオノーラは慌ててもう一杯スープをすくって足すと、コーディに差し出した。
「ありがとうございます」
礼を言ったコーディが横にずれるようにして目の前から離れる。
エレオノーラからも、次に並んでいるリオネルがよく見えた。ただリオネルは、自分の順番になっても前には進まず、ひとりぶん離れたところでじっとエレオノーラを見ている。
「あの、リオネル様の番ですが、どうかされたのですか?」
さっぱり分からず声を掛けると、リオネルはようやく数歩進んで前に出た。ちなみに彼の後ろにもまだ列はあるのだが、何故かかなりの距離を空けている。
椀にスープを入れようと鍋をかき回したところで、エレオノーラはリオネルのニンジン嫌いを思い出した。
ニンジンはこっそり抜いておこう。食べて欲しい気持ちはあるが、大事な作戦前に嫌いなものを食べてやる気が出なかったら困る。
そう思ってニンジンを除くことに集中していると、目の前からなにか聞こえてきた。
「……その髪の結い方、いつもと違っていい」
「へ? ああ、いつもの結い方だと邪魔なので変えました」
盛り付けをするのに邪魔なので、今日に限って頭の後ろで一括りにまとめた。洒落るような場ではないから、適当に紐で括っただけである。だがその姿が珍しかったのだろう。
鍋をかき混ぜながらにっこり笑うと、ようやくリオネルの表情が和らぐ。
リオネルは視線を大きくそらしてから、また此方へ戻す。
「作戦前なのだから、気持ちを大きく持とうと思っていたのだが、俺も未熟だな」
「なにかあったんですか?」
「いやなんでもない、エレオノーラが可愛いから小さな嫉妬をしただけさ」
「えっ」
あまりの驚きに、思わずかき混ぜていた手が止まってしまった。なにせここでスープを配っていただけ。リオネルがそんな感情を抱くようなことはなんらしていないはず。
もしかして、なるべくいい気持ちで食事をしてもらいたいと、笑顔で配膳をしていたことだろうか。
まさか、そんなはずはない。
自分から聞くのもおかしいと思うのでそれ以上は追求しづらい。ニンジンが極力少ない椀を両手で抱えると、リオネルが手を差し出した。
「何度も食事をして勘違いする奴が出てくる前に、片付けるつもりだ」
「はい、ご無事を祈っています」
椀を持った指にリオネルの指先が触れる。それだけなのに、どきりと心臓が跳ねるような心地がした。
火照る頬をごまかすように言葉を添える。
「と、特別にニンジン少なめですから」
「ありがとう、さすがエレオノーラだ」
椀を覗き込んでから、リオネルはまた柔らかに笑った。大きな討伐作戦の前だとは思えないくらい、穏やかで優しい笑顔だ。
またこんな風に二人笑い合えますように。
心の中で願いながら、エレオノーラは笑顔でそっと椀を包んだ手を離した。
食事が終わると、討伐隊は急に慌ただしくなった。
後方部隊の護衛と伝令役だというコーディが、エレオノーラたちにも分かりやすく説明をしてくれる。
「これから魔術師の部隊が特別な誘導術を打ち上げて、飛竜を誘い出すんです」
「そういえば魔術師の方々は食事にこられていませんでした」
「ええ、作戦の準備があったので、別に食事をする者が大半です」
確かに騎士とは別のあきらかに魔術師といった姿をしている人もいるが、食事の列に並んでいた人は少なかった。食事中はまだ作戦前のような気持ちでいたが、そうではなく役目に沿った立ち回りがあったらしい。
「誘導術に飛竜が誘われてきたところを、さらに魔術で射落とす。うまい具合に拘束用の魔術陣の上に落とせれば、その後にある騎士の役目はぐっと楽になります」
「説明で聞くよりずっと難しそうですが、上手くいくでしょうか」
「上手くいかないからやらないという選択肢はありません。今のところ被害は最小で済んでいますが、いつまで続くかわかりません」
「そうですね」
いつも口数の少ないコーディにしてはとても丁寧で饒舌だ。彼もおそらく作戦前で気が昂っているいるのだろう。
エレオノーラだとてどこか落ち着かないまま、後方に控えている。
探せば仕事はあるだろう。だが治癒の術が本来の役目である以上、雑務を勝手に引き受けて肝心な時に動けなくなるわけにいかない。




